Aster ゆく先長く二つの愛 | ナノ

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好きになった
好きだった 
今も好きだ




見下ろした明るい昼間の校庭に君が居る事に酷く興奮を覚えた。
「人間を愛する」だなんて言い出してしまう様なそんな生まれ持った精神とは別に芽生えたもの、今となっては、今の全て。
目の先数センチも見えていない馬鹿な高校生が目一杯喚いていた全て。

最初から好きだったし、最初から君の注目を浴びたかったし、君は俺にとって、芽生えて間もない俺のある種の心にとって、素晴らしい、輝くものを持っていて、それはとても羨ましく、それでも俺はそれを認める事が出来ず、だから理解も出来なかった。
そんなだから、俺は君が欲しいし俺は君に認められたいのだというたった二つの事も、明確な言葉にして理解する事も出来なかった。

そのまま時間が過ぎ去って、遂に耐えられなくなったのは理性よりも心の方で。唐突な行動の様でいて、自然な心の顕在であった。高校二年の初夏の事だった。日射しの弱まった誰も居ない倉庫、遠く聞こえる部活動の音、臨也にとっては目の前の相手の靴が地面を擦る音、制服が衣擦れを起こして立てる僅かな音、それから煩い自分の呼吸の音、そんな音以外に音は無くて、それ以外の音は存在しなかった。しがみ付いた制服のブレザー、彼の肌、静雄の匂いだ。ぐっと唇を押し付けて、そこからどうして良いのかも分からず離して、そのまま彼の前に立っていた。あまりにも突飛で、無我夢中で、後先を考える事すら出来ずに、拒否されたら、という事を思う事は出来ても、どうしようのその先を考える事も、今どうして彼の顔が、体が、手の先が、咄嗟の拒否の仕草一つさえ見せなかったのか思う事も無かった。その時正に世界は臨也の視界にしか存在していなかった。

「なあおい臨也、」





「本気にする、からな」







初夏の夕方、目の前には世界の全てが存在していた。




















「何回言やあ分かるんだ手前池袋来んなっつってんだろうがぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
いとも簡単に自動販売機が空中に飛ぶ。たまにその様子を遠くから見つめる事はあれど、攻撃の対象が自分となれば悠長にしている訳にはいかない。それどころか、必死だ。いつも通りの喧嘩、いつも通り必死だ。それでもそれが只の喧嘩の延長であれるのは、彼が殺人犯でも何でも無い、平和島静雄だからだ。臨也には殺す殺す言うけれど、誰を殺すつもりも毛頭無い、只、怒っているだけの。だからどんなに彼が頭が真っ白になる位怒っても、彼の本能は、心は、赤の他人を傷付けないという事に、自然とすっと神経を尖らせている。初めて彼を見た時から、あの初夏の日まで、臨也はそれが本当に、大嫌いだった、気に食わなかったから。気に食わなかったから、嫌いだった、嫌だった、それは彼が臨也だけを見てくれている訳ではない事を意味する様に思えたから。それでも臨也は静雄が関係無い他人を巻き込むのもきっと最初からずっと嫌だった。それは静雄を本当に、押し潰すものだったから。だからきっと嫌だった。
初夏の日まで、嘘だ、今だって嫌だ。伸ばした腕の中に彼が居る程に距離が縮まっても、彼の腕の中に包まれて溶けていく程に壁が無くなっても、それでも臨也は嫌だった。それでもそうして静雄が傷付く事も嫌だった。背反の中で生きてきた。


臨也は未だに素直になれない。崖から転落すると思っている、素直になったら。そしてその様な馬鹿は本来生きている価値など人一倍無いに等しいと思っている、臨也のある種の心は。かつて妖精を愛する友人に恐れと憧れと焦燥を抱き、かつて現れた恐ろしい怪物の周りに確かに見えた輝きに魅せられ、そうして捨てる事も見ぬ事も出来ない所まで作られた臨也のある種の心は、素直になったら、きっと全ての均衡は崩れて自分は転落してしまうと、脅迫される様に思っている。それは対等であろうとした結果だった。焦がれ、対等であろうと、相応しくあろうと、脇目も振らずにいた結果であった。気付けば臨也の周りには自分の立つ一本道しか存在していなかった。後ろを向いても意味が無い、前方には崖がある、ただし臨也に見えている崖が本当はどの様なものであるのか臨也は知らない。ただ思っている、崖から落ちて、彼と同じ高さに居る事が出来なくなったら、そうしたら。自分は、彼の目に映る風景の一つでしか無くなる。嫌だ、嫌だそんな事は。そうして臨也は抜け出せないこの一本の道に立って苦しんでいる。

臨也の理想の恋人像というのは互いに相手を助け合い尊重し合い末永く共に生きていく、そんな姿だ。例え周りにそれがぴったりと当てはまる様な恋人達が居なくともそうなのだ。臨也が持っている、遅まきながら育て上げた、ある種の心は、とても常識的なのだから。それだから臨也は苦しむ。詰まる所、臨也は可哀想な程の不器用だった。そんな自分を誰より蔑む、不器用だった。


「大袈裟な言い方かもしれないけど本当に愚かしいねえ臨也は」

「そんなにぐずぐず静雄の足を引っ張ってる様じゃ今に見捨てられてしまうよ」


いつだったかそんな言葉が、毒舌な友人の口から明確な意地悪を含めて発された。尤も新羅と臨也の会話というのはどの話題に限らずこんな応酬が多かったが。新羅はある程度の確信を以て知っている、静雄はその様な事は思った事が無いという事と、だろうね、間髪入れずにそう返した臨也は割と実際そう思っているだろうという事を。
不器用だね、臨也。

新羅には空しい精一杯の虚勢だと見て取れる、ふて腐れた態度でソファに座る人相の悪い男は言う。

「まあなる様にしかならないだろ」

こちらを見ずにやはりふて腐れた様に。

ああ迷子だ。迷子だよ、臨也、君は。静雄、どうにかしてくれよこいつを、出来るだけ早くさあ。君の事も心配だけど、こいつは無駄に不安定だからな。癪だけど、こいつが結構心配なんだよ、癪だけど。



だって俺達一応友人だろう。















新宿の事務所兼自宅の臨也の寝室、互いに一日の仕事を終えた身で、ソファに二人で座っている。ローテーブルに置かれたいくつかのチューハイの缶。静雄がコンビニで良く買って持参するそれらを臨也はしようと思えばいつでもストックしておく事は出来ても、実際にした事は無かった。ストックされたそれらが、いつか用無しのまま、冷蔵庫に放置されるのが内心では怖かったから。ちなみに臨也は静雄といる時ビールを飲まない。何故なら静雄は苦いものが嫌いだからだ。
臨也の肩にうなじに頭に手が回される。日本人として大きめの身長に見合ってやはり大きめの、そして指の長く節のある、一般に綺麗と称されるだろう静雄の手。回されて、引き寄せられてキスをされる。堪らない、安心を覚える。全身を包まれている様な、そんな感覚。静雄が自分に触れている所から、自分が溶けていく様な心地がする。引き寄せられ、自分からも身を寄せて、深くキスを交わす。少しの後静雄がソファの上臨也を後ろから抱え込んで緩く触り始める。シャツの中に潜り込んで臨也の肌をゆっくりと、確かめる様に這い上がる手に指に一気に体温が上がった。臨也にとって、静雄とはそういうものだ、はっ、と、臨也が息を漏らすその間にも、静雄は臨也の胸の突起に触れ、泣ける程の優しさで優しく摘まみ、擦り、転がし、もう片手で慣れた様に臨也のボトムのベルトとボタンを外してジッパーを下げて、もう主張している臨也の自身を愛撫しようと、下着の中に手を入れた。

「は、っ……ぁ、ぁっ、…う、…ぁ、ぁ、あ、」

静雄に体を抱え込まれて、まさぐられて、臨也は嬉しい。とても。酷く幸せで嬉しい事だ。何年も何年も、静雄によって高められてきた体には、そんな事を悠長に思うだけの余裕だって有りはしないが、それでも心が喜ぶ。幸せを感じる。そうしてどんどん高められていく。正にこの時本当に世界は静雄で埋まっている。何年もずっとこうだったから臨也の体はもう取り返しの付かない所まで高められているし、堕ちている。静雄の手に体に囲われ、恋に目を塞がれて、気持ちの良い事だけをされて。優しく。それでも我慢がならなかったかの様に激しく求められて、泣いて泣いて叫んで、何度痙攣しながらドライでイッても構わずに愛撫されながら責め立てられ、自身を扱かれてドライと射精を同時にさせられる、それは静雄に対しどこまでも被虐的になっている臨也をどこまでも堕としていった。


臨也の自身を愛撫する、静雄の手はその先走りで濡れている。静雄は自覚していた。自分の臨也に対する独占欲が、一筋縄ではいかない位に複雑で、根深い事を。自分のものだ、こいつは、とそう宣う自分の心を。その癖臆病で自信の無い、自分の心を。いつか本当に臨也に拒絶される日が来たらと想像するだけで、足場が全て崩れ去っていく感覚がする。それは独占欲の裏返しだった。

いとも簡単に肌蹴た臨也の衣類は全て取り去られた。獣の様に貪欲で、しかし真っ直ぐな欲望を抱いている静雄にはいまいち自覚は薄かったが、静雄に触れられれば震える臨也の体は、つまり中毒患者と同じだった。ゆるゆると愛撫を続け、あ、あ、と泣きそうに震え戦慄く臨也に堪らない愛しさを覚える。ずっと臨也に触り続けてきて、静雄は誰よりもよく臨也の体を知っている。時を重ねる内どんどんと濃密に、長い時間かけて行われる事の多くなった愛撫も、敏感な臨也の体が達してしまわないギリギリの所をたゆたわせる様な事も、だから自然と出来た。

「ぁ、あ……う、ぁぁ、……ぅぁあん!……も、や、やぁ、しずちゃ、」

瘧の様な震えの頻度が酷くなってきた臨也に、そろそろベッドに行くか、と思う。いくら緩い愛撫でも、これ以上は無理だろうなあ、空イキか射精か、なんとなく空イキな気がするけど、まあもう移動するか。驚異的な獣の勘を持つ静雄は当然の如くそう思った。空イキだったらソファも汚れる心配は無い、が、外れた時の事も考えて、静雄はソファで事に至る時はこの頃合いを見計らってベッドに移動する。本当にシズちゃんの勘は獣染みてるよねぇ、とはたまに臨也に言われるが、だとしたら怖じ気付いた獣だな、と思う。臨也の方だって、いや何考えてるか分かったもんじゃねえが、大概だろうけど。


「はぁ、ぁ……ぅ、ぅ、…、ぁぁあぁぁぁああっ!!!ッ……ひっ……ぃっ……」

ベッドの上、臨也を俯せにして左手で片足の膝裏を思いっ切り押し上げて、ローションをたっぷり垂らした右手で中を慣らす。既にそれまでに飽和する程に高められていた体は、一本目挿入した指が前立腺を掠めた時遂に耐え切れなくなったらしく、ドライの絶頂を迎えた。閉じる事が出来ないから、垂れる涎も涙も気にする事が出来ないままに全身を指の先まで痙攣させ引き攣る臨也に食べてしまいたい程の狂暴な愛情が頭をもたげた。それを代弁するかの様に、痙攣の止まらない後孔に構わず指を増やす。ゆっくり、確かな力で割り開く様に中を捏ねると、未だ絶頂の最中にある臨也はその刺激で子供に返ったかの様に泣きながら、何度も連続で絶頂した。ここで本格的に駄目になってしまってはいけないので、三本に増やした指はそのままに、引き付けを起こした様になっている臨也に緩く覆い被さり、その息が整うのを待つ。涙を流し茫洋とした、それでも静雄を見詰めるかの様な瞳、その眦にキスをして頭を片手で
掻き抱いた。臨也の熱い体温と鼓動が伝わってくる。首筋に感じるのは熱い呼吸。ぞくり、抗い様の無い興奮、高揚。先程よりは落ち着いてきた臨也を感じ取ったので、挿入したままの指をゆっくりと再び動かし始める。

「ああ……っはぁぁっ……ぁぁぅぅぅ、ぅ、しウちゃ、し、、ちゃぁ、」

この臨也の熱病のような状態は、高校の、処女の時からずっとこの体を見てきた静雄にとってはいつも通りの自然な事だったが、それでもふと、大丈夫かあいつ、と思う事がある位には乱れたものだった。元から敏感なのもあるが、全身の神経がおかしくなっているんじゃないかという程。とは言え本当にいつもの事だったのでそのまま事を進めてしまうのだが。

指を抜いて静雄は体を起こし、臨也の両足を改めて持ち上げて高校に自身を宛がった。ねとつくローションの感覚。当然、ローションは惜しんでいない。気持ちが良くなくては意味が無い。臨也をひたすら気持ちよくさせるのだ。それ無くしてはは全てに何の意味も無くなる。

あ、と臨也が唇から漏らす。物欲しげな顔を、体を隠しきれないで静雄の方に向ける眼差しに応えるように腰を押し出せば、慣れ親しんだ暖かくきつく、それでも柔らかく締め付ける粘膜が静雄を包み込んだ。律動を始めれば、それに合わせて臨也から発されるのは明らかに感じている声。途中から臨也の自身を手で刺激しつつ、律動もより深くして静雄自身行為に更にのめり込んでゆけば、臨也は何度も射精し、また空イキを繰り返しながら、のたうつように痙攣して泣きじゃくった。

「やあああ!!やぁ、あぁうっ!こわぁ、こわれちゃ、しずちゃぁぁ!うああん!ふああ、ああう!」

「臨也……っいざや……!」

「ふあっ、あ、も、らめでちゃ、でちゃうぅぅやぁぁ、ふぇ、ぁぁ、ぁ、ぁ、あっ!!あひゅ、ふ、ふぁ……」

臨也が、断末魔の様に叫びながら大量に自身から透明な液体をびしゃびしゃと撒き散らす。潮だ。じゃあもう一丁、と構わず責め立てる。

「ああああやあああああ!!!やらああもうやらあああくうひ、くるひいよぉしうちゃああぁこわれちゃ、こわれちゃ、ぁぅぅ、ぅぅぅ、」

構わずに責め立てれば、壊れる寸前のような呈で臨也は潮を噴き出しながら幼児のように泣いた。この辺で限界だ。前を弄っていた手を再び臨也の膝裏に戻してラストスパートをかける。途中、全身に蔓延する快感に震える両手を必死にこちらに伸ばしてくる臨也の意図を汲み取って、その両手を掠めつつ静雄は前倒しになり、臨也の上体を抱え込み涙や涎で汚れた口許を舐め取りながらねっとりと口付けた。甘い。臨也は甘い。静雄にとってはどこだって甘い。口の中も、涙も、涎も、鼻水だろうが何だって。玉の様に浮かび伝い落ちる汗だって甘い。必死に両手両足でしがみ付く臨也を、猛獣が獲物を食らう様に、頑として抱いた人形を手放さない幼子の様に貪った。

「……うっ……」

「ふあぁ、ぁぁ、っ」

静雄が達し、ドクリ、ドクリと精液が吐き出される。その感覚に、イキっ放しの様になっている臨也がガクガクと震えた。どさり、と静雄が臨也を抱え込んだまま仰向けになる。汗ばみ、色々な体液で濡れながら息絶え絶えに震えている臨也を抱き締める。湿った黒髪。撫でながら耳元に顔を寄せればより一層臨也の匂いが強くなった気がして、嬉しくなって目を閉じた。













「いや、でもあいつヤった後そんな動けねえしな……」

「え?って、あははっ!静雄何て事言うんだい!あいつが動けなくなるなんてやっぱり君達相当激しいんだねえ」

「えー、あー、激しいだろうなアレ、かなり……」

「実際たまに臨也診てる時結構なキスマークあったりするもんなあ。首突っ込む様で申し訳無いけど大事にしてやってる?あいつ」

「……できるだけ……。ただ、あいつ、なんつーんだ、俺も相当あいつに対してサド入ってるけどあいつもすげえドマゾだ。びっくりする位ドマゾだ」

新羅が笑いを堪えられなくなって口に付けていたコーヒーのマグカップをテーブルに置いた。

「あは、あはは!臨也はマゾの資質は存分にあるよなあ。可愛いとこあるよねえあいつも!まあハメを外し過ぎない程度にね」

笑う新羅に、静雄からも少し笑みが漏れたものの、ふとそれも消え、言う。「でもよお、」

「不安になる時もあるんだ」

「俺はどうしようもない臆病だからよ、」

「しっかりしなきゃいけねえのは、分かってるんだけど。あいつの……あいつ、昔から、喧嘩でも何でも無い時に、急に、こっちを見なくなる事があって。家で一緒にソファ座ってる時とか、それまでは普通だったのに、話しかけたら、返事は一応するんだけどこっち見なくなるんだよ。『ああ』って思うんだ、またこれだって。何回も話しかけたり、こっち見ろって言ったりしてそれで大体ようやくまたこっち見てくれる様になるんだけど。……最近、多いんだそれが」

「あいつの、ほんとに考えてる事なんて、俺には、……分かろうとしても分かんねえよ。……なあ、何でだと思う」

聞かれて、テーブルに置いた手の指でゆっくりとその表面を撫で、考える様に新羅は言った。

「……臨也の本当に考えてる事が分からないっていうの、そもそも君が臆病で無ければ言い出さないんじゃないかな。臨也は君が思うより多分君の事が好きだよ、見てる限り。まあだけど、臨也本当に面倒臭い奴だからなあ……お疲れ様。で、臨也のそれ……少なくとも君が嫌だからとかそういうのでは無い気がするんだけどな、私は。詳しい事は分からないけど、静雄と同じ様に臨也も静雄に執着してるんだから」



「………………だといいんだけどな、」




呟く静雄の、目線の定まらないその瞳に、ああよくないな、とは、思っていた。















少し肌寒い風の吹き始めた薄暮れ、沈む日の光、その中で世界の全てが暖かい陽光に包まれた様に思えた瞬間があった。瞳に映る目に優しくは無い金髪が溶け込む様にして暖かい陽光は存在していた。溶け込んだ陽光は臨也をも暖かく包み込んだ。刻一刻と移り行く夕焼けの様に、あるいは朝焼けの様に、それが変化して行くものだとしても、切り取ったあの一瞬、あの一瞬を、確かに喜びと言うのだろう。


思っていた事がある。ずっと思っている事がある。果たして彼の持ち得る最良の幸せとは今自分が彼を引き留めていて有り得る事なのか。無い。有り得ない。本当ならば彼を引き留めていてはいけない。これは決定事項だ。
ここで臨也の思考は途切れる。いつも。感情が拒否をする。理性の導き出す答えはどうであれ結局の所感情は共に居る事を望んでいる、彼と。静雄と。
静雄に受け入れられた高校二年のあの日、臨也は自分が自分で無くなった様な、そんな喜びを感じた。あの時臨也を包み込んだあの感覚を、臨也は今だ忘れてはいない。忘れられるものでは無い。音も無く静かな、しかし強烈なあの感覚は、中々臨也の心にしがみついて離れなかった。自分から告白した癖に、臨也の致命的な性格の不器用さが災いしてうまく恋人らしい態度を取る事の出来ないままだったそれからすぐ数日の間も、それは臨也の瞳を覆い隠す様に纏わり付いていた。だけれどその感覚が薄れてくれば、思う。「これでいいのか」と。「本当はよくないのだ」と。「当然だ」と。そう一度理解してしまえば、後はもう、臨也の心は拗れに拗れていった。結果が、「面倒臭い奴」だ。元から面倒臭いのはひとまず置いておいて、拗れて余計そうなってしまった。常日頃池袋で会う時の事だとか、二人で居る時自分が急に態度をおかしくするだとか、あんなに面倒臭い恋人なんてそうはいないだろうによく付き合ってくれているものだ、と自嘲気味に臨也は思う。
拗れた臨也のその一端は、例えばセックスにも表れていて、臨也は何年も何年も、麻薬の様に、中毒の様に、瞳を塞がれたまま後戻りの出来ない深みへと落ちていって、それでもまだまだ底の見えない、底など無いかの様な、頭がおかしくなりそうなとっくにおかしくなっていそうな暗闇の中、手を伸ばしても体を捩っても、そこにあるのは壊れそうな快楽と、叫びたい程の焦燥と、泣きたい程の安心と、支配への喜びだった。

だけど。


だけど、潮時かもしれない、と、思う。


事務所の椅子に座って目下の街並みを目に映しながら、一口目、コーヒーを啜った。潮時だ、臨也はそう思う。あれだけ、素直に諦めて実行するという事をしなかった癖に、今は、何もかも吹っ切れた様に潮時だとそう思っていた。今こう思っている内にやってしまおう、とも。吹っ切れたとは言え、今この期を逃して後再び自分がどう思うかという事に、心の隅で焦りを抱いている事も一応は自覚していた。やってしまおう。今、やれる時に。彼の周りには今や新羅や門田、そして上司の田中だけではない、セルティ、ヴァローナ、それに留まらず沢山の、沢山の人間がいる。笑顔の少ない彼がその口許に笑みを刷きながら話す事の出来る相手など、もうどこにでも、いくらでも作る事が出来る。未だ留まっているけれど、本来そこは臨也の入る場所では無い。無いのだ。




だから、やめよう。









春とは言うものの、まだ冷たい風の吹き抜ける時期。ちらほらと明るい色の服装をした者も見受けられるけれど、大半はまだ黒や茶の暗い色をした冬の服を着ていた。上まで閉じたコートを着ていても入り込む外気で、臨也の顔は冷えている。同様に出た手も、指先まで冷たい。でも今は、気にならない。臨也の周囲は何も無い。臨也の周囲は臨也の周囲に存在していない。感じられない。ああこの関係が始まったあの時と同じだな、歩きながら臨也はふとそう思った。早く、早く来てくれないだろうか、勝手な希望だけれど。臨也の内心は一刻も早くこの時が終わる事を望んでいた。そうでないと駄目になってしまいそうだった。情報を頼りに静雄が今居るらしい付近へと向かう。彼はきっと気付いて、怒号を上げながら来る。気付いて、来てくれる。そう思った瞬間視界すら揺れる様に臨也の心は揺らいだ。ああ、早く、来てくれ。終わらせたいんだ、早く。




ゴッ、鈍い音を立てて真横を通過して行ったゴミ箱が地面に落ちてぶつかる。咄嗟にそれを避けた体勢から向きを反転して、振り向いた。
彼は来た。ほら、彼はいつでも、やって来てくれる。




「何しに来やがったんだあ?ええ?いざやくんよぉ……」



半自動的に取り出したナイフを翳し、いつも通りに言った。

「っはは、うーん、何でここで君が出てくるかなあ。まあ君のその嗅覚本当に化け物だもんねえ……仕事なんだってば、邪魔だよシズちゃん、どけ」

「ああ!!??んだその言い草はよお毎回毎回毎回……手前が邪魔なんだよぶっ殺すぞノミ蟲イイイイイイ!!!!!!」


言い終わるや否や、こちらに向かい走り出す静雄から逃げ出す。ここで上手くやれなければ失敗だ。後ろから飛んでくる標識、ゴミ箱、ガードレール、その他色々な物を避けながら逃げる、逃げる。行き先の決定権は基本こっちの物だ、人気の無い方へ、無い方へ。この調子だと、あそこだな、あの路地裏。

「あははっこっちだよシズちゃん!そんなとこに投げてバカだねえ!」

「うるせええええええ!!」



息を切らして走って走って、そうしてその時はやって来る。
路地裏に入った所で、臨也は立ち止まった。



「っはあっ……はあ、……ねえ、大事な話があるんだ」

「その為に今日、君にここまで来て貰った訳だけど」



走ったせいで切れた息を落ち着けようとしながらも、静雄の方に向かって歩いて来る。何だろう、目が、少し、――変だ。何かあるのか?頭の中で警鐘が鳴る。警鐘、いや、それは警鐘と言うより、一抹の不安、なのかもしれない。「ねえ、」






「別れよう」









多分それはあるのか知らないがこの世で絶対に聞いてはいけない呪いの言葉くらいに、そう、呪いの様に、静雄の頭をおかしくした。拒否、拒否、拒否――拒否をしたい頭と、理解しようとする頭と、何年もの間、高校の時からずっと、少しずつ確実に抱えていた様々な思いが散在する心がせめぎ合って、確かにこの時静雄は、抱えきれなくなった自分に自分が飲み込まれてしまう様な心地がした。

「…………おい」

「勝手に……んな事言ってんじゃねえよ」

だけれど静雄はそれと同時に知っている。臨也が面倒臭いやつだと言う事を。それから思わずとも思っている。本当は、本当の所では、どんな何より臨也を優先したいと思っている。そしてそれでも思っている。絶対に、臨也を手放したくないと。それらは少なからず互いに相反し合って、だから静雄はあてど無くさ迷ってきた。今までずっと。

「……なあ、認めねえよ、臨也……何でだ」

「何でも何も無いよ。……本当はさ、もう何年も前から思ってたんだ。君と俺とは、俺達を知る他人から見れば、仇敵同士だ。認め難いけど、つまり赤の他人よりは結局ずっと親密度が高いっていう事でもある。……最初に告白めいた事をしたのは俺の方だったけど、俺は、自分でも分からなくなってたんだってやっと確信する様になったんだよ。……勘違いしてたんだって。俺の、愛とか恋かもしれないと思ってたやつは、やっぱりただのだ嫌悪とか、元はその辺に端を発するものだったってね。愛と憎しみは紙一重だとか一緒だとか言うけど……実際俺は負の感情をあんまりにも拗らせて勘違いに至った訳だけど、それでもだからって一緒なんてそんな馬鹿な話ある訳無かったよ。正は正、負は負だ。別物だ。一応隠してはいたつもりだったけどさあ、君といる時どうしようもなく嫌な気分になる事があったんだよ。それも付き合い出した時から既にね。ああやっぱり、本当にそうなんだって一度分かっちゃったらもう……耐えられないよ。あはは、本当に無理だ。ごめんね、……今までどうもありがとう、じゃあね」




ありがとう、臨也は気分の悪くなる物を見たかの様な目で、笑顔で、そう言った。そう言って、一言別れの挨拶をすると、後ろを振り向いて軽い足取りで去って行った。無音だった。何も感じられなかった。自分が今いつどこに居て何をしていて誰だったかという事も分からなくなるようだった。時間だとか名前だとか何だとかそんな物や事は元から在りはしなかったかの様に分からなかった。自分は今左手に標識を持って、それを地面に立てているままの体勢で――それすらも上手く理解できない。


震えは無い。こんな局面だと言うのに――むしろ返ってだからこそなのか、心は不思議と凪いでいた。それが嵐の前の静けさ、の意味合いなのか、それともただ凪いでいるだけなのかは、分からなかったけれど。

頭の内も心の内も何もかもが不明瞭で自分で自分に理解を得られず、それでも最後にはただ一言心の中、滴の伝い落ちる様に言葉が落ちる。










好きなんだ














好きだ、好きだ、臨也、好きなんだ。

それがきっと、いつだって理解できるただ一つのものだった。



















空は灰色をしている。目線を下げて見る街も人も灰色をしている。更に目線を下げて視界に入る自分の手も灰色をしている。どれもが、あまりこの世のものだとは思えなかった。あの為に池袋まで来ただけで、それ以外に用は無かったから、臨也はすぐに新宿へと戻った。消えよう。ここも売り払って。池袋にも新宿にも、もう。それをするには問題は山積みだけれと。消えて、追っ手が来たならもう面倒だ、殺されてしまえばいい。その位、甘んじて受けろ。
自宅のガラス窓に手を付いて思った。あれは昨日の事なのに、日付が変わったという感覚が無い。もう昼間もいい所だというのに――あれ、寝たっけ、昨日?わからない、いいや。
手配は既に始めている。数日後には、ここを出るつもりだ。消えよう。それは只の願望だ。消えてしまいたい。彼と関係のあるもの全てから、逃げ出したい。そうして、彼の居ない所で、ずっと――それ以上を考える事を、臨也の頭は拒否をした。こんなのでよくもまあしでかしたものだとは思ったが、ともかくもこれからは、もう彼は居ない。居ないのだ。自分の最低最悪の発言を以て全ては終わった。

終わったんだな、全部。


視界の奥に、制服を着たあの日の彼が、あの日の自分が、見える気がした。

















何をすればいいのか分からないから、普段通りにした。あの後静雄は仕事に戻り、上司にどうした、何かあったのか、頻りにそう聞かれはしたものの、驚くほど普段通りに過ごした。そうしないと何もできなくなってしまいそうだった。だけれどやはり家に帰ると動く気力は無くなって、辛うじての雑務は済ませたものの夕飯は摂れず、そのまま朝食も摂らず次の日出勤した。昼は、静雄の様子を心配するトムと共に食べたがやはり上の空だった。昨日の衝撃が強くて、心も頭も呆けたままだ。ただ、別れようと言われて、そうなのか、駄目なんだなと、理解とも言えぬ理解しか出来ていない。
そうだ、新羅、そう思ったのは帰宅して部屋着に着替えてからの事だった。新羅、あいつ何か知ってるかな、俺なんかよりあいつの方が頭いいしな。明日休みだし。そうして携帯を弄れば、程無くして返信が来た。大丈夫らしい。ああ、明日、新羅んち行って、それで、その後、俺はどうすればいいんだっけ。今まで、どうしてたんだっけ?どうやって生きていたんだっけ。そうか、居ないんだった、臨也が居ないんだったな。居ないんだ。そうか。
居ないな。

夜は長く深い。明けないのだと思える程。





夢を見た。浅い眠りの中で茫洋と夢を見た。一人の子供を追い掛けている。振り上げた自分の腕の纏う服が青い。夢の中の自分は夢だとは分かって、いる様な、いない様な。ちぐはぐに繋ぎ合わせた様な、しかし過去の思いそのものだ。焦がれた。同時に喜びでもあった。そしてやはり焦がれていた。子供の自分は、いつかの日のあの子供を追い掛けた。臨也。走って走って、臨也だけが見えていた。いつだってずっと走っていた気がする。走って、暴れて、走って、走って、走って。ひたすらに一人の事を考えている。ふと見せる表情とかそういったものが、いつもいつも鮮明に目に焼き付いた。誰に言われるでもなく、好きだと理解していた。

体育倉庫。日は陰り始めていた。目の先にあの子供。子供は少年を見上げて、ブレザーを掴んで、そうして。



――――――――ああ、よかったな。


――――――――幸せになれよ。





殆ど他人事の様に、だけれど自分の事の様に、ぼんやりとそう思った。












昼過ぎ、自宅を出て街道沿い、新羅の家へ向かった。あまり自分の事だとは実感もしていないまま見ていた昨晩の夢、よかったな、なんて自分の事の様に嬉しく思った気がしたが、お前達、結局別れるんだよ。思い合ってた訳じゃなかったみたいだから。

「やあ静雄」

「ん。」

長年の友達の家って下手に家居るより落ち着いたりするよなあ、そんな事を思いながらソファに座っていると、待っててと言ってキッチンに入った新羅がカフェオレとコーヒーを持って戻って来た。ごめん、コーヒー飲めなくて。

「で、どうしたのかな」

「ああ……その、」

いざとなると、中々言葉が出て来ない。甘いカフェオレを啜って、マグカップを持つ右手の親指を、意味も無くその表面に滑らせる。

「臨也の事なんだけど」

「うん」

「別れた」

新羅の目にあった穏やかさが、一気に別の物へと変わったのが分かった。

「……何が、」

「……あったのかな」

途切れ途切れに聞いてくる新羅に、ああ俺も臨也もいいダチ持ったよな、大分性格アレだけど、でもこんな真剣になってくれる様な奴、なんて思った。

「勘違いしてたみたいで。なんか、あんまり俺の事嫌いなの拗らせて好きだと勘違いしてたのに気付いたとか言ってた。付き合いだした時から、違和感はあったって。それで一昨日、別れようっていわれて、……」

「で、別れたの」

「……別れた」

口の中がなんだか渇いている気がした。

「……で、あいつはお前にその事で、何か言ったりとかしてなかったのかなって思って、したら気になって、」

「……静雄、」

「違うよ。……何かしら違う。それが……それが、本当に全部臨也の思っている事な 訳じゃない。きっと違う。だったら私が見て来たのは何だったんだ。静雄、あいつは面倒臭い奴だから、……本当に面倒臭い奴だから、また何かしら酷い事を言うかもしれないけど、早くあいつの…もう一度あいつの所へ行きなよ、好きなんだろ?私も良く知ってる。傍から見ているだけでもよく知れる。少なくとも私の知っている君達は本当に笑える位好き合ってる。本当だからちゃんと聞いてよ静雄、あいつは、よく俺の所に来て言ってたんだ、『シズちゃんが俺と居てこの関係のままでいい筈が無い』『今も昔も俺がシズちゃんの幸せを阻 害してる』とかさ。あいつの君に対するマイナス思考ったら酷いものだよ。その癖『 シズちゃん今何してるのかな』とか言うんだ。『俺は本来シズちゃんと一緒に居ちゃいけないんだよ』とか言った口でね!色々 と目も当てられないよ!そういう臨也をずっと見て来たよ、高校の時から、ずっと見て来たんだって。私にノロけながら落ち込んでるんだよ。失敗したら私を殴ってもいいから、あ、いや手加減有りの一発でお願いしたいけど。だから、もう一度何を言われようが臨也の所に行って、それでふざけんなとでも怒鳴って来いよ。好きなんだろ 。もう臨也がどう思ってようがお構い無く捕まえて怒鳴れよ。殺す勢いでさ。今そうしなかったらそうだね、もう二度と臨也と本気で喧嘩なんて出来なくないんだろ、きっと。そんなのは私だって嫌だ」

想いの丈を綴る様に、だけれどあくまで静雄に向けられる言葉を聞いて、そうして思った。何でいつも通りにしては駄目なのだ ろう。どこに、ずっとずっと追い掛けて来たあの背中を、今更諦める必要があるのだろう。向こうが嫌がっているからって。そうだ、そうだ、あまりにも気付くのが遅いけれど、どうしていつもみたいにしないのだ。馬鹿だ。好きで、好きで、本当に好きなのに。おかしくなりそうな程好きなのに 。

臨也。

「……新羅ぁ、わかった、ありがとな。……行ってくるよ今から」


もう一度、もう一度、何回だって言いたい 。


好きだ。








全力を出した野生は強い。例えそれが大型の肉食動物だとしても、小型の草食動物だとしても、それぞれ。自信がある訳でも何でも無い。それでも静雄はいつも臨也を追い掛けるときのあの意気を纏って、全力で臨也を探した。池袋には臭いがしないから、新宿へ。微かに、微かに臭いがする。違うとは思ったけれどそれでも念の為入った臨也の自宅に、ビキリとこめかみの筋が浮く。そこには、明らかに引っ越し途中と思われる様相が広がっていたからである。積まれた段ボールと、その数に比例する様に圧倒的に物の少なくなった部屋。逃げるのは許さねえ。勝手に逃げるのは。それからまた新宿を探した。どこだ、臨也。どこだ。段々と強くなる臭い。炙り出して、探り出して。



「見いつけたぞォ、いいいいざああああやあああああ!!!!!」



そうして見付けた、見付けてやった、黒い、ノミ蟲みたいにいつのまにかどこかに飛んで行って居なくなってしまう、あいつ。

臨也の顔が驚愕に彩られた。


「シ……ズちゃ、……っ!」


呆然と呟いて、そしてハッとしたように臨也が逃げ出すのをすかさず追った。逃がさねえ、絶対、一度、ちゃんと捕まえるまで。手前にはよく撒かれちまうけど今日は絶対に逃がさねえぞ。






ガッと掴んだ臨也の服の下の手首、暴れる臨也を無視して人通りの無い方へ連れ込んだ。壁に押し付けて、一つ息を吸って、


「ふざけんな!!!」


「ふざけんな手前、絶対許さないからな、こっちの話何も聞かずに逃げてんじゃねえよ!!!勝手過ぎるだろうが!!相変わらず卑怯だなあ臨也くんはよォ!!!ああ!!??手前新羅に言ってたらしいけどよお、どうして俺が手前と居ると不幸なんだ?新羅にそういう事ばっか言ってたらしいじゃねえか!!勝手に決めてんじゃねえムカつくんだよクソ野郎!!なあ!!俺は手前が新羅に言った事が嘘だろうがほんとだろうが手前が俺の事嫌いで逃げようがくたばるまで勝手に手前の事好きでいさせて貰うからな!!手前がどうだろうと!!……………………なあ、



臨也、駄目か。もう一度、駄目か」




捕らえられて、そうして言われた事に、逃げなければいけないという事すら臨也は忘れた。どうすれば良いのか分からなかった。あんな勝手な事をしたのに、どうしてそんな事を言ってくれるのかも分からなかったし、とにかくどうすれば良いのか分からなかった。「……あ、」意味の無い言葉が零れる。

「……だって、」

「だって、シズちゃんは、不幸になるよ、幸せにはなれないんだよ、もっと違う奴となら、シズちゃんはいくらでも幸せになれるのなんてそんなのずっと前から分かりきってるんだよ」


「駄目なのか、なあ、駄目か。手前が居なくて俺は死にそうだった、死にそうに苦しかった、明日も明後日もそれからもずっと苦しんだまま過ごせってのか、俺は手前の事なんて一生忘れられねえんだぞ、一生苦しめっつーのか、なあ」



紡がれる言葉に、きっぱりと拒否を出来るだけの精神が、無かった。その辺の女よりも弱く、醜く、卑怯に、臨也の心は揺れていた。ぼろぼろと、何かが剥がれ落ちていく様な音がする。卑怯だ、卑怯だなあ醜い。なんて醜い。涙が頬を伝っていった。ここで泣くとか、逃げ出した癖に。







「……いい、いい、の?いいの、おれでいいの、」


言った傍から強い腕に、自分より一回り大きい体に抱き締められて、そこからもう涙は止まらなかった。ずっとずっと、まだ互いに成長し切ってすらいない頃から、抱き締められてきた、この体に。抱き締められていつだって嬉しかった。


「いいに……決まってんだろ、……もう一度付き合ってくれよ、臨也」


「っ……好き、っ、好き、シズちゃん好き、ごめん、ごめん、ごめん、好き、う、ぅあ、うああ、」


「俺も好きだ、好きだから泣くなよ、ほんとに好きだ、手放したくないし捨てられたくないよ手前に


好きだ



臨也」















好きだよ
だからさようなら



なんて、そんな事許さない





好きだよ










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