本当に何でのかは分からない。
割と自分は聡明な人間だと思っていたし、
今までの人生の色々な出来事、
考えて分からないことなんてそうそう無かった。
だから彼の存在は俺にとってかなりの予想外で、
言うなれば異質、
突然目の前に現れたエイリアンなのだ。
彼はとても変わった子だった。
コーヒーが好きだと言うのに、
ミルクと砂糖は3つずつ落とす。
借りてきた映画は最後まで見ずに、
必ず途中で寝てしまう。
オムライスの卵はぐちゃぐちゃにする。
寒い寒いというのに雪の日でもアイスを食べる。
俺にとっては全て意味を成さない行動にしか見えなかったが、
彼にはちゃんと意味があるらしい。
じゃあ、どういう事なのと聞くと、
ん〜と唸るだけでその続きが出てこない。
言っちゃえばアホなのだ。
俺が一番苦手とするタイプだ。
なのに彼の存在は本当にいつの間にか心の隙間に入り込み、
俺はこの頭の悪い未確認生物にすっかり心を持っていかれていた。






彼との出会いは半年前、
会社の同期に誘われ行った合コンのメンバーの一人だった。
別に行きたくなかったし興味もなかったけど、
前々から行きたかった、
アーティストのライブチケットで手を打った。
彼は社会人ではなく学生だった。
幹事の大学時代の後輩らしく、
急に来れなくなったメンツの穴埋めとして紹介された。
大学生にしては妙に幼い印象を受けた。
背が低いという訳でもないのに、
大学を出て数年経つからそう見えるだけだろうか。
しかしこれでは青年と言うより少年だ。
彼は俺を除いて一番その場で退屈そうにしていた。
普通この位の年ならもっとがっつきそうなものなのに。
金曜日の飲み屋は、
会社帰りのサラリーマンや同じような合コンのグループばかりで随分騒がしい。
女の子の繰り返される同じような質問にもうんざりしていた俺は、
隅の方でカチカチとケータイをいじっていた名前も知らない彼に、
気まぐれに声をかけてみた。
知らない事はない、
最初に軽く紹介された気がするが、
覚える気が無かったため記憶に残っていなかった。
傍に置いてあるジョッキをちらりと見る。
ほとんど手を付けられていないようだった。



「コンバンワ」



彼はケータイから目を放すと、
こちらを一瞥して軽く会釈した。
が、すぐにその目はケータイに戻る。
その反応に少なからずイラッとしたが、表情には出さなかった。



「ねえ、何やってんの?」
「何って…見りゃ分かるでしょ。
ケータイ弄ってるんすよ」
「そんな事わざわざ聞かないよ。
俺はこんな場所まで来て何を必死にケータイ弄ってるのかって聞いてるんだよ。
大学の先輩だって居るんでしょ?
幾らなんでも失礼だと思わない?」
「はぁ?」



彼がようやくケータイから顔を上げた。
真正面から向き合った彼の顔はやはり幼く、
その大きな瞳と長い睫毛から何処と無く少女性も感じられる。
何だかアブナイ匂いのする子だなあ、と思った。



「誰が大学の先輩なんすか?
大体俺、黙って座ってるだけでいいって言われたから来たんです。
赤の他人のあんたに説教される筋合いないっすよ」



口を開いたと思ったら一気に捲し立てられた。
一瞬呆けてしまったが、
いや待て、そんな事より。



「誰って…アイツでしょ」



俺は輪の中ですっかり酔っぱらってる幹事を指差した。
彼は俺の指差す方を見て、
『あれ、そんな話だっけ』と呟いた。
俺はその言葉を聞き逃さなかった。


「は?
何、話って」
「あれ、言ってませんでしたっけ。
俺、後輩でもなんでもないし、
まず大学にだって行ってないすよ」
「後輩じゃないって…じゃあ君なに」
「俺、高校生ですよ。
いわゆるDKですDK」
「は!?」



思わず大きな声が出てしまった。
しかし周りの騒がしい声にかき消され、
他の皆は会話の内容に気付いていない。



「ぇ、ちょっと待って。
高校生が何でこんな飲みの席に…
てかアイツとどういう関係なの」
「それはヒミツ」



何か言ったらヤバいっぽかったんで、
内緒にしてて下さいね。
そう彼は唇に人差し指を当てた。
ヤバいなんてもんじゃない。
ほとんど飲んでいないとは言っても、
乾杯の時は彼も確かに口を付けていた筈だ。
知らなかったとは言え未成年に飲酒…
てかまず、こんな時間に飲み屋に連れて行った事が会社にバレたら…。
俺は上着と鞄、
そして彼の腕を掴むと勢いよく立ち上がった。
酔っ払い騒いでいた皆も、
さすがに注目する。



「ぇ、どうしたんだよ」
「俺今日中に仕上げなきゃいけない仕事があるの思い出した。
悪いけど帰るよ。
これ、彼と俺の分だから」
「「は?」」



彼と幹事の声が重なった。
俺は財布から諭吉を一枚抜いてテーブルに置くと、
ずかずかと座敷を出ていった。
同僚の呼ぶ声が聞こえたが、
全て無視する。
チケットの事が頭に過ったが、
そんな事ももうどうでも良かった。



「ちょ、何すんだよ!
離せよ!」
「いいから黙ってなよ」



賑わう席の間を通り抜け、
店を出た。
階段から地上に出て、大通りまで来た時にようやく彼の腕を放す。
自分が思っていた以上に急いでいたのか、
俺も彼も息が上がっていた。
彼は膝に手を付き息を整えている。



「ちょっと…どうしてくれるんすか…」
「どうって…
丁度良かったじゃん。
君退屈だったんでしょ?
おとなしく家に帰りなよ」


殆ど走るように歩いて来た為、
背中に汗をかいていた。
ネクタイを緩める。
くそ、早く帰ってシャワー浴びたい。
そんな俺の様子をじっと見ていた彼が、
『ありませんよ』と小さく呟いた。



「無いって、何が?」
「…帰る家」



決まりが悪そうにもじもじとしながら答えた。
かえるいえ?
気付いたら反芻していた。



「家がないって、どういうこと」
「そのまんまですよ。
俺、あの人の家にここ何日か泊まってたんです。
だからあの場には、
嫌でも居なくちゃだめだったんですよ」



彼はぽつりぽつりと呟く。
けれど俺の頭は急な展開に全くついて来れていない。
え、何、どういうこと。
そう頭の中で問い掛けても、
答えなんか返ってきやしない。
彼の手が俺のシャツに伸びて、
きゅっと掴まれる。
上目遣いでこちらを見る彼の顔は、
はっとするくらい可愛かった。
彼が口を開こうとする。
まて、その先を言うな。
その先の言葉はきっと、
俺は否応なしに聞き入れなければならない。
彼の口を手で押さえようとする。



「お兄さん、責任とって俺を泊めてください」



間に合わなかった。
彼の言葉が俺に止めを刺した。
行き交う車のエンジン音や人々の足音が、
やたらはっきりと聞こえる。
これが俺と彼、紀田正臣の出会いだった。






あまあま二人の同棲シリーズの予定。
続きます。















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