その日をきっかけに、
俺と静雄さんは急速に仲良くなった。
よっぽど美味しかったのか店にもよく食べに来てくれたし、
(もちろん次からはお金を持って)
いつの間にか店以外でもよく会うようになった。
暇になるとどちらともなく呼び出した。
飯を食べに行ったりもするし、
家でゲームしたりもする。
(スーファミで止まってた静雄さんのゲームの腕は、
めちゃくちゃ弱かった)
俺の前では静雄さんはよく笑ったし、
俺は静雄さんのそんな顔を見るのが嬉しくて、
いっぱいいっぱい遊んだ。
けれど周りからの評価は違った。
どうやら俺たちが付き合ってるって噂が流れているらしい。
最初その話を聞いた時『ありえないだろ』って思って一蹴してたけど、
帝人や杏里の口からもその話題が出てきてさすがに焦った。



「だから!
静雄さんは俺のバイト先の常連客で、
それで仲良くして貰ってるだけだってば!」


テーブルに乱暴にグラスを置きながら、
目の前に座る帝人に声を荒げる。
別の大学に進学した帝人とは、
互いのサークルやバイトの都合で昔ほどは遊ばなくなっていた。
けれど定期的に連絡は取り合うし、
暇が合えば一緒に飯に行ったりもする。
今日もたまたま俺の午後の講義が休講になり、
空いた時間にお茶でもする事になった。



「でもさ〜、
いくらなんでも仲良すぎじゃない?
それに常連客って言っても、
『元』でしょ?」



そう、俺が一回生の時の年末、
バイト先の定食屋がいきなり潰れた。
店主のおじさんは実はすごいギャンブル好きで多額の借金をしていたらしく、
ある日バイト先に行ったら店主は既に夜逃げした後だった。
でも、
店が潰れた今でも仲良くしてくれるからこそ、
嬉しいんじゃねーか!
明らかに不機嫌さを態度に出している俺を見て、
帝人はため息をついた。
その時、テーブルに置いていたケータイが震えた。
静雄さんからだった。
俺は電話には出ず、そのまま震えるケータイを見つめる。



「電話、出ないの?」
「…別にいい」
「静雄さんからでしょ?」


ケータイが止まった。
そのまま不在着信が残る。


「正臣はどうか知らないけど、
静雄さんの気持ち、考えた事あるの?
俺は別に仲良くするなとは言わないよ。
ただ、何でそんな噂が立っちゃうのかとか、
相手の気持ちとか、
そういうのを見ないようにして楽しい事ばっかに逃げるのはどうなのって思うんだよ。
正臣も、本当は気づいてるんじゃないの?」



気付いてるって、何にだよ。
そう言いたかったけど、
何だか言っちゃダメなような気がして押し黙った。
相手の気持ち?
噂が立つ訳?
そんなの、分かるわけないじゃないか。
第一俺は、自分の事すら分かっていない。
最近、前みたいにただ楽しいだけじゃ無くなって来ている。
一緒に居ると何だか妙に緊張したり、
変に言葉が詰まったりする事が多くなった。
静雄さんから連絡があると嬉しいし、
なんでもない小さな事一喜一憂してしまう。
この意味を考えてみた事が無いわけじゃない。
けど、俺は男だし静雄さんも男だ。
ちょっとカッコいいお兄さんに、
憧れちゃってるだけに決まってる。
(そう思っていないと、
マトモに目も合わせられなくなる)




夜からバイトが入っているという帝人と別れ、
そのまま静雄さんちに向かう。
不在着信の後、
静雄さんからゲームの誘いのメールが来ていた。
最近桃鉄にハマっている俺たちは、
近頃遊びと言ったら専らこれだ。
静雄さんちには俺んちで余っていた、
プレステ1が置いてある。
片手には途中買ったコンビニの袋が握られている。
一瞬今日帝人に言われた言葉が思い出され、
インターホンを押す指が止まった。
けどすぐに頭を振ってかき消し、ボタンを押す。
扉の前で待っていると、
すぐに静雄さんが出てきた。
仕事帰りなのかいつものバーテン服が少し着崩されている。



「お疲れ様です」
「おう、早かったな。
まあ上がれよ」
「はーい、
ぁ、酒とつまみだけ買ってきましたよ」
「おう、サンキュ」



俺は慣れた素振りで冷蔵庫を開け、
買ってきた酒を入れる。
その間に静雄さんは棚からカップ麺を2つ出して、
ヤカンに火をかけた。



「ぁ、そういえば今日電話出れなくてすいません。
あの時帝人と会ってたんすよ」
「あぁ、竜ヶ峰か。
あいつお前とは別の大学だっけ」
「はい。
そーなんスけど…」



自然と言葉が詰まる。
どうしても先ほどの帝人との会話が思い出された。



「…どうかしたのか?」
「いや…実はちょっと喧嘩しちゃって」
「へぇ、
お前らが喧嘩とか珍しいな。
何かあったのか?」



ちらりと、静雄さんの表情を伺う。
話しても、いいだろうか。
けどいっそ喋ってしまった方がいいかもしれない。
静夫さんなら『なんだその噂』と笑い飛ばしてくれるだろう。
そうして笑い話に出来たら、
俺のこの心に生まれだしたもやもやだって消える筈だ。
俺は意を決した。



「いや〜、なんか俺と静夫さんが付き合ってるとかいう噂が流れてるらしくって、
それを信じきった帝人がやたら俺の心配してくるんすよ。
本当、何そんな噂信じちゃってんすかね〜」



笑いながら、出来るだけ明るく努めた。
何だか表情を見るのが怖くて、
どうしても俯いてしまう。
そうだ、笑い飛ばして欲しい。
馬鹿馬鹿しいって、
あるわけないって言って欲しい。
その筈なのに、笑う静夫さんの姿を想像すると胸が苦しくて仕方ない。
何なんだこれ。
痛い。苦しい。
けど笑わなきゃ。
静夫さんも笑うんだから、
俺だけ変な顔してたらダメじゃないか。
けれど言葉はいくら待っても降ってこず、
ヤカンの蓋が蒸気でカタカタと鳴った。



…あれ?


恐る恐る顔を上げる。
静夫さんは笑ってなかった。
『何気持ち悪い事言ってんだ』と引いてる訳でもなかった。
顔を手で覆い、
静かに押し黙っている。
指の隙間から見えた頬は、
驚くくらい赤かった。
あれ?
静雄さんがゆっくり口を開いた。



「街で初めて見た時から、
めちゃめちゃ可愛いと思ってた」


え?


「暫くして竜ヶ峰と一緒に居るの見た時、
何か可愛い奴いるなーと思ったら、
前見かけた子だって気付いてすげービビった」



え、何?



「去年あの定食屋で見た時、
ビビり過ぎて死ぬかと思った。
緊張し過ぎて味とかわかんねえし、
正直何頼んでたのかも全然覚えてねえ」



何言ってんすか。
静雄さん。
声、めちゃめちゃ震えてますよ。
つか俺、訳わかりません。
そう色んな言葉が浮かんでくるのに、
喉がカラカラに渇いて全く声にならなかった。
静雄さんが顔を覆っていた手を外した。
そこから覗いた瞳の奥の熱が伝染して、
俺の頬が熱を帯びていくのが分かった。



「一緒に居られるなら友達でいいと思ってた。
けどやっぱり無理だった。
正直俺はお前と居る間ずっと、
どーにかこーにかしたくて仕方なかった」



コンロの上のヤカンがけたたましく鳴った。
その音が合図となって、
静雄さんの体がゆっくりと俺に近づく。
けど俺は動けないまま。
もう先程までの胸の苦しみは消えていた。
けど次はまた別の痛みが生まれて、
俺の胸を酷く痛め付ける。
何だこれ、
全然わかんない。
ねえ、
何て言うのこれ。
静雄さんの顔が視界を覆い尽くす。
静雄さんの瞳に映り込んだ俺は、
えらく間抜けな顔をしていた。






すんません。
めちゃめちゃ長くなってしまいました。
静雄も正臣もえらいアホになってしまった。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -