臨也さんの家を出てしばらく歩いていた。家まではいつもタクシーかバスで帰っていたけれど、さすがに乗り物を待つ余裕も無かった。

賑やかな新宿の騒音を背中にひたすら歩く。
考えるのは全部あの情報屋の事だけだ。愛されたいとはもう言わない、嫌われても構わない。ただそばにいる事を許して欲しい…。

「すみません!もしかして苗字名前さんですか?」

呼び止められ、振り返ると知らない男の人。

「はい、そうですが…貴方は?」

「よかった。君、折原臨也さんって知ってるかな?」

「いえ…知らないです」

臨也さんからは自分のことを聞かれたら知らないで通せと言われている。この人は一体誰だろう、何故私に臨也さんの事を聞く?

「あぁ怪しいものでは無いんだ。唯ちょっと依頼されちゃってね。君が折原臨也を知ってようが知らなかろうがまぁ関係無いんだ。ごめんよ、君には何も恨みはないんだけどね」

その言葉を最後に視界がブラックアウトした。




--------------




次に気がついたのは何も見えない真っ暗な空間だった。

頭がクラクラする。何も見えなくてよかったかもしれない。もし真っ白な部屋とかだったらクラクラでは済まなかったかもしれない。

さて、どうしてこうなったのか。

「(確か男の人に話しかけられて…)」

後ろから何か嗅がされたのか?とにかく面倒なことになった。
きっと私の失踪を世間が知るのは一週間後くらいか…。
学校などは多分バックれたと思っても捜索願を出してはくれないだろう。大学に私の連絡先を知る友達なんて居ないし、いなくても気にも留めないだろう。
セルティにだって1カ月に一度会うか会わないかだし…そうすると頼れるのは臨也さんしか居ないけれど、2、3日連絡しないで行かなくたってきっと心配などはしないだろう。というか行かなくなったとしても心配どころか青々するといったところか。

ああ、詰んだな。

「(普通にバスかタクシー使えばよかった…)」

およそ3.5キロの距離を歩いて帰ろうと思った自分が悪かった。まだまだ遅くないとはいえ、夜に女が出歩いていい地域ではない。

「あれ、君起きた?」

「!」

先ほど話しかけてきた男ではないが1人だと思っていた空間に男性の声が突然響いた。

「あらら、そんなにびっくりしないでよ。とって喰ったりしないよ、大人しくしてれば。」

「…貴方はなんですか、どうしてこんなこと」

「ん〜、俺の名前は篁 聖人(たかむら まさと)。ちょっとしたグループっていうか、まぁ集団のトップにいるんだけどね、君もよく知る折原臨也にマズイ情報売られちゃってさぁ、まぁ腹いせに折原の大事な女でも掻っ攫おうかということで君を召喚したわけだよ。苗字名前ちゃん」

「折原臨也という人を私はしらないです。」

「嘘は良くないよ〜名前ちゃん、こっちには君と折原が知り合い以上の関係だという証拠がちゃんとある。折原も馬鹿だよね〜、女の子を1人であんな暗い道歩かせておくなんて。ま、おかげで簡単に捕まえられたけど。というか名前ちゃん、俺が言うのも何だけど警戒心なさすぎだよ?君の前に折原の妹共に目をつけたんだけど流石というか返り討ちにあったみたいだよウチの奴ら。」

「(臨也さんの妹…舞流ちゃんと、九瑠璃ちゃんのことも襲ったのか…)私は一般人なので」

「一般人は自分のこと"一般人"とは言わないかなぁ。普通はこんな風にお喋り出来てないよ。肝が座ってるというか、もしかして慣れてる?なーんて、冗談。そんなに睨まないでよ。」

この暗闇で睨んでるかなんて分からないくせに茶化した様に話しを続ける篁 聖人を尻目にどうすれば逃げ出せるかを必死に考える。

私の攻撃力はほぼゼロだ。が聖剣を使えば…ダメだ。もしもここにカメラなどがあった時に大変なことになる。

「名前ちゃん?聞いてるー?」

「ひゃっ…!」

ガバリと後ろから抱きつかれた。突然の事に思わず変な声が出た。

「かーわいいー。君普通に綺麗なんだから顔だけの折原なんかやめて俺にしない?あいつ性格悪いし、俺なら名前ちゃんのこと大事にするよ?」

「ふざけないで…!それに臨也さんは顔だけなんかじゃない…!!」

「そっかー、やっぱり知ってるよね折原臨也のこと。その反応だと名前ちゃん、折原のこと好きなんだ?」

馬鹿か自分。やってしまった。なんて馬鹿なんだ。もうこうなったら開き直って臨也さんに迷惑をかけない様にことを収められるかだ、頑張るしかない。

「…ええ、私は臨也さんを知っています。が、きっと私を攫ったところで臨也さんは来ませんよ。嫌われているので」

「へぇ片思いってことね。尚更俺にしなよ。俺の方が折原より格好良いよ?」

「顔も見せない癖によくそんなこと言えますね。というかいい加減に離してください。」

「顔を見せないのを気にしてたの?ミステリアスでしょ?まぁしばらく此処で暮らしてもらうからそうだね、よいしょっと。」

篁 聖人が離れて何処かへ歩き出したと思ったら突然世界が明るくなった。あまりに唐突で目の前がチカチカする。

「はい、これで俺のクールな顔が見れるでしょ?どうよ?惚れた?」

確かに顔は整っている方だと思った。だが何だろう、一言で言えば魅力がない。カッコいいだけだというか、インパクトに欠ける。臨也の方が格好良いなと名前は心中で呟いた。

「普通です」

「連れないなぁ〜、でも名前ちゃんは写真より可愛いね、スタイルも良いね。よし、決めたよ、君には折原の餌として活躍してもらう予定だったけど、本気で俺と付き合わない?」


「は?嫌ですよ、大体「言い方を少し変えようか。君が俺と付き合ってくれれば折原には手を出さない。どう?」」

「!」

「折原は君が嫌いなんだよね?どうしてそんな男のことがそんなに好きなの?俺なら君を寂しくさせない。」

「…や…めて、ください…」

「君は寂しいんだ。口では平気そうなことを言っているけどね。本当はもっと自分のことを見て欲しい。」

「いや…それ以上言わないで」

「愛されたいんだよ。君は。調べたところ親も居ないし、愛に飢えていたんだよね?そこに現れたのが折原だったんだよね。最初は彼奴も優しく同情でもしてくれた?それとも愛を囁いたのかな?」

そう、臨也さんは私を1人にしないと言った。
「可哀想に、親がいないなら俺が一緒にいて君に愛をあげよう」と。

「でも裏切られちゃったんでしょ?彼奴は君個人に興味は無かったんだもんね。」

そして臨也さんは私が彼に惚れたと分かった後から少しずつ生活の中に他の女の子の影を落とす様になった。別に彼女を気取っていた訳ではないので怒る道理も無かったけれど、本当はとても辛かった。
彼が最初の頃に見せていた優男の仮面を脱いで本性で話をしてくれる様になって、嬉しかった。「人間を愛しているから、君のこと愛しているのは嘘じゃないよ?」と言ったことに少しの寂しさと悲しみを見ないふりしてそれでも愛をくれるならと、はっきりと拒絶されないのを良いことにいつまでも一緒に居たくてつきまとっていたのは私の方だ。

「(あぁ、臨也さんにとって1番平和な事はこのままこの人の元にいて私が彼から離れることかもしれない)」

「俺は君を裏切らない。君が望むならいつまでも愛してあげるよ。でも君が折原のことを選ぶなら、君のせいで大好きな"臨也さん"は唯じゃ済まないかもね。折原のこと好きなら君がどうするべきか、わかるよね?」

「…臨也さんのことを…好きなら……。わたし……」

臨也さんを好きなら私がするべきなのは

「篁さん、私と付き合って下さい」

大好きな人が幸せになれるなら、私のこの恋心はいくらでも偽れる。

ごめんなさい、臨也さん。貴方を愛してました。


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