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こいつってこんなだっただろうか。時々そう思う。まあ、考えても栓無い事だし、割とどうでもいい。それにしてもやっぱり、人の体温ってのは暖かいな。鼓動が聞こえて、血が巡って、暖かい。…こんな俺でもよお、かけがえの無い物だと思うよ、なあ臨也、そう思うだろ?……ん?…ああ手前、小便か?おむつ、取り替えないとな。





平和島静雄と折原臨也が非常に仲が悪いというのは周りの認めるところであった。出会ってからの全てを合わせれば目も眩むしかない様な被害を街に出しながら二人は日々喧嘩を繰り広げ、それはそれは皮肉って仲の良い事でとでも言いたくなる様な有り様だった。
ただ衆人の与り知らぬ事というのもある。筆頭といえばやはり彼らが互いの体を重ねる仲だったという事だろう。それがいつからだったのかは定かではない。彼らが出会った高校生時代から既にそうであったのかそれ以降であったのかは分からない。ただ、彼らは決して恋仲という訳ではなく、単に性欲の発散が目的でもなかった。おそらく二人の仲というのは純粋な嫌悪のみに彩られていた訳ではなかったのだろう。そして多分にその関係は二人の間に歪な均衡を保っていた。


その均衡が崩れたのはいつだったのであろうか。


元々、足りない部分にはがらくたを無理矢理嵌め込んでそれでやっと成り立つ様な、そんな関係だ。いつ崩れてもおかしくは無かったのかも知れない。それでもやはり、互いを認めがたく反発し合う中で、その関係は彼らが彼らなりの思いの機微を積み重ねた結果築いてきた関係だったのだ。それなのに崩れてしまったのは、遂に矛先を見失った感情の暴走の結果であったのか、元より密かに無意識に秘められた願望の発露であったのかーーしかしどちらにしろ崩壊を望んだのは折原臨也の方ではなく、平和島静雄の方だった。折原臨也の方は、おそらく一つの終焉としてこうなる事を望んだ訳ではないだろう。
そう本当は、認めがたい感情の先に本当はもっと別の終焉を、望んでいたのだろう。





尻下までを覆える様に大き目に買ってあるLLサイズのクリーム色のコットンパジャマをたくし上げる。びりっ、と紙おむつを破く。思った通り尿をしていたので、ウェットティッシュで臀部と前面を拭いた。紙おむつを丸めてから、新しい方を履かせる。足がほぼ無いので履かせ易い。それから上げていたパジャマを下ろして、臨也を抱き上げて歩き、ベッドに下ろして毛布を掛ける。自分は傍の椅子に座った。足も手も無い言葉も発する事のできない臨也の、機微を察する事が出来るのは臨也をそうした静雄だけだ。

臨也は手足が無い。それから舌も切り落とされている。静雄がやったのだ。今の臨也は、静雄にナイフを向ける事もなければ言葉で食ってかかる事もない。静雄の居ない間はただぼんやりとどこを見ているかも分からない目でベッドの上で過し、静雄が居る時は静雄の膝の上に乗せられていたりもする。だが何にも反応しなくなったという事ではない。彼が静雄に抱かれる時、静雄の機嫌が悪い時には彼は怯えて震える。静雄の物を後口に咥えればもうそれは性分なのだろうが、微力ながら喘ぐのを我慢しようとする。静雄が臨也の前を通れば反応して、静雄が臨也の前にスプーンで掬った食事を差し出せば口を開く。人に見つからぬ様に裏の山へ連れ出した時や頭を撫でている時、気持ち良さそうに寝たりもする。そして時々、泣く。頭を撫でられている時、抱かれている時、体を洗われている時やベッドに横たわっている時、それはいつでもだ。



静雄はといえば臨也がこうなってからは池袋から離れた過疎化の進んだ町に住んでいた。そこに来てからというもの、静雄は他人に怒りを爆発させるという事が無くなった。かつての彼よりもずっと穏やかだった。相変わらず愛想良くは無かったが、彼が悪い人間でないというのは越して来た彼に関わった者は分かっていた。そこに実家がある訳でも無しに若者が一軒家に一人で越してくるというので訝しがられはしたものの、歯切れ悪く一言、人間関係に辛くなったのだと言った言葉は嘘だとは思われず、その後も町で会えば挨拶を交わしあい、無愛想で明るくは無いけれども悪人ではない、そんな立ち位置で町に溶け込んでいった。











臨也が寝始めた。先程からうとうととしていたのだが、遂に瞼が落ちた様だ。
ちらりと窓を見れば、窓辺の花瓶には水仙が挿してある。普段の彼からすれば珍しい事だが、見た目にも良いし、香りも良いので臨也の側に置いたのだ。外から夕方の陽光が差して、日を受けた水仙がベッドに影を作っていた。日が暮れれば、もうすぐ二人だけの部屋に夜が迫って来る。




静雄が臨也を抱く時、臨也がこうなった今も激しく抱く事はままある。それまでの臨也の世話をする態度とは豹変するのだ。首を絞め、噛み付き、臨也の陰茎を握り込み、激しく攻め立てる。そして臨也は、痛みや苦しみに反応して勃起する。
かと言っていつもが必ずそうな訳ではない。恋人にする様に、殊更臨也を気持ちよくさせようと抱いたりもするのだ。髪を梳き、優しい口付けをする。










臨也は時々夢を見る。夢の中で手足が無く地面に転がる自分は泣いている。嗚咽を漏らしているのか、静かに泣いているのかは、よく分からない。

上を見つめる赤い瞳の奥に、時々狂った様になる、彼の泣き叫ぶ顔とはにかんだ笑顔、自分に力を振るって犯す時の薄笑いを湛えた顔に、歪なまでの無表情、自分に食事を与える時の優しい顔、そしていつか日常であった怒り自分を追いかける時のあの顔が、水に滲んだ様に映し出される。

いつも、それに手を伸ばそうとすれば夢から覚める。そして今日も。頬に、濡れた感触がある気がした。

辺りは暗い。寝たのは確か夕方、彼の側で寝たのだった。
同じ夢を見る。見た後いつも自分は泣いている。埒の明かない夢だ。見ても何の役にも立たない。狂ってしまった彼に何も伝えられない。



今伝えたい事がある。もうこれで良いと思っている自分がいる中で、それでも、一線の切れてしまった彼に手足を切られて舌を切られ、その時湧き上がってきたどうしようもない悲しみの、その本当を伝えたい。
いつもそう思っていて、それなのに、自分の思考はいつも膜を一枚隔てた様だ。何もかもがぼやけて、ただ彼の与える物だけが鮮明だった。



がちゃり、とドアが開けられて部屋の電気が点いた。静雄が盆を運んで来るのが見える。夕飯の様だ。

「臨也、飯だぞ」


もぞり、と返事をする様に体を揺らして、静雄の方を見た。静雄がテーブルに盆を置いて、側の椅子に腰掛ける。開けられた窓から風が入って、水仙がふわりと香った。

「体起こすぞ」

そう言って静雄が掛かっていた毛布を取り去って、ベッドヘッドに臨也の体を立て掛けた。「起きたばっかりだからまず飲み物からな」そうして一日がまた、問題無く進んで行く。








それでもおそらくいつまでも、何も感じなくなるその時まで、暗い水の底の様な心の奥でいつも感じている。

永遠に伝わる事の無い、彼へ紡ぐ幾千の言葉を。










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この臨也さん、手足無いけどまだ喋れた頃に静雄さんに思いを伝えたそうですが臨也さんは臨也さん静雄さんは静雄さんでもうここまで行くとその甲斐もなかったっていう裏設定が……


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