愛しすぎて、届かない。

どんなに歯がゆい想いをしたか知れない。

こんなに傍にいるのに

きっと手を伸ばせば掴んでくれるであろう距離にいるのに

やっぱり、伸ばせない。

届かない。







「黒鋼、朝ごはんできたから運んでー」

「何で俺だよ!」

「だって暇そうなんだもん」


うふふと可愛らしく笑う、ミヤビちゃん。

黒様の前では女の子らしくなる、ミヤビちゃん。

この時だけは、黒様がどうしようもなく妬ましくなる。

だって、あんな笑顔、彼女はオレに向けてくれたことが一度だってないんだもの。

そんな彼女に、ぶつぶつ言いながらもまんざらでもなさそうに頼まれたことをこなす黒様を見ると、更なる絶望感に襲われるんだ。


「お前も手伝えよ」


オレの前に皿を乱暴に置いた黒様は、頬杖をついてボーッとしているオレを見下す。

オレはいつもみたく笑顔を貼り付けた。


「オレはお呼びじゃないみたいだからさー」


うわ、オレってば卑屈。


「…けっ」

「黒鋼ー、まだあるーー」

「おめぇは人のことコキ使いすぎだ!」


身を翻して、どすどすとキッチンに向かっていく黒様。

その背中を追っていると、ぱちり、とミヤビちゃんと目が合った。

"頑張ってー"という意味を込めてひらひらと手を振れば、お玉を持ったままの手で笑顔で振り返してくれた。

うん、可愛いなぁ。

でもすぐに黒様の背中に隠れちゃった。


「ざんねん」

「何が残念なんですか?」

「んー?」


後ろから声をかけられて、振り向けば、そこには眠そうに目をこするサクラちゃんが立っていた。


「おはよ、サクラちゃん」

「おはようございます、ファイさん」


挨拶をしてお互い笑顔で固まったまま、それ以上話すことが何もなくて絶妙な空気が流れる。


「あ、あの。さっきの"残念"っていうのは」

「やっぱりそう来るー?」


ま、話題がないんだもんね。


「い、いえ!話しづらかったらいいんです」


申し訳なさそうに眉を下げて、ぶんぶんと手を振るサクラちゃんに、オレは「あのねぇ」と話を切り出した。


「黒様とミヤビちゃんってさ、仲いいよね?」


彼女の耳元に心なしか寄って、耳打ちのようにして聞けば、彼女は今までのことを思い返すように目をぐるりと一周させた後「言われてみれば…」と呟く。


「お似合いですよね」


がっくし。

そういうのを求めてたわけじゃないんだけどな。

しかも、それ、オレ自身もちょっと思ってたことなんだ。

認めたくなくて、心の中に押し込めてたけど。甦っちゃった。


「それが、何か…」

「黒様が羨ましいなぁって話」

「!」


へにゃ、とあくまでも平気そうに笑えば、サクラちゃんは顔を赤くさせて驚いたように目を見開いた。


「フ、ファイさんはミヤビちゃんのことが…」


女の子って、こういう話、好きだもんねぇ。

オレが肯定のつもりで微笑めば、更に赤くなった。

やめてよ、歯がゆさが増しちゃうから。


「ま、この話は置いといて。オレ、小狼君呼んでくるねぇ」

「あ、わたしが行きます…」

「オレに行かせて」


あんまり、黒様とミヤビちゃんがあからさまに仲良くしているこの空間にいたくないんだ。

サクラちゃんはそれを察したのかテーブルの椅子に座った。

オレって、こんなに臆病だったっけ?

こうしてできるだけミヤビちゃんから離れようとするのは、きっと、傷つくのが怖いからだ。

近づいて、拒絶されるのが怖いからだ。

オトモダチでいるのが、一番安全地帯だと分かってるからだ。

その一線を越えるには、体力も気力もいる。

些細な彼女の仕草に上がったり下がったりしているオレのそれは、徐々にすり減ってしまって、越えることができない。


「情けないなぁ」







「ふわぁ〜」


今日も一日いっぱい街中歩いて、疲れたなぁ。

いい気持ちで眠っていたのに、水が飲みたくなって起きちゃうし。


「…?」


ざああー


雨、降ってきたのかな。

違うな、キッチンから聴こえる。誰かも水を飲んでる?


「あ、ファイ」


暗闇の中、そんな声が飛んできた。

向こうからはオレが見えているんだけど、オレからは向こうが見えない。

姿で誰かを判断することは、できない。

でも。


「…ミヤビちゃん?」


オレの大好きなミヤビちゃんの声。

聴き違えるはずがない。

それに、オレのことをファイなんて呼び捨てで呼ぶのはモコナと彼女だけだから。


「さあ。誰でしょう?」

「……」


オレの手が行き場もなく浮いて、さまよって、宙を掴んだ。

今なら触れられると錯覚したんだろう。無意識にミヤビちゃんに手を伸ばしていた。

それに寸止めで気がついて、手を引っ込める。


「ファイ?」


鼻にかかったような声がオレの様子を窺う。

いたたまれなくなって、それを避けてコップをとり、蛇口をひねって水を出す。


「…ミヤビちゃんはさ」

「?」

「……ううん、何でもない」


今、口走ろうとしていた言葉を水と一緒に押し戻す。

"黒様のこと好き?"なんて聞いたところで、彼女が返答に困るだけだって思ったから。

そして、彼女の答えが、やっぱり怖かったから。


「変なの」

「やっぱり、そう思う?」

「?」

「…##NAME1##ちゃんの、せいだよ」


ぱりん

コップが落ちて、割れた。

オレが持ってたコップじゃない。

オレのコップは、すでにシンクの上に置かれていたから。

割れたのは、ミヤビちゃんのコップだ。


「フ、ファイ…っ!?」


ミヤビちゃんの声は驚きで上ずっていた。

オレの胸に直接響いてくる。

更に強い力を腕に込めれば、彼女の息の温もりさえも伝わった。

彼女は今、オレの腕の中だ。オレが閉じ込めた。


「ミヤビちゃんが、オレを変にするんだ」

「…!」

「オレを苦しめて、楽しい?」


ごめんね、ミヤビちゃん。

何のことを言っているのか、分からないよね。

でも止まらないんだ。


「ファイ、どうした、の」

「どうもしないよ」

「お、お酒飲んだ?飲んだでしょ」

「飲んでない。ね、ミヤビちゃんはさ、黒様のこと好き?オレに抱き締められるの、嫌?」


必死の力でオレから離れようとする。

それが、君の答えなんだね。


「ごめんなさい………っ」


ドン、と突き放されてふらつく。

そのすきに彼女はオレの腕から抜け出でて部屋に戻っていってしまった。


「………っ痛」


力なくしゃがみ、彼女が落としたコップの破片をつまんだ。同時に条件反射に指を離した。


「…あーあ」


尻餅をつくように床に座り込み、壁に寄りかかって天井を力なく仰いだ。


「血、出ちゃった」


オレの心を映してるみたいだ。

馬鹿みたいだと、自分で自分を笑う。





愛しすぎて、届かない。

両手に溢れんばかりの想いのせいで、手を伸ばせない。

伸ばしても、彼女の手をとる手が空いてないんだ。



(了)

 


[*prev]  [next#]

[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -