痛いのには慣れていた。
時々奮われる暴力や、
乱暴なセックスだって平気だった。
彼の行動ひとつひとつには、
溢れんばかりの愛があって、
その愛が故に彼は苦しみ、
嘆き、
俺を痛め付ける。
平気だった。
普段はひょうひょうとしてる彼の、
どうしようもなく取り乱す様は、
いとおしくて仕方なかった。


殴られ、
なぶられ、
傷つけられ、


そんなもの全て平気だった俺も、
浮気だけは許せなかった。




ボーイズ・ドント・クライ




行き交う車のヘッドライトが、
小雨を照らし雨粒が白く煙る。
傘も差さずパーカーのフードを深く被り、
大通りをずんずんと歩く。
行く当てはない。
けれど、留まりたくもなかった。
肩にかかったデイバックの紐を、
乱暴に背負い直す。
どんなに酷い事をされようとも、
彼の家を出たのは初めてだった。
きっと、もう二度と戻らない。
先程からポケットに入れたケータイが何度も振動したが、
気にも留めなかった。



頼まれていた仕事が終わり部屋に帰ると、
鍵は開いているのに照明が付いていなかった。
幾らここが新宿の一等地で、
エントランスがオートロックの高層マンションだとしても、
彼の仕事と性格柄余りにも不用心だった。
変だな、もしかして出ているのかも。
とりあえず部屋に上がるも、
靴はあるのにいつも作業するリビングにも風呂場にも不在だった。
けれど、人の気配はする。
照明をつけなくても窓から入ってくる街の明かりで、部屋は比較的明るい。
風呂でも入っているのか?
バスルームに向かおうとしたその時、
寝室の扉が閉まっている事に気づいた。
閉じた扉から感じる、
熱を帯びた人の気配。
嫌な予感がした。
しかし体は自然と進む。
開かないかと思われる程
人の気配で膨れ上がった扉。
あっさりとドアノブは回った。
ゆっくりと扉が開き、視界が広がる。
キングサイズのベッドのスプリングが軋む音。
それに合わせて洩れる、
女の濡れた声。
聞き慣れた、男の荒い息遣い。
雇い主と女が、一糸纏わぬ姿で重なりあってた。
2人は暫くこちらに気付かなかったが、
熱気の篭った部屋に入る冷たい風に、
臨也が扉に視線をやった。
扉の前で呆然と立ち尽くす俺と目が合う。
すぐ後に、女もこちらに気が付いた。
2人の熱い眼に宛てられ、
浮かび上がっていた俺の意識は急激に垂直落下する。


「…ぅあああああああ!!!」



自分でも驚く程の低く大きな叫びが喉から出て、
俺はベッドの上の男を突き飛ばしていた。




呆れた。
失望した。
今までどんな痛みも耐えて来たのは、
臨也が俺を愛してくれていると信じていたからだ。
それが無かったら、
もう俺はどうすればいいのか分からない。
居る意味なんてない。
彼は俺を痛め付ける度に、
苦悶の表情を見せた。
その顔が歪めば歪む程、
俺の心は暖かいもので満たされた。
すがっていたのは、彼じゃない。
その愛を支えにしていたのは、
俺の方だった。
信号待ちの交差点。
雨はまだ降りやまない。
ケータイのバイブも鳴りっぱなし。
いい加減苛立ちもピークに達し、
ポケットからケータイを取り出す。
こんなもの、もう要らない。
地面に思い切り叩きつけようと振り上げたその手を、
後ろから思い切り掴まれた。
振り向かない。
振り向かなくても、誰か分かる。



「何してんの」
「それはこっちのセリフです。
何すんですか」
「そうやって、
ケータイと一緒に俺も捨てる気?」



何言ってんだ。
怒鳴り付けてやりたかった。
先に俺を裏切ったのは、そっちじゃないか。
頭に血が昇って、
ガクガクと手が震える。



「手、離して下さい」



冷静に努めたい。
けど、どうしても言葉に怒気が混じる。



「ねぇ、泣いてるの?」
「泣いてません」



本当だった。
俺は泣いてない。
泣きたくなんかない。
けれど、今にも涙腺が決壊しそうでヤバい。
悔しい、悔しい。
掴まれていた手が離されたと思った途端、
後ろから急に抱きすくめられた。
腰に手を回され、
肩口に顔をうずめられる。
回された手は力が込められ、
小刻みに震えている。



「俺は、泣いてるよ」



はっとした。
うずめられた方の肩が、
熱くなった。



「君に出会って恋をしたその時から、
俺はどうしようもなく泣いてるよ。
だから…



君も泣いてよ」




誰が泣くか。
そう言ってやろうとしたが、
声はか細く震えて言葉にならなかった。
視界がじんわりと揺らいだ。







女はそこら辺の適当な人です。
歪んだ愛のぶつけ合い。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -