臨也さんは優しい人だ。

「ねぇ、仕事しないなら俺の視界に入らないでくれる?存在がうるさいんだけど。」

身寄りも、お金も無い私に住むところと働く場、そして学校に行くことまでも許してくれてる。なんて優しい人なのだろう。

「なに?今日の晩飯君が作るって?よしてくれよ、そんな戯言。俺は冗談は好きだけど嘘をつかれるのは嫌いなんだ。君は自分で作った料理が他人に食べさせられるほど真面だと胸を張って言えるレベルの料理を作れるのかい?まず料理したことあるの?…そんなきょとんとした顔をして可愛子ぶってる君にわかりやすく簡単な言葉で言ってあげよう、俺は君の作る料理を食べたく無いんだ。今日は帰っていいよ。おつかれ〜」

いつだって臨也さんは私の料理を食べないけれど、彼が食べないのも無理は無いのだ。その辺のレストランよりも美味しいご飯を作ってくれる波江さんの手料理を毎晩のように食していればそれこそ私のものなんて食べることはできまい。例え彼女と一緒に作っても、到底私には彼女のものと同じような作品は出来っこ無いのはもう実証済みではあるが。私に料理を作らせる前に帰らせてくれる臨也さんは食材を無駄にしない、とても…そう、エコな人であり、地球に優しい人なのだ。


今日もまた臨也さんの事務所のあるマンションへ向かう。私はもう大学生になるのだ。彼とあって彼を好きになってから、3年が経ってしまうのに、未だにお世話になるだけで何も恩を返せていない。1番の恩返しはきっと私が実際は人では無い事を明かす事なのかもしれない。彼の興味を引くにはこれは充分な情報だろう。私は人でない…日本では馴染みがないかもしれないが、もしかしたら世界史で大学を受験する高校生たちは耳にした事があるかもしれない。

私はフランスのシャルルマーニュ…カールマルテルが英雄として描かれているという叙事詩で有名な『ローランの歌』に登場する聖剣、デュランダルをこの身に宿す者である。正しく言えば私の身体的な意味での人でない、というのは聖剣デュランダルを宿している事ではないのだが。これだって充分人の要素を欠く部分である事に違い無い。まぁ私の人ではない部分は家系にあり、母方の先祖はかの有名なギリシャの女神、ニケから来ているという。勝利の女神、ニケから。


私はそんな摩訶不思議な生き物である。臨也さんならばきっと興味を持ってくれるのかもしれない。だが、愛してはもらえない。彼は人間を愛しているのだから。
私が欲しいのは臨也さんからの愛であり、臨也さんからのただの珍生物を見る視線では無い。

人間であれば、その他大勢だとしても愛をもらえる。ああ人間とはうらやましい生き物だ。ただ"そう"であるだけで臨也さんから愛してもらえる。

私が寝食を行うのは新宿の比較的土地の安い駅から遠い物静かなところだ。臨也さんの家までは歩いて40分はかかる。自転車ならば16〜7分といったところか。まぁそれもノンストップで急げばの話だけれど。臨也さんのところにはほぼ毎日顔を出しているが、そろそろバイトでも探した方が良いのかもしれ無い。学費も、生活費も工面してもらっているなんて私はなんて図々しい女なのだろう。臨也さんが好きだからって臨也さんにとって私はなんでも無いのだ。あの時、たまたま救ってもらえただけの話。


「明日は池袋に行ってみるか」


学校からも近いし。

何か起こる気がするから。



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