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臨也は硬直した。何でというのは置いておいてとにもかくにも臨也は今、静雄の腕の中である。そして、喘ぎを殺そうとしながら泣き出した。



しずちゃん、と呼ぶ声はかわいそうに震えていた。それらを隠すように顔はひたすらに下を向いてうつむいていてそれ以上の様子はわからない。だがそれがかえって、物語っている様に見える。ごめん、ほんとにごめんと静雄が言う。別にいいよ、案外とすぐに返ってきた言葉に逆に静雄は焦った。臨也を抱きしめ直してほんとにごめん、ほんとに、そればかり繰り返す。お前だけがすきなんだとかそういう事を言わないのは、こんなはたから見たらなんて自分達だけの世界に入ってるんだこの二人と確実に思われる様なのにも関わらず、臨也が自分達が付き合っているという事を言葉として認めないからである。別れるという事を考えると怖くてたまらないからだ。しかしむしろ現実に二人が共にいる所を見れば誰しもの口から、あれ、何これ、なんて言う意味のない言葉が思わず漏れたりするんじゃないかというくらいに、臨也の素の表情での笑顔を見る事ができる。我が道一直線な静雄の様子とあいまって、実はおしどり夫婦だったんじゃないかと思わせる程である(それから、臨也が静雄を独占するのに精一杯なのがよくわかる。そう、臨也は静雄と共にいて現実に静雄が見えている時以外では、見る間にその不器用さをあらわにする、というか、だいぶ悲哀に満ちた健気、というのかもしれない)。つまりは認めないといっても実際は、付き合っている、好きなどという言葉を口から出さないのが、せめても心の平静を保つ一線だと、ただそれだけの話だ。

だからこういう臨也の様子というのは実は静雄にとっては想像にたやすいのである。が、静雄は今猛烈に、悪い事をしたと思っている。


事が起こったのは一ヶ月前にも遡る。だが何か重々しい出来事があったのかといえばそんな訳ではない。簡単に説明できる様な事である。その日池袋のとある公園のベンチに座っていた女性が、隣に置いていた何かの紙袋を忘れたまま立ち去ろうとした。同じく公園にいた静雄がそれに気づいて、紙袋を取って女性に駆け寄ったのである。だが、それでは終わらなかった。もしかして平和島静雄さん?そう言ってきた彼女は、よければお礼にせめて食事でも、と言ってきた。その日実は静雄は仕事ではなく休日で、臨也とは臨也の仕事の関係で都合が付かなかったため暇を持て余していた。ぼんやりと街に出て、そしてその時公園で過ごしていたのだ。普段なら断る様なその誘いに、暇な上にぼんやりしていた静雄は、珍しくもまあ、いいかと乗ってしまったのである。静雄とその女性は歩き出した。女性が話して、静雄が適当に相槌を打ちながら。そしてどうも臨也は、静雄がその女性と歩いている姿を目撃してしまったようなのである。

そしてそれから一ヶ月。静雄はそれを知らぬまま、ただ臨也の様子がおかしいのを気にしていた。やたらと明日は大丈夫?とか、会ってもいい?とか、〜〜したらやだ?とか、まあその台詞自体なら普通の事だが回数の問題で、そんな事ばっかりを聞いてくるのだ。それがどうも弱々しいし、あまり静雄と目を合わせない。そうしてそんな様子で静雄の元へ行ったりするくせに、どうも態度がギクシャクしていたりする。静雄も臨也と長年付き合ってきた訳であるから様子のおかしい臨也には見慣れていたというか臨也が実際には常に平静でない事は知っていたので、ああ、またなんかめんどくせえ事考えてんのか、と思った。同時に、俺何かしたっけ、と考えもした。何故ならこれも長年のなんとやらで、似たような事はしょっちゅうあったからである。静雄がたまたま女性と居たのを知ってやはり自分に嫌気がさしたのではないかと思い、それにつられて押し込めた不安が溢れ出たという様な事も何度もあった。だから静雄も女性との事には気をつけてはいた。だが、ただ単に必要に迫られたとか落とし物を渡すとかそういう事でまであまりにそうしていては、臨也自身にもよくないだろうとは思っていたので、臨也がそれで様子をおかしくする度に、ひたすら根気強く甘やかしたり言葉をかけたりして、そしてようやく臨也がぽつりと漏らしたその理由を聞き出してから、こういうのは本当に特別な意味とかは無いんだ、それに君は化け物なのにとかいう事は言うなよ、俺は人間なんだ、だけどこういう事言ったりやったりすんのは手前しかいねえよ、そんな風に根気強く、今まで言ってきた。当然の話、別にいつもが実際に静雄が女性と接触したのが理由な訳ではない。むしろそれはそんなに多くない。多くは、静雄のその他の事にであったり、何があった訳でもなく臨也がただ一人でそうなっていたりするだけである。

ただ、今回、それが一ヶ月も続いて拗れたのは、普段なら割と臨也のそれに見当がついたりする静雄が、この時は何故か全く見当つかなかったから、というかそもそも珍しくも誘いに乗ったその女性との食事の記憶を、丸っきり忘れていたからというのと、実は臨也が、ただ静雄とその女性が歩いているだけでなく、話しながら小洒落たレストランに共に入っていくのを見ていたからだ。それも、前ならあんなにも異常な程必ずすぐに自分の気配に気付いていたというのに、全く気付きもしないで。
浮気なの?だったら別れるよ?などと、勢いよく聞くなんて真似は臨也にはできなかったしそんな威勢のいい事はそもそも思い付きもしなかった。臨也は静雄に依存しているのだ。それは「好き」とかそういう類の事をあんな理由で言えないのからも明らかである。
仕事柄風俗店に付き合いは深いのだから風俗の女性と静雄が少し話していただけなら、まだ良かったのだ。それだって臨也はそれを思う度一人で、平静でないのが更に平静でない精神状態になるけれど。だが今回は別に風俗の女性な訳でもない女性と静雄が、嫌々でもなく話ながら歩いていて、更に共にレストランに入っていく、しかもそれをたまたま目撃して、立ち尽くして、ドアの向こうに二人の背が消えていくのを後ろから見送ったのである。そして自分には気付く事は無い。臨也には結構な打撃だった。だから普段以上に口を割らなかった。そうして、しかも静雄もその女性との出来事を丸々忘れていて見当がついていなかった。こうして、臨也が、一向に拗れたまま疲弊しているのを感じながら、どうする事もできず一ヶ月が過ぎたのである(しかし今回の事ではないが以前新羅に臨也の話をしたら、確かに前そんな様な様子見た事あるけど、そこまでわかる君が凄いよねと言われた)。

何が今回の解決の突破口になったかというと、皮肉にもまた女性との出来事である。しかも状況が似ていた。といってもそれは本当に静雄にとっては日常茶飯事だったのだが。ヴァローナと昼にケーキ屋に行ったのだ。それを臨也が後ろから見ていた。静雄はヴァローナと話すのに気を取られて臨也に気付かなかった。多分、気付かなかったというのが一番問題だった。その日静雄は仕事を終えたら臨也の家に行く事になっていた。いざ仕事を上がって臨也の家に行くと、やはり臨也はここ一ヶ月そうである状況のままだったのだが、二人で夕飯を食べ終えてさあ片付けようかと言う時、臨也が遂に言ったのだ。別にさ、無理しなくて言ってくれていいんだよ。シズちゃんはあの女の人との方が俺とより幸せになれるよ、今更そりゃそうだろうだけどさ。その言葉に、静雄は数瞬ぽかんと停止した。え、なんだ?女の人?誰だよそれ。そう思って臨也に根気強く粘る事しばらく、やっと静雄は、一ヶ月のその出来事を思い出した。そういえば、誘われて本当に自分の意志で乗ったのは初めてだったんじゃないかとも思った。自分がこういう様な行動を取る事、それに臨也が一段と打撃を受ける事を知っている。だから、静雄はこの一ヶ月ずっとその状態であった臨也に、ごめん、と言い続けた。余り元来は料理をしないと言うのに長年、密かに上達してきてそして今日自分に振る舞われるに至ったこの目の前の食器を見るだけでも、静雄はそう言いたくもなった。



ガタリと机から立ち上がると臨也がそれに身じろぎする。それに構わず臨也の側に回って屈み、臨也を抱きしめた。硬直する臨也に、ごめん、ほんとに、心配させてごめん、こういう事するのは手前だけだ、そうひたすら言う。しずちゃん、臨也が震えを隠せないかすかな声で言った。ごめん、別にいいよ、俺が面倒な奴なだけでシズちゃん謝る必要ないじゃん、ごめん、別に無理とかしなくていいのに、そう言う臨也をひたすら抱きしめて、違う、ごめん、そう言い続けて時間が経った頃、喘ぎを殺す様にして泣いている臨也の背中を撫でながら相変わらず抱きしめていた静雄は、唐突に臨也を抱き上げて、寝室に向かった。 臨也が泣き腫らした目で静雄を見れば、ちょっと一緒に休まねえか、という答えが帰って来た。そうして臨也は静雄の首筋に頬を寄せて、うん、と一言。とりあえずベッドで臨也を抱きしめて甘やかしてしばらくして、臨也がシたそうだったらやる、そうでもなかったらそのまま二人で寝る。そうしよう。とにかく甘やかそう。そう思って静雄は臨也をベッドに下ろした。




そうして部屋に甘やかな声が響くまで、あと−−−−−−−−








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これの続きの甘やかしの部分多分書きます。多分。





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