目覚め
No.1





 ――視界が開けた。

 
 目の前に居たのは、驚きを隠せないマスクの男だった。表情は見えずとも、こちらを見つめて動かない瞳に、驚きと恐怖が入り混じっているのが分かる。
 
 こいつらは……何だ?

 ふと視線を回してみれば、同じような表情をした人間が、何人もこちらを見下ろしている。
 この状況を説明するのであれば、「手術中に麻酔を打たれたはずの患者が突然目を覚ましてしまったのを、”失敗”の二文字を頭に過らせている医者達が呆然と見つめている――そんな感じだ。
 首だけを上げて、自分の体を確認する。真っ白い無地の布を着ているが、どうやら手足は拘束されていない。
 

 ――殺せ。


 突如、本能が喚いた。
分かっていると吐き捨てるように返し、左横に居た助手らしき女の首を、軽く手刀で跳ね上げる。
 わきあがるのは、鮮血と数多の悲鳴。
 俺はゆっくりと体を起こし、少し気怠い足を台から下ろした。
 
 何をそんなに怖がる必要がある。
 
 足の裏から僅かに感じる床の冷たさを捨てるように歩きながら、我先にと逃げ惑う背中を容赦なく切りつけた。悲鳴を追いかけるようにして響くのは、堕ちていく体が床に叩きつけられる音。

 「凛狛様、チップが消えてスロータァが目を覚ましました……! 誰にも止められません……!」

 その声でやっと、一面真っ白な世界に取り残されただろう男の存在に気付いた。いや、自らの意志で残ったのだろうか。
 じっと見つめていると、血の気を完全に失った顔が、不意にこちらを向いた。俺が奴を次なる標的にしたことを察したのだろうか、目は大きく見開かれていく。

 「安心しろ。テメェは逃げなかったから、楽に殺してやる」

 薄く笑うように変化した俺の表情を見て、奴は何かを叫ぼうと口を開けた。しかし、その口は言葉を残すことは出来なかった。否――、一瞬にして“口”という存在は消えたのだから。
 壁に体を貼り付けるように、刃へと変貌した幾つもの髪が、男の体を貫いている。白い世界に咲いた巨大な“紅い華”は、目覚めたばかりの俺の気分を良くするには十分だった。

「殺りたりねぇなぁ」

 無人の部屋に呟きを溶け込ませ、無造作に、“それ”が息絶えてまで握り締めている赤く染まった受話器を抜き取る。
 電話の相手は、警察庁長官である、緒方凛狛という名の、俺の“親”。受話器越しから微かに漏れる笑い声は、奴が完全なる狂人であることを物語っている。

 『貴方は本当に私を飽きさせない方だ』

 自分自身が創り出した殺戮兵器が、想像以上の扱いにくさを備えていたことを意味しているのだろう。

 「テメェの思い通りにいかなくて、イライラしてんだろ?」

 いくら呆れを笑いに変えようとしても、受話器越しからでも奴の笑っていない目が、見て取るように分かる。完全に偽り切れていない声の僅かな震えが、怒りを帯びているから。

 『そこから逃げ出して、何をなさるおつもりですか?』

 「殺戮兵器にとって、それは愚問だな。ただ……俺のやることは、お前の目的の為じゃねぇ。俺の欲の為だ。“大切な”市民の為にも、さっさと俺を殺しに来いよ」

 笑いを含んだ皮肉の言葉を最後に、俺は受話器を握り潰した。そして、人間の息遣いすら聞こえなくなった部屋を後にし、無人の廊下を歩き続ける。
 何処か遠くで、サイレンに似た音が響いているようだ。それは、俺を捕獲するのか、或いは始末するのか。考えただけで、思わず殺気立ってしまうほどワクワクしてくる。
 俺は、廊下の一番先にあった扉にそっと手を添えた。赤く色付くこの手が、紅く染まった輝くような髪が、これからの“遊び”の主役。

 これが全ての始まりで、全ての終わり。
  
 思い切り開け放てば、ウザったいほど明るい世界が広がっていく。



 ――さぁ、血塗られたショーの始まりだ。




【END】
 
 

―――――――――
殺戮兵器であるワン・スロータァが目覚めた時のお話になります。
彼は警察庁長官の緒方凛狛によって生み出されました。本来ならば凛狛の指示通りに市民を殺戮していくのですが、突然自我が芽生え、チップに入っていた情報だけ抜き取って街へと逃亡します。
これは現在書いている本編とは別のお話に繋がっているものですので、本編に登場してくる警察庁長官の凛狛とは関係ないものになります。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -