苗字名前が姿を見せなくなり一週間、折原臨也は心配などはこれっぽっちもしていなかった。むしろ楽しんでいた。今までどんなに酷い罵詈雑言を浴びせても毎日顔を見せていた彼女がいつもと大して変わらない罵声を浴びせただけで一週間も姿を見せずにいるのだ。
正直自分が言ったことの何が彼女を泣かせたのか理解に苦しむが、自分のことを好いている女がどれだけ自分に会わずに居られるか…見ものだ。

「あんなに俺の言ったこと気にしてない風にして、ちょっと泣かせたら来ないのも期待はずれかなあ〜」

まぁあと一週間もすればきっといつもの様になかなか表情の変わらない仮面を着けて帰ってくるのだろう、と思っていた。
臨也の思惑が苛立ちに変わるのはそれから二週間以上してからだった。
名前が来なくなってからもうすぐ1カ月になる。臨也は彼女とこんなに離れたのは会ってから一度もない事に気がついた。

会った最初のころは臨也の方からほぼ毎日会いに行っていたし、捨てようと思ってからは彼女が毎日彼の元へ転がり込んできたのだ。
ただ彼女に会えないことに腹を立てている訳ではないのだ。
重要なのはそんなことではない。
彼女が帰ってくることを期待している自分にイラつく。

トントントントンと人差し指が机を叩く。

何度か波江にうるさいと注意されたが意識してやっている訳ではないので繰り返してしまう。何度目かの注意をしようとして声を上げる。

「そんなに気になるなら連絡してみれば良いじゃない」

「あいつ携帯持ってないんだよ、多分家電もない。全くどうやって人と付き合っているんだか」

「なら家に直接行けば良いでしょう。気が散るから貧乏ゆすりみたいなマネやめてちょうだい。」

「家にはもう行った。ここ二週間は帰ってないみたい」

その言葉を聞いてようやく波江がちらりと臨也の方へ目を向けた。

「…ちょっとそれ…。大丈夫なの?」

「何ー?弟ラブな波江さんも彼女のこと気になるの?」

「…あの子が居なくなったら貴方にコーヒーを淹れる役目が私に回ってきそうだから」

「本当にそれだけかなぁ?ま、いいけどね。でもそうだねこれは少しマズイかもしれない」

愛用の黒いマグカップに手を伸ばし中に何もない事を思い出し手を引いた。

「あの日、苗字名前をこの辺で探してた人物が居るみたいなんだよね〜。しかも若い男で、彼女の友達だと名乗ったそうだよ」

波江はそれの何がおかしいのか、という視線を臨也へ向ける。
臨也は足を組み替えて話を続ける。

「おかしいんだよ。彼女に若い男の友人なんて居ないんだ」

「…それ、貴方が知らないだけじゃないの?」

「いや俺だけが知らないなら未だしも同じ大学の女の子何人かにも聞いたけどあいつは基本1人でいるんだって証言を全員から得たよ」

つまり

「何者かが彼女の友人のフリをして彼女を探していた。そして彼女は次の日からここに来なくなった…ははっ少し事件性が見えてこないかい?」

「あの子が襲われたってこと?」

「可能性はあるね。まぁ襲われた、では無く攫われたが正しいと思うよ、病院や警察に彼女らしき人間が出入りした記録はないし、前述した通り家にも戻ってないということはどこかに軟禁されてる方が考えやすい」

「でも、そうすると可笑しいわ。」

「そう、頭の良い波江さんなら分かっていると思うけどおかしいんだよ。彼女を攫っても得がない。何せ彼女は家族がいないから身代金の要求も出来ない。まぁ捜索願を出す人間もいないから殺したいだけならうまく隠せるだろうけど。俺への報復かと考えたんだけど俺の元にそういった連絡は来てないし」

そこまで言って折原臨也は口を閉じた。

「貴方の元を完璧に去ったとも考えられるわよ。だから忠告したじゃない、そんな事だと本当に欲しい物を失うって」

「…理解出来ないな。それじゃあまるで俺があの女を欲しているような口ぶりじゃないか。」

「事実でしょう。貴方、人間を愛していると言っても愛された事がないから分からないのよ。あの子が貴方を本当に好いていてそれこそ愛に似た感情を与えていた事に。」

「…今日は随分とあの女の肩を持つじゃないか。俺は波江さんにそんな感情があった事が驚きだよ」

「…貴方よりも仕事をキチンとやるし同僚としては中々使える人材だったからお気に入りだったのよ」

でも、と波江は続ける。

「そうね、貴方の元を去った方があの子が傷つかないんだからそちらの方が私としても気が楽かもしれないわね。余計な口を出したわ、ごめんなさい?私は今日は帰るから」

そう言うや否やものの3分もしないうちに家を出て行ってしまった。

イライラする。

本当に何故彼女は見つからない?こんなに情報を集めようとしても集まらないなんておかしい。
彼女はもともと防犯カメラなどを意図的に避けたルートを選んでここに来ていた事も気にくわない。
それに改めて見てみた彼女の戸籍…外国籍なのは納得がいくが、母親の戸籍が彼女の国籍の国ではなかった。だからと言って日本でもない。
世界190ヶ国を超える国の戸籍を全部調べたわけではないが、そんなに点々としているものなのか?折原臨也が探し出せない。父親の方ももちろん同じように、だ。

こんなに身近に面白そうな人間が居たのに何故今まで調べようとしなかったのか。

今まで彼女本人の情報だけで彼女を知った気になっていた。

「あー、なんでこんなに焦ってるんだろ。バカみたい。」

パソコンを閉じてスマホでダラーズのサイトへ入る。

(緊急!!
この画像の女の子に見覚えありませんか??
1カ月程前から連絡が取れません!!
同じ大学の友達なんですけど、学校にも来てないんです!○月*日の夜から姿が見えなくて…
何か心当たりあったら教えてください!


HN ○○○○)


甘楽でも奈倉でもないアカウントから掲示板に書き込んだ。
しばらくしてから色々と彼女についての目撃情報が飛び交う。その中で目立つのは彼女を泣かせた日の夜、どうやら例の男に会って車に乗せられた、という情報をゲットした。

その男について詳しく追おうとした所新羅から連絡が入った。

「もしもし?今忙しいんだけど」

「あぁ折原君かい?忙しい割にはワンコールもせずに出たじゃないか、とこんな事話してる場合じゃない、君ダラーズの掲示板見たかい?というか書き込んだの君だろ?名前ちゃん行方不明なんだって?」

「どうしてそれを…運び屋か」

「そうそう!そうなんだよ!どうやらセルティと名前ちゃんは肝胆相照の間柄らしいじゃないか、温厚切実なセルティは名前ちゃんを心配していてね…ってうわぁセルティ!分かった、分かったから!!取り敢えず折原くんうちに来て欲しいんだ、セルティが何か話したいんだって!」

運び屋と名前がいやに仲が良かったのは臨也も知る所だ。了解の旨を伝え会話を終了させる。

自分がどのような感情に動かされているかに気づかないふりをして池袋に急いだ。


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