ж豪円
*Web拍手の再録です。
「行くんだろ?」
隣に座る円堂の言葉に、一つ静かに瞬きする。
長くて短い中学時代は、転校してからの期間はあっという間だった。
否、転校してからと言うより、円堂と知り合ってからだろうか。
この河川敷の土手に座って夕日を眺める回数も、もう数え切れない。
馬鹿みたいに笑って、馬鹿みたいに必死で、馬鹿みたいに楽しくて、どうしようもないほど掛け替えのない時間だった。
夜空を駆ける流星のように輝き、美しい思い出。
悔しい思いも哀しい思いも沢山したが、それ以上に幸せだった。
───彼が、隣に居てくれたから。
豪炎寺にとって『円堂守』はひと括りに親友として告げるには足りなくて、だからと言って他に表現できる言葉を持ち合わせていない。
彼を想えば胸のどこかが蝋燭に火が灯るようにぽっと温かくなり、時に締め付けられるように痛んだり、泣きそうになるくらい切なくなった。
この想いの名を豪炎寺はつけていない。
どうやってつければいいか、経験のない感情を二年近く持て余し続けていた。
ただ彼の隣は心地よく、自分の定位置だと決めていた。
それだけのこと。
「ああ」
一つ頷き肯定する。
それだけで彼は全てを理解する。
ずっと迷っていた。
どうしようか、どうすればいいか。
背中を押してくれたのは、やっぱり円堂だった。
『何処に居たってサッカーは続けられる』
にっといつもどおりの顔で笑い、目尻を赤く染めて泣きそうになりながら、それでも彼は言った。
言葉の裏に篭められた想いは、円堂じゃないから判らない。
ただ彼にそう言われて、胸の奥に痞えていた何かが外れた。
迷っているなら行ってこい。
そう、言われた気がした。
「そっか」
「ああ」
「じゃあ、待ってるな」
「ああ」
「また一緒に、サッカーしようぜ。その時を、待ってる」
「ああ」
最後まで進路を迷っていた。
背中を押してもらえて一歩進んだ。
それでも未だに日本に未練を感じるのは、円堂が『日本』にいるからだ。
本当は離れたくない。
けど、豪炎寺の迷いを悟り背中を押してくれた彼のためにも、自分の決めた道を歩きたかった。
「行ってこい、豪炎寺。俺はずっと待ってるから」
「ああ。───行ってくる。そして必ずお前の元に戻ってくる」
その時には、この胸を締め付ける感情に、名前はつけていられるだろうか。
今は判りたくなくて、それでもなくせやしない、豪炎寺を作る一部になっている、切ないまでに円堂を求める感情に。
さよならの代わりに行ってきますを選んだ豪炎寺は、今にも零れ落ちそうになる涙を奥歯を食いしばり堪えながら必死に笑った。
君が君だから、僕は僕でいられるんだ