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ねえシズちゃん、と彼が問うた。



ーーーーーねえシズちゃん、今俺の家結構に鼻緒が余っているんだけれど、良かったらいくつか貰ってくれるかい?君のその下駄、大分鼻緒が危ないじゃないか。


−−−−−いや、俺一人には使い切れないよ。とてもじゃないけどあんなには要らないなあ。


−−−−−遠慮はしなくていいよ、それに勿論良ければ貰って欲しいというだけだよ、いや、それに別に要らないから押し付けたいという訳じゃ無いんだけどね。あれは貰い物−−というか、店屋をやっていた親戚が亡くなった時に処分されそうになっていたのを譲り受けたんだよ。使いそうもないのはわかっていたんだけどね。見境無く全部貰ったものだから半分位は女物なんだけれど。


−−−−−これじゃあ貰わざるを得ない様な状況だね、すまない。無理をして押し付けたい訳じゃないんだ。このまま家に置いておいても良いけれどそれもどうかと思うし、だからと言って誰か貰い手になってくれるだろうかと言う所だし、取り敢えず、成すに任せているんだ。


−−−−−うーん、でもやっぱり折角だから二、三足貰ってくれよ。中々良い奴ばかりだ。今から少し暇があれば俺の家へ寄ってくれれば全てゆっくり選べるし、時間が無いのなら今度シズちゃんに似合いそうなのを適当に見繕って持って来るよ。


−−−−−ああ、すまない、そうだった、そういえば君さっきもこれからお母様に買い出しを事付けられてるって言っていたね。聞いたばかりなのに何をやってるんだろう、うっかりしていたなあ、じゃあ、明日また持ってくる事にしよう。


−−−−−うわ、もしかして俺が一方的に話し込んでいたせいでかなり時間が経ってしまったかな。ごめんよ何だかずっと俺が喋っていて。


−−−−−うん、じゃあまた明日に。















少し前よりも大分高くなった空を見上げた。何時の間にか中秋はもう過ぎ去ろうとしていて、じきに晩秋がやって来る。
ほ、と息を吐き出すと白く曇る。それと同時に寒気に当てられて多少の鳥肌が立った。体が丈夫とは言え少し薄着過ぎたか。


先程珍しく一方的に喋っていた知り合いを思う。ああ、きっと何か思う所があったのだろう。それとかなり厚着をしていたがそれでも今日は寒そうだった。貸せる様に何か上着を羽織って来るべきだったな−−−−体も、余計に弱ってしまうだろう。


知り合い、と言っても期間に直せばここ半年強程の間の付き合いでしかないのだが、その知り合い、折原臨也は体が弱い。特別に大病に罹っている訳では無いそうだが、元々の体が悪いのだそうだ。そしてそれは見るからにであった。健康であったとしてもかなりの細身であろうに、弱いせいで、細いと言うよりは骨と皮と表現する方が近い上、皮膚は健常者の白さでは無く、ただ青白かった。
それでも彼が今にも死に絶えそうな病人にしか見えないかと言うと、それは違う。いや、事実彼が酷く体調を崩して、自分が彼の家へ彼を運んだ事は実はままあるのだ。その時の彼は確かに、病に苦しむ罹患者のそれだ。だが、いつも彼はその痩せ細った体と青白さとを跳ね退ける様に、何と言うか、生気に満ちていた。下らない話を不満げだったり満足げだったりと、ころころと良く表情を変えながら話したし、それから彼は、殆ど無学と言うか、やる気が無かった訳では無いものの書物などは殆ど読みもせずに過ごして来た自分からしてみれば本当に驚く程博識であったし、それをひけらかす事も無く身振り手振りを交えながら非常に様々な面白い話を教えてくれた。その彼の博識さをただ凄いと思うだけで見習って勉学か何かに励もうと全く思えない自分は多少問題ではあるのだろうが。
そして彼は良く笑った。普段余り笑わない自分とはこれまた比べ物にならない程良く笑った。凄く心地の良い笑顔だった。それは打算だとか、面倒臭さだとか、それ以外の何かの思いだとかから離れた、つまりはただ交わされる会話に対する純粋な笑顔なのだ。







−−−−−そういう風に、思いたいと、思っている。







−−−−−別段、鈍いと言われた事は無いが、特別に勘の働く方では無い。だけれども、彼、折原臨也には、割と自分は勘が働く、というか気が合った。知り合って半年だ。されど半年と言ってもたった半年。そんなに友人が多い方でも人付き合いの上手い方でも無い自分が、不思議と彼とは気が合った。不思議と言うか、それまでの自分を鑑みれば不自然に思える程自然に気が合ったのだ。いや----気が合うとか合わないとかの問題では無かった。そう、こんなにも当たり前の様に共にいる事に一抹の不安や興奮を覚える事も無く、すとん、と彼が心の中に落ち着くのだ。






だからだろうか。彼の具合云々ではなく、だからこその勘というのも、あるのだろう。





彼が、本当は消えてしまいそうに思えるのは。











−−−−−そこまで考えて、平和島静雄は自分が突っ立つにしては随分と長い間地面に立っていた事に気付いた。ああ、帰ろう立ち止まり過ぎた。今直ぐに買い出しに出なければきっと間に合わない。というかもう間に合わない。

そうして急いで歩き出して、はた、と再び静雄は先程の自分の考えの浅さに気付いて立ち止まり、更にもう一度、思った。


−−−−−彼は−−−臨也は、彼の体の弱さなんか跳ね飛ばして、良く、笑う。




ああ、こんな思考にばかり陥るのも彼に失礼極まりない事だった。だから、静雄はそれ以上考えるのを止めて一つ深呼吸した後、不思議な程に何時の間にか自分の心を占めていた彼の、あの笑顔を思い浮かべて、走りだした。





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