きりかさま | ナノ
「きみがすきだ」

いきなりそんな言葉を聞かされてもあたしにはなんのことだかわからない。
どういう流れで「すきだ」にたどり着くのか、あたしには理解できない。

あたしはただ呆気にとられたまま、食べかけのかりんとうを右手に持ち、左手でかりんとうの袋をつかんだこの状態で目の前にいる男の話をただ聞いていた。
「何度でも言う、ぼくはきみがすきだ」
何度も言われてもあたしには理解できない。
ただただ、この牙琉響也とかいうこのいけすかないやつの話を聞いていただけだった。


「あたしはあんたの言ってることが理解できないわ」
冷たくそう言うと牙琉響也はびっくりしたような顔をしたあと、苦笑いをして俯いた。あー、いまショック受けてるな、あいつ。
そのまま次にあいつが何か言葉を発するまであたしはかりんとうの存在を忘れてずっと黙っていた。その静かな空間が三十秒ほど続いたが、あたしは待ちきれなくなってまだ食べきれてないかりんとうを口に放って咀嚼した。さくさくという擬音がこの空間内に響き渡る。

ちなみに今は私とあいつしかいない。じゃなかったらあいつだってあんな有り得ない理解できない台詞を言わないだろうし、なんてったってあいつは一応大人気バンドのボーカリストだ。聞かれたら周りがうるさいだろう。
「…なんであんたは私がすきなのか、全く理解できない。こんないけすかないかりんとう女をどうして惚れたのか、あたしが納得するまで説明して」
ぴしゃりと言い放つとあいつはなぜか鼻で笑った。むかつく。なにが言いたいのよ。
「普通、自分でいけすかないかりんとう女って言うか…」
そう言いながらあいつはくすくす笑い始めた。意味わかんない。話しだしたのはあいつなのに。
「あ、ちょっと怒らないで。すきなところ言うから」
さっきまでのあの真剣な態度はどこへ行ったんだか。あいつは笑いをこらえながら私をみた。
「…で、あたしがすきなところってなによ」
「全部」
「…わかった、殴られたいのね」
全部とかふざけきったことほざきやがって。
あたしが殴る素振りをしたらあいつはまた笑った。
「きみはこの状況をギャグとして流したいみたいだけど…きみはぼくのこと好きなの?」
いきなりなに言ってんのこいつ。
「いやね、ぼく的にはきみの性格からしてこういう状況に出会うとすぐこの場から出ていきそうなイメージがあるんだけど」
「は?」
「きみってこういう雰囲気を嫌ってそうじゃない?なのに逃げもしないしかりんとうを投げたりもしない。なんで?気まぐれ?それとも…」
ぼくのことすき?

そう聞かれてあたしはなにも言い返せなかった。言葉が出なかった。図星って言いたくないのは勿論、あたしだってあいつから理由を問われたら全部とか馬鹿馬鹿しいことをほざいてしまいそうだ。
「で、どうなの?…ぼくはきみがすきだ。嘘じゃない。きみは?」
「……」
なにも言えない。なんの言葉も出ない。そんな状況がもどかしくてかりんとうをだしてまた咀嚼した。そして飲み込むと、あいつは「どうなんだい?」と聞いてきた。あいつはあたしがなにを考えているかを全て理解しているかのようにあたしがかりんとうを食べている間なにも言ってこなかった。ここであたしがなんて言ったらあいつは驚くだろうか。
「…あたしも多分、あんたのすきなところを聞かれたら、全部って答えちゃうと思うわ」
急に言われた言葉にあいつは目を丸くした。やった、驚いている。ちょっと勝った気になりながらあたしはあいつの返事を伺った。
「それは…どういうこと?」
「あたしとあんたは同じ意見ってこと」
「どういう意味?」
「なんでわかんないのよ」
「わかんないって」

「だからすきって、いってるじゃない」

こんなのもわかんないの?と言うとあいつはやっと気づいたらしく、また笑った。
「同じ意見ってそういうことか」
「こんなのもわかんないなんてあんた大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないかもね」
いろいろな意味で、とあいつは言ったあと、仕事があるからと言ってこの場所から出ていった。
なによ、結局この状況な弱いのはあたしじゃなくてあいつじゃない。本当に情けない。だからすきなんだけど、ね。




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