そしてわたしは幸福な自分に失望するのでしょう | ナノ

ж剣城→円堂


*Web拍手の再録です。
お題は:afaikさまからお借りしてます。
【イナゴ設定:剣城→円堂】


「剣城」


大人の男にしては少し高めな滑らかな声。
呼ばれる名前の響きに、心臓がどくりと鼓動をたてる。
先ほどまで目の前のボールに意識を集中していたはずなのに、今や全てが背後の彼に引っ張られていた。
そんな自分を自覚するたび、剣城は落ち込む。
自覚している感情が何かを理解しているから、凹むのだ。


「さっきのシュート、良かったぞ。けどもう少し右から狙いをつけるとキーパーは取りにくいかな」
「・・・はい」
「頑張れ。今でもいいストライカーだけど、お前はもっと凄くなれるぞ」


にかっと降り注ぐ太陽みたいに明るい笑顔は眩くて、くらくらと眩暈がしてしまう。
全力でサッカーをしたときのような、大量にアドレナリンを放出した感覚。
休業してるとはいえ、現役サッカー選手だけあって円堂の指摘はとても的確で鋭い。
剣城は伝説のイナズマジャパンの中で一押しは豪炎寺だけれど、『円堂守』を軽んじる気はなかった。
と、言うより、同年代のサッカー選手で彼を尊敬しないものの方が珍しいだろう。
あっけらかんとして、時に無邪気にすら見える笑顔を浮かべる目の前の男は、優秀であるが個性的だと評判のイナズマジャパンを一本の槍に纏め上げた人物だ。
彼なくしてイナズマジャパンを語れないし、FFIの優勝を攫ったチームも生まれなかったかもしれない。

テレビ越しに見てた頃なら、まだ侮る気持ちは心のどこかに残っていた。
チームを牽引していたのはエースストライカーで攻撃の要の豪炎寺修也、あるいはチームのゲームメイクを手がけていた天才ミッドフィルダーの鬼道有人。
他にも吹雪士郎や染岡竜吾、風丸一郎太や壁山塀吾郎。他にも有数の選手が存在した日本サッカーの黄金時代。
キャプテンがどうでも選手の壁が厚ければ勝てると、心のどこかで思ってた。
それはフィフスセクターで教育を受けた剣城ならではの考えだったかもしれない。
自分の中には仲間とのチームプレイなんて根底になく、自らの実力で勝利をつかみとるものだと信じてた。
だから、今でも時々戸惑う。
天馬たちと過ごす当たり前の部活。勝つためだけのサッカーじゃなく、それ以上の『何か』を貰う心のやりとり。
ほんの数ヶ月前まで想像してなかった剣城京介がそこにいて、胸がじわりと温かくなった。

そうしてとても苦しくなる。
優しい仲間に、有能を絵に描いたコーチに、素晴らしい監督に、明るいマネージャー。
そんな彼らに囲まれて笑っている自分に気がつくと、胸がきゅっと苦しくなるのだ。


「監督」
「ん?何だ?」
「・・・いえ、何でもありません」


きょとりと瞳を瞬かせてこちらを見詰める年上の男に、ゆっくり首を振った。
喉元まで出かけた言葉の、最後の一押しがどうしても出来ない。
フィフスセクターの管理サッカーはなくなった。
今は全国のどこでも、誰もが好きに、自由なサッカーをする権利がある。
十年をかけて作った体制が完全になくなるまでまだ暫く掛かるだろう。
しかし、それよりも早く、目の前のこの人は、雷門中から去ってしまうに違いない。
円堂も鬼道も、アマチュアではなくプロサッカー選手だ。
しかも世界的に注目を集める名プレイヤーで、若手の中でも筆頭と呼ばれる選手たちである。

彼らと運命が重なったのは、ほんの偶然。
偶然にして運命にして必然にして奇跡だった。
円堂と鬼道が雷門に来たのはサッカー界を、ひいては自分たちの後輩を救うため。
だがその切欠は、二人の親友である豪炎寺の存在が大きかっただろう。
憧れの豪炎寺が繋いでくれた奇跡の糸は、もう間もなく途切れてしまう。
そんなこと口にしたら彼は笑って否定するのだろうけど、離れていて、心だけ傍に在ると言われたって剣城にはまだ納得できない。
離れていても大丈夫だと思えるだけの根拠がなく、繋がりがあると自信もなかった。

───いつかきっと、近い将来。幸福な自分に失望する。

円堂が近くにいると思うだけで高鳴る胸を宥めながら、感情を押し殺すようにぐっと服を握りこんだ。
今が幸せだと考えて、幸せな後に来る不幸を想い苦しくなる。

ああ、自分はなんて贅沢なのか。
昔の剣城なら嘲る程度の陳腐な考えに、唇を皮肉と自嘲の笑みが彩った。


そしてわたしは幸福な自分に失望するのでしょう

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