25万打フリリク | ナノ


I see...で蛭魔を甘やかそうとしたら

 たまには身体を休めていかないと、成長はしない。そんなに多くはないけれど、今日は珍しくアメフト部はミーティングだけで終わった。疲れを溜めすぎて今後の試合や大事な練習ができなくなるのが一番よろしくない。早めに部員たちは帰っていったけれど、データの整理があるとかなんとかで、蛭魔くんはまだ部室にいた。
 いつもより部室はとても静かだ。部員みんながいると狭く感じるけれど、今は私と蛭魔くんだけで広く感じるくらいだ。図書室よりもむしろ本が読みやすいので、私は蛭魔くんの作業が終わるまで読書をすることにしていた。
 パソコンのキーの音と紙がこすれる音、そして外で部活動をしている人たちの声。確かに現実に聞こえてきているものなのに、なんだか部室にいる私と蛭魔くんだけが世界から切り離されたような気持ちになる。時間がゆったりと過ぎていって、夕日は部屋を照らしていく。
 ふと、パソコンを操作している蛭魔くんの手が目に入った。男性にしては身体の線が細い蛭魔くんは、指も結構細くて長い。まるで楽器を演奏しているみたいにキーボードで踊る指を見つめていたら、この指がアメフトをやっているなんて思えなくなるくらいだ。
 でも私は知っている。中学の時からずっと、彼はこの手で何度も何度もボールを投げ続けていた。取ってくれる人が現れるのを何年も待ちながら、ずっとずっと努力してきたんだってことを。

「……なんか用か?」
「………」

 私の視線に気がついた蛭魔くんは、手を止めて私を見た。私は本にしおりを挟んで、蛭魔くんの隣に移動した。それから、彼の手をじっくりと見つめる。よく手入れされているけれど、少し擦り傷やアザもあって、爪には少しだけ土がついていた。
 私はそんなとてもきれいな蛭魔くんの手を取る。蛭魔くんは珍しくなにも言わずにされるがままだった。蛭魔くんの左手を両手でとり、ゆっくりと広げる。遊んでいるような私の動きに、蛭魔くんはぴくりと片方の眉を動かした。

「…なんだよ」
「いや、すごいなぁって思って」
「あ?」
「ずっとこの手で努力してたんだなぁって」

 身体的な才能には恵まれず、なかなか筋力もつかないなかで、蛭魔くんはとにかくクォーターバックとしての実力を磨き続けていた。それを私は、中学生のときから見ることができていた。

「蛭魔くんは、すごいよ」

 蛭魔くんの左手を私は両手で包み込む。誰にも誉められなくても、試合でうまくいかなくても、彼は決して努力をやめない。疲れることも嫌になることもあるはずなのに、そんな様子はおくびにも出さない彼は、いったいどうやって疲れを癒しているんだろう。少しでも蛭魔くんが楽になる方法はないだろうか。蛭魔くんの手をぎゅっと掴みながら考えていると、蛭魔くんがやめろと手を振り払った。

「ご、ごめん…」
「フツーに練習してるだけなのに突然何言ってんだオメー」
「フツーっていうか、すごいでしょ」
「強豪はこれくらいやってんだよ。勝つにはそれ以上やらねーとだろ」
「ほんとにストイックだよね…」

 誉めたのに。自分のことを甘やかそうとしない蛭魔くんは、いつもこんな調子だ。私がすごいと言っても普通とか当然とかそんな返事しか返ってこなくてつまらない。それに、…ちょっとくらい休んでもいいのに、と思う。
 私の不満そうな顔を見て、蛭魔くんは楽しそうに笑った。じっとりとした目線を送ると、今度は蛭魔くんが私の右手を取る。「?」わけがわからなくて彼を見つめていると、蛭魔くんはじっと私の手を見たあと、真剣な表情で私の顔を見ながら言った。

「中指にタコあんな。ペンダコか」
「え?…あぁ、そうかも」
「んで、親指の腹だけ他に比べて乾燥してる」
(カピカピだと…?)
「爪はみじけぇし、ちょっと荒れてんな」

 そこまでズバズバ言われると傷つく。ぷにぷにさらさらとした手がいいのは山々だけど、手入れしててもどうしようもなくなる理由が私にはある。

「…女の子らしい手じゃなくてすみませんねえ」

 少し拗ねてみせるけれど、蛭魔くんの表情は変わらない。じっと私を見つめたまま、蛭魔くんは話し出した。

「ペンダコはクソ真面目に勉強してっからだな」
「…え?」
「親指の乾燥は…本のページめくりまくってるから」
「……え」
「爪と手先の荒れは」

 蛭魔くんは私の手を握った。

「差し入れ作り」
「…………っ」
「毎日……よくやるよな」

 蛭魔くんの言葉だけ聞くとバカにしているようにも聞こえるかもしれない。でも、私の手を包む細いのに力強い手の温かさが、優しく微笑む蛭魔くんの表情が、じんわりと胸に染み込んでいく。

「……顔、真っ赤だぞ」
「だ、だっ、だって……」
「ケケケ、アホ面」

 蛭魔くんがそう言って手を離そうとしたから、悔しくて私はぎゅっと握り返す。驚いたらしい蛭魔くんが珍しく目を丸くした。

「……アメフト部のため」
「?おう」
「だ、だけど…蛭魔くんのため……だから」

 言ってから爆発しそうなくらい恥ずかしくなった。手をぱっと離して私はさっさと本に向き直った。どうせ蛭魔くんは真顔だ、知らないっと。

(………ふざけやがって)

 本に向き直った私の横顔を、蛭魔くんが少しだけ耳を赤くさせて見つめていたことは、誰も知らなかった。
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