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カタン、タタン、軽い調子で電車が動く。実際には、もう少し雑音が混じっているのだろうが、それは良く耳に響かなかった。
景色が後ろに流れて行く。それは現実味が無くて、臨也はこのまま消えてしまえたら楽だろうと思った。消えてしまえたら楽だろう、このまま現実に押し潰されてしまう前に。


常の様に荷物は少なく、携帯と財布だけがコートのポケットに入っている。窓際の、席の敷居に寄り掛かったまま、ひたすらに現実味が無い。

ただそれでも、電車は停まる。がこん、軽くそんな音を立てて開いたドアの先、昼間のホーム。見知らぬ他人の群れ。その一つになる様に、足を進めて電車を降りた。人混みの流れに乗って階段を降りる。久しぶりよりも既に懐かしいに近い、駅の構内。数年前までにも幾度となく歩いた、流動的な有象無象を抱えた器。誰も彼もの為の器、少なからず多からず、人によって様々で、結局合わせて様々の、人の足跡を残している。流動的な器。ふとした時に振り返られる、有象無象を湛える建物。

幾度となく足を運んだ。その記憶には音が無く、色が無く。
感触の無い記憶。掴もうとしても遠い。始めから、なにものも掴めてはいなかった。なにものも掴めないまま、幾度も足を運んだ。感触の無い記憶。積み重なって、空洞ばかりが空いていく。そしていつかのあの日、全ての記憶を湛えたこの街からの、逃亡者になった。


感触の無い記憶。その記憶はなにものかを求めている。








「シズちゃん」

「なんだよ」

「そのライター使ってくれてるんだ」

「そりゃ貰ったもんだしな」

「俺からのでも使うんだ、意外」

「物に罪は無えだろ」






「そっか」








積もる記憶。表す言葉が見つからない。痛いのか、苦しいのか、自分が泣いている様な気がして頬に触れると、涙は流れてはいなかった。泣いているのは誰だろうか。言うまでもない、記憶の中の自分は泣いていた。現実に四六時中泣いていた訳では無いだろう。だが覗き込んだ記憶の中の自分はいつも、

−−−−−−馬鹿らしい。

ああ、そう、昔も今も、その泣いている自分は、愚かさの権化でしかない。

愚かだ。どう話し掛けるのが正解なのかすらわからなかった。今もわからない。いつまでも分かる気はしない。きっとわからない。



−−−−−−なのにどうして、戻って来たのだろうか。





覚束ない感覚。見知った場所であるのに、足元が覚束ない。どこに行けば、いいのだろう。 もう今更、どうすればいいのだろう。


何もかも、あの上手く説明も付かない様な関係も、それを放り出して逃げたのも、一人で勝手に行動を引き起こしているのは自分だ。本当に愚かだと、思う。



改札を出て、行く場所も無く、足を進めた。人が疎らな平日の昼間の街には、当然見知った姿は無い。過去の幻影を追い掛ける様に、気が付けば自然と足は公園へと向かっていた。唐突に思ったのだ。その公園でいつか休んでいた彼の姿を。




−−−−−−どうして、なんかではない。しらばっくれずとも、そんな事はなから分かっている。どうして、なんて。
−−−−−−愚かにも、自ら逃げ出しておいて、自分はまた、結局耐え切れずに、期待して、戻って来たのだ。
−−−−−−戻って来た、などと言って、もう今更居場所など、無いかもしれないけれど。


覚束ない感覚。なにものかが欠けている感覚。何がなのかなど知っている。そう、自分は、愛して、欲しかった。彼に。












「臨也」






−−−−−−−いつか聞いた、声がした。






視界には、現実味が無い。振り返った先には、変わらず金髪の頭の、バーテン服を着た男が立っていた。


「臨也」






「手前どこ行ってた」



「人に一言も寄越さずに勝手に居なくなるって失礼にも程があんだろどういう事だ」




いつの間にか目の前に来ていた男に、腕を捕まれる。





「なあ、どうして居なくなった」



「なあ、−−−−−俺は、」




抱き締められる感触。苦しい程に。しかし相当に気を使ってくれているのだと思う。恐る恐る、鉛を飲み込んだ様に重い体の、その腕を上げて、背中に腕を回した。指が、バーテン服に触れる。息が苦しい。気が付けば、視界は滲んでいた。ああ、これではいけない。泣いてしまってはこの思いの重さがばれてしまう。そして気持ち悪がられてもう永遠に自分の前から彼は去ってしまうに違いない。ああ、息が苦しい、苦しい、苦しい、





背中を撫でる、体温。



「なあ、頼むからもうどこにも行かないでくれよ」








止めなければ、と思う涙は結局全く止まっていなかった。そして彼は、自分の背中を撫でている。



涙は止まらない。息は苦しいままだ。それから、しゃっくりも止まらなくなってしまった。


「…うあ、あ、…ぁ、ひっく、しぅ、シズ、ちゃ、ん、っふ、ぇっ、…ぅあ、あああああああ」



しまいに嗚咽が止まらなくなって大声を上げて泣き出した男の背中を、その金髪の男は撫で続けていた。










泣き続ける男の背後には、彼がかつて二人共に歩く事を夢想した、公園の緑が広がっている。















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この後また我に返ってうだうだするであろう臨也さんを静雄は離さなければいいと思うよ!!!!





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