と 溶けてゆくのは | ナノ

ж風丸&円堂


*Web拍手の再録です。

お題は:afaikさまより『ありがとう』からお借りしてます。


と 溶けてゆくのは


「風丸はさ」
「ん?」
「高校でもサッカーを続けるのか?」
「・・・え?」


幼馴染の彼と二人、宿題を片付けていた最中の言葉は、予想より遥かに部屋に響いた気がした。
もっとも円堂の私室は鬼道の部屋などと比べるべくもなく狭いので、さして大きな声でなくとも大きく聞こえるのかもしれない。
あるいは質問を発するタイミングがたまたま会話が途切れた最中だったので、そんな風に感じただけかもしれない。
いずれにしても想像より双方にインパクトが残った。
ノートをとる手を止めて一つ瞬きすると、そんな円堂の反応を見て心底意味がわからないと眉間に皺を寄せた。


「どうしたんだ、いきなり」
「いや・・・俺の中では結構前からあった疑問なんだけどさ」
「何が」
「だから、高校でもサッカー続けるのかって。風丸は元々陸上選手で俺が無理矢理サッカー部に誘ったようなもんだろ?」


いかにも表現し難い複雑な顔をする幼馴染に、なんとなく居心地が悪くなってシャープペンを顎を使ってノックを押下する。
するとカチカチと小さな音を立て、HBの芯が少しずつ伸びた。
無言の間ずっと続けていたら、ノートの上にぽとんと落ちる。
ほとんど使っていなかったらしく、ほぼ丸まる一本転げていた。


「・・・まず質問に答えると俺は高校でもサッカーを続ける」
「そっか」


低く憤りを抑えた声だと気付いていたが、内容に思わず表情を綻ばす。
いつもなら笑えば笑い返してくれるはずの幼馴染は、それでも眉間にくっきりと皺を刻んだままだった。
おどろおどろしいオーラが背中から溢れ出る。
普段は温厚で優しく面倒見もいい風丸だけど、一度怒ると本気で怖い。
親友とはまた違う特別なポジションの幼馴染の怖さを一番知るのは、おそらく円堂だろう。
鬱屈を溜め込んだり、ぎりぎりまで我慢して限界を越えた瞬間に爆発するのだ。
この間理科の授業で教えてもらった宇宙のはじまりと同じくらいの威力があると思っていた。
まだ怒鳴ってくれるならマシな方だ。腹の底からひやりとする空気を発し始めたら心底おっかない。
ちなみに今回は後者だ。どうやら円堂は風丸の逆鱗をスパイクでぶっさし、思い切り踏み躙ってしまったらしい。


「今度は俺からの質問だ。どうしてそんなこと考えた?」
「だって風丸、走るの好きじゃん」
「それは」
「前にも言ったけど、陸上に戻るかどうかは風丸の考え次第だと思ってる。だから高校でもサッカー続けるのかなって、不安になったんだ」
「・・・不安に?」
「ああ」


風丸から発せられるオーラが、苛立ちから当惑に変わる。
そう。円堂は『不安』だった。
何故なら───。


「俺は、高校でもお前とサッカーがしたい」
「円堂・・・」
「でもそれを言ったら、たとえ陸上を続けたくてもお前は迷うだろ?何だかんだ言って風丸は昔から俺に甘いから」
「そうだったか?」
「そうだよ。じゃなきゃ中学二年の半ばで一年以上続けてきた部活を辞めてサッカー部に入部なんてしてくれるはずない。しかも試合はあの常勝無敗の帝国学園が相手だぞ?」
「気付かなかった。俺は円堂に甘かったのか・・・」


顎に手を当てて長く深い溜息を吐き出すと、思考の迷路に迷い込んだ。
宿題をしていた手を止め、シャープペンを指先で回す。
女性的な顔の造作をした彼は、見た目から想像もつかないほど男前な性格をしていた。
もてるくせに女生徒が告白するのを躊躇うくらい、美少女顔負けの美少年。
けれど中身が格好いいので彼に憧れる少女は後を絶たない。
美人は三日で見飽きるというけど、円堂は風丸の顔を見飽きたことがない。


「何を見てるんだ?」
「風丸の顔」
「・・・やめろ、減る」
「減るって何が?」
「わからないが、何かだ」
「ふーん」


相槌を打つものの、肯定も否定もしない。
すっかり集中力が途切れた課題に見向きもせず、行儀悪く机に肘を突いて掌に顎を乗せた。
堂々と眺める態勢に入った円堂に、疲れたような顔でこれみよがしに溜息を吐く。


「確かに。俺はお前に甘いかもしれない」
「だろ?結局何だかんだで妥協してくれるもんな」
「でも!───中途半端な覚悟で世界大会に出場なんてしてない。あの時選手に選ばれたくとも落ちていく奴らを何人も見た。世界にいる選手たちの素晴らしさを、自分の視野がいかに狭かったかも思い知った。挫折も、苦悩も、苦痛もあったけど、得たものはそれ以上に大きい。俺はサッカーを選んだんだ、知らなかった頃にはもう戻れない」
「風丸」
「走るのは今でも好きだよ。風を頬に感じて全力で駆ける気分は最高だ。だけどフィールドの上で感じる風が最高だっていうのも知ってるよ」


ふわりと、まるで春の木漏れ日のように柔らかな笑顔を浮かべた。


「俺は続けれる限りサッカーをする。お前の前で誓う。だからお前も、続けれる限りどこまで我儘に自分自身のサッカーをしてろ。それが俺の知る『円堂守』だから」
「・・・・・・」
「俺をサッカーに引きずり込んだんだ。それくらい付き合え」
「───当然だ」


三日月形に瞳を細めた風丸は、猫のように機嫌よく喉を鳴らす。


「俺のここに新しい風を送ったのは、お前だよ円堂。だからさ、俺の『選択』に勝手に責任を負おうとするな」
「・・・悪か」
「謝るのもなしだ」
「・・・わかった。じゃあ代わりに約束する。俺はこれからもずっとサッカーを続けてく。高校も、受かったら大学も、そんでいつかプロになってまた世界を目指す。そしたらさ」
「ん?」
「いつかまた一緒に『世界』を目指そうな」


虚を突かれたように目を丸めた風丸に向かって、にいっと口角を持ち上げる。
そして掌を向ければ、素早く意図に気付いてくれて、勢いよく重なった掌がぱんと綺麗な音が立った。

無邪気に天真爛漫な笑顔を浮かべる風丸からは、いつかのような頑なな脆さは見つからない。
ゆっくりゆっくり解けた中から漸く探せた『真実』に、嬉しくて笑顔が止まらなかった。

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