「こんばんは」



どきりと、心臓が跳ね上がった。
扉を開けるとそこには一人の少年がセーラー服姿で立っていた。
声からの印象よりも随分と若く、
顔立ちも中性的でどちらかと言うと女顔だ。
と言うよりむしろ…。
先程とは別の意味でドキドキしている自分がいる。
扉の前で突っ立ってると、
きょとんと小首をかしげられる。



「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」



とりあえずいつまでもここに居るわけにもいかないし、
部屋に入る。
けれど扉が閉まって足を踏み入れても緊張は解けず、
寧ろ心臓は五月蝿く胸を打つばかりだ。
部屋の中に居た少年は予想に反して、
いや、今まで会ってきた風俗嬢達より群を抜いて可愛かった。
こんな可愛い奴がこの店に居ること、
こいつが男だという事にも驚いたが、
何より同じ男に対してこんな感情を抱いている自分が居る事に動揺を隠せない。
どうしよう、なんだこれ。
普段無愛想な俺だけど、
緊張し過ぎて余計に言葉が出てこない。
最初に適当に選ばされたセーラー服が、
中学時代の初恋の少女を思い出され余計に頬が熱くなる。
けれど、
記憶の中のどの相手よりも俺は今この目の前の少年にときめいていた。
一目見てこんな気持ちになるのは、
生まれて初めてだった。



「俺、マサオミって言います。
今日はよろしくお願いしますね」



まさおみ。口の中で反芻する。
それが彼の名前。
その名前も当たり前だが男のものだ。



「えっと、
ヘイワジマさんですよね?」
「あ、ああ」
「珍しいお名前ですよね。
何て呼べばいいですか?」



会話がメインのキャバクラとかより、
プレイがメインになりがちのこういう風俗店で、
名前を聞かれたのは初めてだ。



「…静雄でいい」
「しずお、
じゃあシズオさんって呼びますね」



そう言ってにこりと微笑まれる。
彼の小さな唇が俺の名前を紡ぐ。
それだけで心が震えて仕方ない。
マサオミは『じゃあ、時間勿体無いんでシャワー行きましょう』と言うと、
服を脱ぎ出そうとした。
その姿にぎょっとして、
スカートのファスナーを下ろそうとする彼の手を慌てて止めた。



「ちょ、ちょっと待て!」
「え…でも、
シャワーは入らなきゃいけないんで…」
「じゃなくて!」



彼の肩を掴んだ。
その細さに頭がくらりと揺れたが、
今はそれどころじゃない。



「まだ、いい」
「え?」
「もうちょっと、喋りたい」



自分でも何言ってんだと思う。
例え男だろうがこんな可愛い奴、
プレイでもなきゃ絶対ヤれないのは分かってる。
欲情だってめちゃくちゃしてる。
けれど、無理だ。
緊張し過ぎてまともに出来るのか分からないし、
何よりこんな気持ちだからこそ、
目の前の少年を抱くなんて出来なかった。



「分かりました。
じゃあちょっとお喋りしましょうか」



彼はにこりと微笑んで言うと、
ベッドにすとんと腰掛けた。
俺もその横におずおずと座る。
簡易シャワーとベッド、
あとローションとかが置いてある小さな棚しかない狭い部屋。
そこに今俺はこの少年と二人きり。
自分から喋りたいと言った癖に、
緊張し過ぎて頭が回らず、
何も言葉が出てこない。
汗ばっかりがだらだらと出てくる。
シャワーだけでも浴びてすっきりしたいとも思うが、
今でもこんな緊張すんのに裸なんて見たらもうどうなるか分からない。



「…シズオさんって、」



マサオミが沈黙を破った。
隣に座る彼は本当に小柄に見え、
実際そんな事は無いのだろうが、
こりゃ女より華奢なのではないかと思えた。



「シズオさんって、
こういう男相手の店初めてですよね?」
「…ああ」
「やっぱ、気持ち悪いですよね?
もしあれだったら俺から店の人に言うんで、
今からでもキャンセル…」
「それはいい!」



思わず出た大きな声に、
マサオミも俺自身も驚く。
息を整え気を落ち着かせながら、
ゆっくりと喋る。



「キャンセル、しなくていい。
最初は絶対無理だと思ってたけど、
別にお前が気持ち悪いとか、
そういう訳じゃない。
本当に、喋るだけでいいんだ」



こんな言葉じゃ俺の今の複雑な感情とか、
どうしようもなくお前が可愛く見える事とか、
俺の気持ちの半分も伝わらないと分かっていたが、
今はこれだけでも言葉にするのに精一杯だった。
けれど彼はこんな言葉足らずの俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、
とても優しく微笑んでくれた。



「良かったあ」
「え?」
「だってシズオさん、
喋りたいって言うのにずっと黙ってばかりだから、
やっぱりさっさと帰りたいのかなと思ってたから」
「だから、違うって」
「へへ、そうでしたね。
ごめんなさい。
じゃあ、俺から色々質問していいですか?」



マサオミはそれから俺に仕事の事とか聞いてきた。
俺はぽつりぽつりとそれに答える。
俺の話なんかおもしろくないだろうに、
彼は真剣に聞いてくれた。
俺も彼に少しだけど質問してみた。
年齢は18で、
この前高校を卒業したばかりだと言う。
その割にはしっかりとした丁寧な受け答えだし、
とても出来た子だなと思う。
非の打ち所が無いと言うのは、
正にこういう奴の事を言うのだろう。
けれど彼が完璧であればある程、
同時に人気があるのだろうなと伺えて、
その事が胸を痛めた。
そうこうしてると終了を知らせるタイマーが鳴った。
時間はあっという間だった。
結局俺は、こいつに何も出来なかった。
ちょっと勿体無い気がしないでも無いけど、
どうせヤろうとしたって緊張し過ぎて上手く出来ないだろうし、
これでいいのだ。



「本当にすみません。
お金貰ってるのに、何も出来なくて」
「いや、
俺が喋りたいって言ったんだから、
別にいい。
気にするな」



靴を履いて立ち上がり、扉を開ける。
店長も延長してなければ終わってる筈だ。
最後にもう一度振り返った。
ああ、やっぱ可愛いな、クソ。



「…今日はありがとな」
「いえ、こちらこそ。
あの、シズオさん、
最後にちょっとしゃがんで貰っていいですか?」



不思議に思いながらも中腰になる。
マサオミと顔が並ぶ。
『これでいいか?』
そう口にする前に、
すっと彼の顔が近づいてきて、
彼の唇が俺のに静かに触れた。
思わず目が見開く。
彼の伏せられた睫毛が僅かに震えていた。
そっと唇が離され、目をゆっくりと開いた彼は照れ臭そうに微笑んだ。



「今日のお礼です。
良かったら、また来てくださいね」



そう言い手を振る彼の前で、
ぱたんと扉は閉じた。
最初に来た時のように、
俺は暫くその場を動けないで居た。
余りに遅い俺を心配して迎えに来た店長と一緒に、
店を出る。
12時を回ったと言うのに街はまだ人で賑わっていた。



「どうだった?
意外と良かったろ?」




そう楽しそうに聞いてくる店長に、
『はあ』と生返事をする。
ポケットの中には最初に作らされた会員カードがある。
いつもはすぐに捨ててしまっていたが、
今は唯一の彼との繋がりだと思うと大事な物に思えて仕方ない。
また会いたい。
会って、彼と一緒に居たい。
俺はマサオミの事を好きになっていた。







まだまだ続きます。












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