愛は屋上の烏に及ぶA

“……何故、ここに?もう夜になるよ”

私も聞きたい。件の彼は、本当に此処に来るのだろうか。でも、悟ちゃんに限って、こういうことを間違えるとも思えない。

「愛は屋上の烏に及ぶ」
「すじこ?」
「神様と同列に考えては…と思うけど、あいつの詩織ちゃんに対する愛情はある意味君と同じ。日中来た時に思ったけど、此処、詩織ちゃんの家がよく見えるんだよ。詩織ちゃんに関わる全てが見える。全てが愛しいの。だから、此処に来る」
「しゃけ」

ほーら、下を見てご覧、と言いながら、悟ちゃんは手を目の上に当てて眼下を見渡す。確かに、私の家がよく見える。夜はもう、海の際まで下りてきていて、慌ててお社に蝋燭を立て、ランタンも点ける。
夜食に、と作って来ていたおにぎりを出すと、神様にも声を掛けた。

「あの…おにぎりを作って来たのですが…」
“僕もいいの?”
「しゃけしゃけ!」
「詩織ちゃんのおにぎり、美味しいよ」

私達の輪に入ると、神様はしゃけのおにぎりを取り、一口食べる。目が大きく見開かれると、あっという間に一個平らげてしまった。

“美味しい!”
「まだあるから、沢山どうぞ」
「そーそー!腹が減っては戦は出来ぬ!」
「ツナマヨ!」

神様は、昔は塩むすびだったけど、今はこんなにいろんなおにぎりがあるのか…と感心していた。棘くんとツナマヨの美味しさを語っていたり。
そうして2、3時間過ごしただろうか。悟ちゃんが、そろそろかな?と立ち上がる。

「詩織ちゃん、僕ら、少し上にいるから」
「は?」
「上。闇に紛れる為に、制服で来たんだよ」
“お前は空を飛べるのか?”
「そうそう!」
「しゃけ」

人差し指を空に向かって立てて、にこにこと話しているけど、私には何が何だか分からない。

「とりあえず、私は囮みたいなとこ?」
「ちょっと怖い思いはするかもだけど、大丈夫」
“詩織に傷付けたら、承知しないよ”
「おかか」
「おっと、此方に向かって登り始めたな。じゃ」

ヒュッ、と2人が目の前から消える。こんな芸当、普通の人間じゃ出来ない。バッと空を仰ぐと、棘くんを抱えた悟ちゃんがヒラヒラと手を振っていた。が、何かに気付き、下を指差す。

「…え?」
「えっ?」

お社の入口を見ると、全身に黒い服を纏った男性が立っていた。記憶の中のあの子の面影がある。この人が、私を呪っているのだ。

「詩織ちゃん…何で此処に?…ははっ、まぁいいや。家に行く手間が省けた」
「え、と」

少し近付いてくると、ニタァと気味の悪い笑顔を浮かべる。神様が私の前に出て来て両手を広げるが、この人には神様が見えていない。

「凄く…綺麗になったね…」
「…そ、うかな」
「昔から、色白で小さくて可愛かったけど…」

気味の悪い笑顔を貼り付けたまま私に近寄ると、顎をクイッと上げられる。瞳に光は宿っておらず、どこまでも黒く暗い。身体が、動かない。

「今はとても、美味しそう」

唇が触れるまであと数センチというところで、神様に服を引かれ我に返る。思い切り突き飛ばすと、男性は虚を衝かれたようで、脚をもたつかせるとドシンと尻餅をついた。同時に、いつでも使えるようにしておいたのか、荷物も辺りに散乱し、ロープやナイフ、スタンガン、手錠…他にも、捕まえたら逃がさない為の物が沢山姿を見せる。

「あ、…」
「……なぁ」

一番近くに落ちていたバタフライナイフを持つと、男性はふらりと立ち上がった。

「俺さ、結婚したんだよ」
「……」
「詩織ちゃんに似てると思ったんだけどさぁ…。やっぱ違うんだよなぁ。俺も男だからさ、セックスってなれば勃つしイけるんだけど、本物の詩織ちゃんはどんな反応するんだろうって、嫁抱く度に考えるわけ」

私に向けるバタフライナイフが、月の明かりを反射してギラリと光る。ごくりと唾を飲み込むと、一歩後退った。

「ずっと好きで、来て正解だったよ。見た目も成人式で見た頃と変わらなくて若いし、こんなエロい身体になって。なぁ、今まで何人の男を咥えてきたの?」
「…?」
「カマトトぶんなよ。ヤりまくってんだろ?」
「なっ…!さ、最後までされたことない!勝手に決めつけないで!あんたみたいな…ゲスな奴なんてそもそも好きじゃない!大ッキライ!!!!」
「……へぇ、じゃあ尚更、滅茶苦茶に犯してやらないとな!!」

思い切り叫ぶと、男性はニタリと笑った後、目を見開いてナイフをかざし私に突進してくる。どうすることも出来ず、私は目を瞑りその場にしゃがみ込んだ。

“動くな”

耳鳴りがしたと思ったら、男性の唸る声。ジャリッと地面を踏ん張る音がして顔を上げると、棘くんが私と男性の間に立っていた。恐らく、上から飛び降りて来たのだろう。男性を見ながら私の前まで下がって来ると、ちらりと私を見る。

「明太子?」
「棘くん…うん、大丈夫。助かった、ありがとう」
「さて」

急に男性の前に現れる悟ちゃんに、男性は更に目を見開く。まだ動けない男性からナイフを取り上げると、興味無さそうにポイッと遠くに投げた。

「こいつさ、呪物持ってるハズなんだけど。どこかな?」
「くそ、動けないっ」
「ねぇねぇ、このバックパックの中かな?そうだよね?」
「おい!このクソ野郎!人の物勝手にッ……!ぅぐ」

男性の顔を掴むと、見下ろしながら低い声で悟ちゃんは言い放つ。

「君さぁ、僕にそんなこと言ってただで済むと思ってんの?」
「…ぐ」
「クソ野郎は君でしょ?」
「悟ちゃん、もう…」
「え?いいの?殺してもいいけど」
「駄目!」
“詩織…本当にいいの?”
「こんなことで、悟ちゃんの手を汚させたくない」
「おかか!」
「大丈夫。呪言、まだ効いてるよね?」
「しゃけ…」

立ち上がって棘くんの手を引き、悟ちゃんと男性の元に向かう。悟ちゃんの手を男性から離し、棘くんと一緒に横に退いてもらうと、男性と目を合わす。

「詩織ちゃん、助け?!」

助けてもらったと思ったのだろう。安堵の笑みを浮かべた男性の横っ面に、渾身の平手打ちをお見舞いしてやった。右手がジンジンと痛い。

「うわー…痛そう」
「おかか…」
「詩織ちゃん、何で…」
「好きなら好きって面と向かって言いなさいよ!幼い頃から好きだったんなら、チャンスはいくらでもあったでしょ!私は」

悟ちゃんと棘くんの手を取ると、グイッと私の横に引き寄せる。

「この人達みたいに、ちゃんと意思表示出来る人が好き!あんたみたいにずっとウジウジして、何も言えない男は受け付けない!反吐が出そう!!二度と私の前に現れないで!!」
「わーお!」
「ツナマヨ!」
「……っ、」

男性は、愕然とした表情を浮かべてその場に崩れ落ちた。ちょうど、呪言の効力も切れたようだ。
男性に背を向けて、震える手を見せないようにすると、棘くんの声が聞こえた。

「ツナ!」
「あ、やっぱり持ってた。筆ね。これで呪符も書いたのか。大した呪力じゃないし、棘、燃やしちゃって」
“燃えろ”

呪符と同じように、筆は燃えると跡形も無く消えてしまった。それをよそに、悟ちゃんはバックパックに男性が持って来た物を詰め込むと、男性に押し付ける。どうやら、何か言っているらしいけど、私まで声は届かない。

「お前さぁ、詩織に感謝しろよ?」
「……は、い」
「詩織が居なかったら、俺はお前を殺してた。この意味、分かるね?」
「ひッ」
「おかか」
「…ああ、棘ごめんね。やり過ぎだった?でも、僕ってば、詩織ちゃん大好きだからね。……次は無い。とっとと失せろ」
「しゃけ」
「……さ!お客様、お帰りはあちらからでーっす!」

悟ちゃんが手を入口の方に向けると、男性が転がるように逃げていく姿が見えた。後味悪くなるから事故んないでねー!と悟ちゃんが手を振るが、彼はもう、私を振り返ることは無かった。

“詩織”
「神様!」
“僕、役に立てなくてごめんね…”
「そんなことないです!私を護ろうとしてくれて、嬉しかった。神様が隣に居てくれて、本当に心強かった」

きっと、私一人で男性に対峙していたら、会話すらまともに出来なかった。本当に…

「感謝しています」
「おっと!」
「いくら!」

緊張の糸が完全に切れた。身体のバランスを崩したところで、悟ちゃんと棘くんに支えられる。2人を交互に見上げると、誰からともなく笑いが溢れた。

「詩織ちゃんの平手打ち、良かったねー!」
「ツナツナー!」
“うん、胸がスッとしたよ”
「は…恥ずかしい限りです…」

あんな姿、誰にも見せたことが無い。正直、引かれても仕方ないと思う。恥ずかしくて背中を丸めてしまうけど、でも、私もスッキリした。

「あ、神様さ」
“何だ?”
「神鏡なんだけど、詩織ちゃんのお母さんに、ちゃんとしたの手配して貰おうかと思って。それ…多分100均のだからさ」
「明太子!」
「そうか…確かに母なら手配出来ると思う。てか、100均のなのね…」
“ひゃっきんとは何だ?”
「っ…ぶふっ、こんぶ」

そっか、神様には分からないんだ。棘くん、ごめんと言いつつ笑っちゃ失礼だよと思うけど、私も失笑してしまい、100均の説明をする。神様は複雑そうな表情をしていたが、まあ、あの男はそういう奴だなと割り切ってくれた。

「高専で頼んでも良いんだけど…そうすると、上層部に色々と漏れて、詩織ちゃんの家に100パー迷惑が掛かる」

棘くんと悟ちゃんが、同時に腕でバツを作り、ブー!!と口にする。上層部、悟ちゃんとバチバチだとは聞いてたけど…。棘くんもこうするなら、相当なんだな…。

「分かった。今日はもう遅いから、明日母に頼みますね」
“詩織”

服を引く神様に目線を合わせると、神様は私の頭を撫でた。

“本当に良かった。それで、一つだけお願いがあるんだが…”
「はい、私が出来ることでよろしければ」
「あー!詩織ちゃん、神様に二つ返事しちゃ駄目なんだよ!」
「しゃけ!」
「え?」
“僕は違うよ。神鏡のことなんだが…。届いたら3日間、家でいいから、朝と晩に神鏡の前で踊ってくれないだろうか?”
「奉納の時のですか?」
“そう。あるならば、着物も揃えて欲しい。扇子や榊も”
「分かりました。母から教えてもらえますし、それくらいなら出来ます」
“お願いするよ。さあ、皆、疲れただろう。早く帰ってお休み。僕も、神鏡が飾られるまでは、静かに見守ってるから”

神様も、最後には安堵の表情を見せてくれた。
暗くて足元が悪いからと、悟ちゃんが私と棘くんを抱えたのだが…。次の瞬間には、実家の玄関前に立っていた。目をパチパチさせるしか出来ないでいたが、悟ちゃんって本当に最強なんだ…と妙に納得してしまう。

「お風呂入って寝よっか」
「しゃけー」
「あ、もう別々で寝てもいいんだね」
「いや、まだ神鏡の件もあるし、神様の力も戻ってないから、3人一緒」
「しゃけしゃけー」

悟ちゃん、棘くんにアイコンタクトしてた気がするけど…。でも確かに、そうした方が安心なのかも…?

「分かった。修学旅行みたいなものだと思っとく」
「オッケー、じゃ、またお先しまーす!」
「ツナー」


###


どうやら、私達が不在の間に母が布団を敷いていたらしいのだが…

「棘、詩織ちゃんのお母さん、最高だと思わない?」
「しゃけ!」

私は今、桜色のネグリジェを着ていて、またカメラを向けられている。

「僕らもびっくりしたけど、お母さん、シーッてウィンクしながらバスルーム行くからさ。泊まらせていただいてる手前、何も言えなくて」
「しゃけしゃけ!」
「お母さん…一体、何着貰ってるのよ……私の部屋着持ってくなんて…」

申し訳無さそうに言ってるけど、二人共めっちゃ笑顔だから!カシャカシャ音が鳴ってるから!
……もう、もうもう、もう!!

「と、撮りたいだけ撮りなさい!もう開き直るから!どうせ此処に居る間は、ネグリジェ着ることになるんでしょ…」
「棘、聞いたね?」
「しゃけ!」

二人共、スマホをポケットに入れてニヤリと意地悪く笑う。

「詩織ちゃん、僕や棘みたいな男が好きなんだよね?」
「ツナ?」
「うっ…あれは、成り行きと言うか…勢いと言うか…」
「あと…」

悟ちゃんが前屈みになり、私の耳元に顔を寄せ、低い声で言った。

「まだ最後までいったこと無かったのは、嬉しい誤算」
「!!」
「お!おかかぁ!!」

ゾクッとして耳を押さえると、棘くんが私の肩を掴んで悟ちゃんから引き離す。悟ちゃんはニヤッと笑いつつ、何とも言えない色気のある瞳を私に向けていた。耳がどくどくと脈を打つ。

「棘だってそうでしょ?」
「おか……」
「二人共真っ赤になっちゃって、かーわいいなー。ま、そういうことだから、詩織ちゃん。さてと、寝よっか。今日は僕の番」

私をヒョイッと抱き上げて、後ろから棘くんにおかかおかかと言われながら2階に上がる。布団に下ろされてからは、何かされそうになったり、守ろうとされたりしている内に、2人に腕を回される形で寝る羽目になった。2人の寝息が近くで聞こえて、2人の重たい腕に動くことも出来ない。頭だけ動かして、2人の寝顔を見ていると、悟ちゃんの言っていたことを思い出した。

「愛は屋上の烏に及ぶ…か」

私には、そこまで愛せる人が現れるのだろうか?もし現れるなら…

「2人のどちらかが、そうだといいな…」

どうなるかも分からないことを考えて疲れた。後は、なるがままだ。
ゆっくり目を閉じると、今夜は優しい暗闇が私を待っていた。


2021/05/02



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