「おい!名前!しっかりしろ!あいつら来んぞ」
「さ、かたさん…!はぁっ!」
「ほら!落ち着け」
坂田さんの大きな手が背中を上下する、気持ちいい。ほっとすると同時に畳についていた支えの手に力が入らず倒れかけたところを坂田さんに抱きとめられた。
「先ほどからすみません…っ!…でもこの事は言わないでください」
「…あぁわかったからもう少し落ち着け」
ガラリと、音がした。
紅い瞳が大きなルビーのようだ。彼は変わっていない。いや、嘘、格好良くなっていた。
少ししてその瞳がスッと細くなる。
「…あーあー何ですかぃ田舎からわざわざ出て来たっていうから仕事終わりに会いに来たってーのに旦那とイチャついて。あ、男漁りにきたんですかぃ?年頃の女がやりそうなこった。旦那もそんな女やめた方がいいですぜ、てかお前姉上はどうしたんでさぁ、置いてきたのか?薄情な奴でさぁ。やっぱりお前はあの時近藤さんに拾われるべきじゃなかったんでさぁ。捨てられた理由がよくわからぁ」
「総悟っ!!」
ダァーン!と激しい物音がして沖田は庭の方へ飛んでった。土方により殴られたのだ。
「…あ、だ、大丈夫か名前ちゃん!いやぁ本当に久しぶりだなぁ、こんなに綺麗になって!おい万事屋ぁ名前ちゃんに抱きつくなんて百年早いぞー!名前ちゃんも離れなさい!中年が移るよ!」
「移るかァ!!てめぇも中年じゃねぇーか!てめぇが離れろゴリラが移んだろうがァ!!」
「ゴリラは移りませんー!残念でしたぁー!!」
「中年は否定否定しないんだな、近藤さん」
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。沖田の言葉を聞き少しの間何を言われたのか分からなかったが理解してきてから悲しくて泣きそうになったところで近藤さんや坂田さんにフォローされてしまった。
「…大丈夫か?」
土方が近くに来て声をかける。
「あ、はい。土方さんですよね。お久しぶりです。髪、切られたんですね。カッコいいです」
「あぁ、随分前にな。お前も大人びたな」
「そうですか?ミツバ姉様からはまだ子供ね、なんてよく言われるんですよ、あ、これミツバ姉様からのお土産です」
激辛せんべえと書かれた袋を渡す
いつの間にか沖田は部屋に戻ってしまったようだった。
それから坂田さんも含め四人で少し話し、夜遅いという事もあり早めに解散になってしまった。
少しだけだったけどまたみんなに会えて嬉しかった。流れで坂田さんの所に今日もお邪魔する事になってしまったが、去り際に近藤さんに『またな』なんて言われてしまって泣きそうになった。私の花はもう直ぐなくなる。そしてその次の瞬間私はこの世にいないかもしれないのに。
坂田さんと万事屋にもどり、もう日も昇りそうなのに就寝準備をした。一応明日は病院にも行ってみようかな、明日が来ればだけど。
坂田さんが外に行く気配がしたけど布団に入ってしまったら、なんだかとても眠くて、すぐに眠ってしまった。
とっつぁんと将軍様に付き合ってキャバク…市中の生活を体験しに行ったあと屯所に帰ると山崎が駆けてきた。
「もう!局長たち遅いじゃないですか!!おかげで万事屋の相手するのに疲れましたよ!」
「なんだァ、万事屋のやつ来てんのか?」
「はい、なんだか女の人と一緒で、局長達を待ってるって朝からずっと…」
「女ぁ?おい山崎、そいつの名は?」
「あ、副長…えぇっと確か…苗字さんだったような」
「苗字…ってもしかして名前ちゃん?!」
「あのチビか、っておい総悟!」
「待たせてんなら早く行った方がいいんじゃねーですかぃ」
少しわくわくした気持ちでそう言い放つ沖田は先頭に立ち屯所に入っていった。それを残された2人は微笑ましく思いながら追う。
名前ちゃんと最後にあったのはもう9年?10年も前の事か、と近藤は脳裏に残る少女の笑顔を思い出して自分も笑顔になる。
「いやぁ名前ちゃんと会うのは久しぶりだなぁ、トシ」
「そうだな、かれこれ10年くらい経っちまったな」
「小さかった総悟がこれだけ大きくなったんだ、名前ちゃんも大きくなってるんだろうなぁきっと美人だろう」
「横に大きくなってそうですねぃ」
「もしなってても言うなよ」
「え、なんですか土方さん気を使うんですかぃ、そんなんだから女はいつまで経っても自分が太ってる事に気付けないんでさぁ」
「久しぶりに会って『太った』なんて言われてみろ、嫌われんぞ」
昔遊んだ彼女が人を簡単に嫌うような奴じゃないと知っているからそんな雑談でも笑顔になる。
本当に久しぶりに会うんだから少しくらいは優しくしてやろうか、なんて考えていた総悟は応接間の襖を開けて固まった。
「な、に、してんでさぁ…」
万事屋と女が抱き合っていた。
いつもならここからギャグヘ持っていく事もできたかもしれない。
でも相手が名前だという事実が自分が思ってるよりずっとショックで、思ってもない事を言ってしまった。
気付いたら殴られていた。
しばらくほうけていたが、あんな事を言った手前会いづらくて部屋に戻る事にした。また今度謝ればいい。大体、万事屋の旦那がなにも言い返さなかったのも何か引っかかるが。
部屋に戻って少しすると応接間から出て行く音がした。
翌日になって近藤さんに呼び出された。昨日の事か怒られるのだろうという事はなんとなく想像できていた。行ってみるも近藤さんには怒気というものはなく土方のヤローもどうやら寝てないようだった。部屋に入ってきた俺に気づいて近藤さんが少し微笑む。その顔には怒気なんてなく、むしろ悲しみが漂っているように思えた。
「あぁ…起きたか」
「どうしたんですかぃ、通夜みたいな雰囲気だして昨日の名前のことなら悪かったと思ってやす、でもまだしばらくこっちにいるんでしょう?謝りに行くんでどこに泊まってるか教え「昨日な」…?」
沖田が話しているのを近藤が遮る。
「昨日な、万事屋がな名前ちゃん帰った後にまた来たんだ」
沖田はそれがどうしたんだと近藤を見つめる
「応接間に入った時名前ちゃんなぁ、万事屋と抱き合ってるように見えただろ?その説明をしに、な」
「なんで名前が帰った後にまた来んでさぁ?今日でも構わないのに、つかその時に言ってくれれば良いんじゃ」
「それがな、名前ちゃんの前だと言いづらくてだな…その…」
「なんです?」
「名前ちゃん…もう直ぐ死ぬかもしれないらしい」
近藤がチラチラ視線を惑わせしどろもどろになりながら告げた言葉が衝撃的すぎて一瞬何を言っているか理解できなかった。
「な、んで」
「天人の持ってきた宇宙ウイルスで随分前に流行った心花(しんか)病というのがあったろ?花が身体の水分を奪い、心臓に花が咲いて落ちたら死んじまうって奴。アイツはそれにかかっているらしい。…しかももう末期だ」
煙草を灰皿に押し付けながら土方が告げる
「万事屋がアイツを介抱してるのをお前が抱き合ってると勘違いしたんだよ、アイツはこのままもう俺らに会わないで死ぬつもりらしい」
「そんなの!許せるわけないじゃないですかぃ!あいつが、名前が死ぬ…なんて…。」
声がどんどん小さくなっていき最後は誰も聞こえなかった。本人も何を言ったかわかってない。
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