I see...で蛭魔が別れる夢を見る
悪魔だのなんだの言われても、俺も一人の人間だ。能力に限界はあるし、腹も減れば眠くもなる。自然の摂理には逆らえない。アメフト関連の情報集めをしていたのだが、さすがに目も疲れてきたしなにより眠い。明日も朝練がある。体調管理を疎かにしたらどっかの世話焼き本の虫がどうせうるさいので、さっさとパソコンを閉じて寝ることにした。
携帯がメールを知らせるランプを点灯させている。パソコン作業に集中していて気付いていなかった。開いてみると、ちょうど考えていた糞本の虫からのメールだった。(あいつどっかで見てんのかよ)もちろんそんなはずもないのだが、あいつはどこかタイミングがぴたっと合う奴だった。
『早く寝てね。私は本を読みます。おやすみなさい』
「テメーが寝ろ」
ボケてんだか素なんだか、とにかく突っ込みを入れてしまった。昔から…そう、本当に昔からあいつはそういうところが変わらない。本人は真剣な顔をしているが言っていることがどこか抜けていたり、予想もできないことをしてみたり。おとなしい外見や性格のわりに、とんでもない爆弾を真顔で投げてくることがある。これからもそういうところを見ていくことになるだろうか。
「…………」
これから、ねえ。気付いたらあいつは何故かいつも同じ場所にいた。俺が無理矢理どうこうしたわけでもないし、きっとあいつも特に意識してなかったはずだ。それらしい接点はほぼなかったと言ってもいい。ただ、いつも名前は俺たちの練習を見ていた。グラウンドの端でなんとなくまわりから浮いていた面子を、こっそりと。
それがずっと、続いていくのだろうか。高校に入ってただでさえ関係が変わったのだから、また今後変わっていかないとも限らない。テメーもさっさと寝ろやとだけメッセージを返し、俺はベッドに倒れ込んだ。
「蛭魔くん」
「…………」
「ごめんね、私、もう無理だ」
「…………」
「一人で蛭魔くんのこと追いかけ続けてる。もう、無理。つらいことをずっと続けられるほど、…私、辛抱強くない」
こいつは何を言っているんだろう。ふわふわとした感覚のまま、身体は動かせなかった。名前は泣きながら笑っていた。なんで泣いてる。泣かせたのはどこのどいつだ。…きっと、俺だ。何故だかわかっていた。それなら泣き止ませるのも俺なのに、手を伸ばすことさえできない。
「蛭魔くんは私がいなくても平気でしょ?」
誰もそんなことは言っていない。誰が行っていいなんて言った。傍にいろ、見てろと俺は言ったはずだ。なのに、動けない。俺はずっと、小さくなっていく彼女の背中を見つめることしかできなかった。
「………チッ、夢見悪ィ」
眠った気がしなかった。柄にもなく夢でよかったと思ったが、あんなものを見て気分はいいわけがないし、気になってしまうものだ。悪い夢ほど覚えているなんて、人間の身体はいまいち理にかなっていない。不必要なものは捨てておけばいいものを。
イライラしたまま身支度を整えて、俺は荷物を引っ付かんで乱暴に家を出た。たかが夢に振り回されるなんて、俺もまだまだだ。けれどムカつくものはムカつくし、嫌なものは嫌だ。
早く朝練でこのイライラを汗と一緒に流してしまいたい。そう思いながら早足で学校に向かうと、前方に名前の後ろ姿が見えた。
「…………」
今日見た夢でのあいつと重なる。だんだん小さくなっていくように見えて、俺はつい舌打ちをしてしまった。あんなもん、ただの夢だ。いつも通り追い付いて、いつも通りからかってやればそれでいいのに。
そう思ったとき、後ろ姿だが名前が確かに目のあたりを手で拭っているのが見えた。
「……っ」
途端にイライラして熱かった身体がスッと冷える。気付いたら俺は名前に追い付いていて、肩に手を置いて無理矢理振り向かせていた。
「お、おはよう蛭魔くん……」
「…………」
「どうかした?」
きょとんとしているが、名前は確かに涙目だった。どくどくと心臓が嫌な鼓動を鳴らす。悟られないようポーカーフェイスのままでいると、名前がはっと慌てたように言い訳をした。
「も、もしかしてあくび見られっ……ち、違うの!昨日ちゃんと寝たよ!寝た……ううん、いや、ちょっとだけど夜更かしして本読んだけど…寝た!寝たから!朝練の時間に起きたから眠いだけで」
「……バカかおめーは」
「ひ、蛭魔くんに寝ろって言っといて夜更かししたのはあれだけど…!」
気が抜けた。バカだコイツ。深く息を吐くと、呆れられたとでも思ったのか名前の言い訳がさらにヒートアップした。別にどうでもいい。体調を崩すほどではないのであれば、お前が寝不足だろうとどうでもいい。
「名前」
「はい!?」
「無理すんなよ」
夢の中の名前が言った言葉。目の前にいる名前も、なにかに耐えていることがあるだろうか。なによりもまずアメフトを優先させるから、俺はきっとこいつの小さな変化には気づけない。それを重みに感じているかもしれない。軽く名前の頭を撫でて歩き出す。すると、くんと腕を引かれて少しだけのけ反ってしまった。
「蛭魔くんこそ、無理しないでね」
「…………」
「なんか変だよ、どうしたの?」
名前の目はまっすぐ俺を見ていた。そこには迷いや悩みなんて一切無く、ただただ俺の心まで見据えているように思えた。名前ではなく、俺か。迷いがあったのは。
「……ケケケ、なんでもねえよ」
「絶対嘘」
「正確には今オメーを見てたらどうでもよくなった」
「何が!」
「大あくび見たら気が抜けたってこった」
「見られてる!!」
忘れて!と顔を真っ赤にして俺の背中をぽかぽか叩く名前にいつも通り笑う。夢の中の名前のように、こいつの背中は小さくなること俺の隣にいた。
最悪、と口をとがらせて拗ねる名前を見て、俺は今度こそしっかりと頭を撫でてやる。染めたり巻いたりしていない黒髪は、俺の指を通ってサラサラと流れる。
「ひ、蛭魔くん……」
「なんだよ」
「撫ですぎ……」
さっきとはまた違う理由で真っ赤になった名前を見て、俺はまた笑った。