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誕生日おめでとう。そんな祝いの言葉も本当は、心に残るのはひとえにただ、彼に言われた言葉だからだった。五月、新緑の季節だが、その緑を見て、動じる事など殆ど無いような心が泣きそうに揺らぐのも、全部、全部が、その一言でだった。



五月四日、誕生日。本当は、と言わずとも心の底では本当に嬉しくて、だからこそ苦しい様な、そんな日が今年もやって来た。誕生日が近付いてくると実はいつも緊張しているのだなどと、誰が言えよう。まあ、バレているかもしれないが。(だとしても自分から言いたくはない)今年もただ、四日空いてるか、という言葉にうん、と頷いて、五日は、と言われてまたうん、と言って、ただそれだけ。それだけだが、柄にもなく彼の前では思わず頭を抱えたくなるほど臆病な心は脈打った。そんな状態で迎えた当日の今日の昼前に、俺の家に来た彼がまず言った誕生日おめでとう、の言葉は、今年も俺の記憶の中にまた、蓄積された。うん、ありがとう、とかいう素っ気ない言葉を返す俺に君は一体愛想を尽かさないだろうか。素っ気ない、実に素っ気ない言葉しかいつも返さない俺に。


部屋に上がって早々、彼が手に持ったスーパーだかコンビニだかの袋とケーキか何かの箱が入っているのであろう嵩張った袋を掲げて、冷蔵庫借りていいか、と言う。あ、だかああ、だかよくわからない音を発してすぐに、いいよ、と言った。本当に嫌になるほど、何をどうしていいのかすらわからない。考えたくない。だがこんなでは愛想を尽かして彼はいつか居な くなってしまうかもしれない。いつかなんて悠長な事を言わずとも、いつにでも。ああ、嫌だ、嫌なんだ、それは。本当は。どうしようもなく。そうなってしまったら勿論、しょうがない事だけど。だがどう振舞っていいのかすらわからない。そんな事言ってる内に居なくなってしまうかもしれない。でもわからない。だから考えな きゃいけない。でも考えたくない。本当はわかってる。でも、怖い。ああ、考えたくない。

堂々巡りのそんな事ばかり考える。いつも通りだ。だから、彼が祝ってくれる誕生日は嬉しいのに、苦手だ。そして、苦手だとか言ってる内に彼が居なくなってしまったらどうするんだ、とか考える。知ってる、でも怖いんだ、と、やっぱりまた堂々巡りに考えるのだ。なんて面倒臭い男なんだ、本当に、と自分でも思う。

昼飯まだ食べてないよな、と聞かれて肯定すると、適当に俺が作っていいか、っていうかオムライスだけど、と片方の袋から材料を取り出し、冷蔵庫に入れたりキッチンに置いたりしつつ、これケーキだから夜食おうぜ、と言ってもう片方の袋を冷蔵庫に入れた。あ、うんありがとう、辛うじてそう言って、それから手持ち無沙汰に、何か手伝う事ある、と言う。あー、と彼は少し考えた後、いや、別にねえから、すぐ出来るし適当に待っててくれ、と言ったので、大人しくソファに座っている事にした。なんとなく気まずくてテレビを点けるとキッチンから、夕飯の材料も一応買ってきたんだけど、手前が何か作るつもりなら別にいいけどどうする、俺が作ってもいいか、と聞こえてきたので、振り向いてじゃあ折角だから作ってよ、と答えた。


そうしてしばらくして漂ってきた匂いに内心喜びつつ、テレビを消してソファから立ち上がってキッチンへ向かう。邪魔にならない様な所から覗き込むと、ケチャップライスが炒め上がりそうな所だった。食器を先に出しておこうかと食器棚に手を出しかけたが早く出し過ぎるのもどうかと思って、結局ここでも手持ち無沙汰になって気まずいから冷蔵庫から水出して飲んでようかな、などと思ってみたが、それだと一人だけ悠長にしてるみたいだったので(実際そうなんだけど)、またもややっぱりやめようかな、どうしようかな、となりつつ、しばらくして彼が出来上がったケチャップライスを一度取り出して、ボウルに卵を割り入れ始めたのを見つめた。そこで漸く臨也は食器棚から皿とスプーンとコップを二人分取り出し、彼がそれに気付いてありがとなと言うのに返事をしつつ皿とスプーンを調理台に置いてコップに冷蔵庫から出した水を注ぎ、テレビ前のテーブルに運んだ。そしてまたスプーンを取るためにキッチンを見ると調度オムライスが皿の上に一つ出来上がる所だったので、今度はスプーンとその皿を持って再びテーブルに運ぶ。そのままソファに座っていれば少しして彼が残りの一皿を持ってソファに座って、じゃあ食うか、と言って食べ始めた。それに合わせて俺もじゃあ頂きますと言って食べ始める。いつもの事だが俺は彼の料理が好きだ。だっておいしい。また食べたくなる。嬉しい、味がする。

黙々とオムライスを無心で食べながら彼の方を見ると、もう食べ終わりそうな所だった。あ、シズちゃん終わっちゃうな、と思いながらもペースは変えずにゆっくり味わって食べる。程なくして彼は皿を空にしたが、それでも変えず。別にわざとゆっくり食べてる訳じゃなく、ただ、今このテーブルを囲む空気が、自分のペースで居ていい様な空気だったからだ。彼の作る料理と同じく、その空気が俺は、好きだ。この空気で居られる事が内心いつだって、嬉しかった。


彼は食べ終わった食器をシンクで洗ってから冷蔵庫を覗き、このオレンジジュース貰っていいか、と言った。いいよー、と返事をすれば皿とスプーンと同時に先程キッチンに持ってきたコップにオレンジジュースを注ぎ、戻って来る。それから少しした所で俺も食べ終わり、シンクに向かう。洗ってから自分もオレンジジュースを注いだ。シズちゃんが子供舌だから俺の家の冷蔵庫にはオレンジジュースとかリンゴジュースとか、用意してあったりする。(いや、ジュースくらいで子供舌と言うのかはわからないけどとりあえず彼は当たり前の様に子供舌である。と言ってもそればっかりな訳じゃないが。)それからたわいもない話を一つ二つ。話といってもぽつぽつと言葉少なにだが、それくらいが調度良かった。時計を見るとシズちゃんが来てからまだあまり時間が経っていなくて、これからどうしようかなあ、などと思うでもなく思っていると、シズちゃんが体をこちらへ移動してきて、なんだろうと思ったと同時、キスしてきた。目を瞑ってそれに応える。まるで麻薬だ。まるでというか、俺にとっては麻薬そのものだ。シズちゃんとのキスもセックスもあの自分でも馬鹿げてるとわかってる追い掛けっこも。シズちゃん自身が俺にとっては麻薬そのものだ。自然と俺は彼の服を掴んでもたれ掛かかる様にしていて、シズちゃんの手は片方で俺の後頭部を引き寄せて、片方で背中に回されていた。深い、けれど穏やかなキスに頭の中がぼんやりしてきて腰が抜けそうになる。気持ちがよかった。キスも、合わさる体温も。しばらくして二人唇を離し、目の前のシズちゃんの肩に頭を軽く預ける。沈黙。二人とも喋らない。ああ俺とシズちゃんってほんと熱中して喋れる様な共通の趣味とかないよなあ、と思った。共通というか、共通じゃなくてもそんな趣味自体無いけど。勘違いじゃなければシズちゃんも。まだ昼なのに男二人むさ苦しく無言か、そんな風につらつらと思っていると、それが逆に嬉しくて、自然と口角が上がってしまっていたらしい。何笑ってんだ手前、と言われた。声の振動がくっつけた彼の体から伝わってきてくすぐったいが心地いい。何でもないよ、と言えば彼の手が頭を撫でる。玩具だとでも思ってるみたいに髪を梳いたり撫でたりするのが気持ち良くてそのまま受けていると、ふいに彼がその手を止めて、ちょっと取ってくる、と言ってソファから立ち上がった。なんだろうと思っていると、彼が来た時に持って来た鞄の中から何かを取り出してこちらに戻って来る。その手の中の小さな包みが見えた時、え、もしかして、と柄にもなく高鳴ってしまった胸の内は、羞恥でとてもシズちゃんには言えたものじゃない。あのよ、と彼は言う。手前に欲しいもんなんてあるのかすらわかんねーしっていうか手前物欲薄いだろうからあんま無理に買って押し付けてもなあとは思ってたんだけど衝動買いしちまったっつーか…貰ってもどうしようもねえもんだとは思うけど…そう言いながら包みから彼が取り出したのは、トンボ玉の一つ付いたストラップだった。若干気まずそうに言う彼は、包みから取り出されたストラップを見た瞬間からそれが俺の中で、我ながら俺なんかがこんな事言うのもどうかと思うが、宝物と化したのを知る由もない。声を出すのも若干忘れる程に、俺はシズちゃんの手にぶら下がるそれを見つめた。ありがとう、とやっと声に出して俺は言う。ありがとう、大切にさせて貰うよ、これ。そう言ってストラップを彼の手から受け取った。中に薄く金箔の筋が流れる深い緑の中に、柔らかい葉の模様が浮かび上がっている。五月だからこれ選んでくれたのかな、…それとも早とちりしすぎか、と思って、ねえ、五月だからこれ選んでくれたの、と聞くとああ、と返ってきた。何をくれても嬉しかったのは確実だが、嬉しくて、ありがとうと言った。ずっと持っている訳にもいかないのでとりあえず閉まってくるね、と一度立ち上がり、デスクの引き出しの中に入れた。お茶菓子と飲み物を出そうと思って、ねえシズちゃんジュースとカフェオレとどっちがいい、とデスクから問い掛ける。するとシズちゃんはあー…と、間延びした音を発音した後、いや、今はいいからこっち来いよと言った。そっか、と思ってなんとはなしにソファに戻って座ると、いきなり拘束される体と塞がる視界と、唇。視界が回転して、視界にはシズちゃんの頭と天井が映った。するのかな、と思って少し頬に血が昇った気がする。そうして俺の服の裾をズボンから出して手を差し入れられて、肌に感じる彼の手の平の体温に、触られた所全てが内から脈打つ様だった。熱い。鼓動が速くなる。すると、唇を離してシズちゃんが言う。




二度目だけどよ、
「誕生日おめでとうな。」






―――――ああ。
言葉が全身に染み渡って、目頭が熱くなったのを堪えながら、ありがとう、そう言って俺はシズちゃんを抱き返した。








(ありがとう、―――――これからも、傍に居たいよ)














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