空音さま | ナノ
「手、繋いでいい」
声が震えてはいなかっただろうか。気付かれぬよう、掌をスラックスのポケット辺りで拭いながら成歩堂は咳払いをする。空調の些細な音が沈黙を更に際立たせる。中身のないワイドショーでも構わないからテレビをつけておけば良かったと成歩堂は後悔した。睨み付けるテレビは真っ暗だ、今はただの箱に過ぎない。成歩堂の隣、生成りのソファに腰掛けた真宵が口を開く気配はまだない。先日零した珈琲の染みをなんとなしに指先で撫でながら、成歩堂は唾を飲み込む。骨張った喉仏が上下した。
「あの、真宵ちゃん」
「何?」
「いや何じゃなくて、聞こえてた?」
「何が」
もう一度、言えというのだろうか。成歩堂は冒頭の気恥ずかしい台詞を思い出して、シャツの下の背中に汗が吹き出すのを感じた。手、繋いでいい。覚悟を決めて。それなのに。ソファに沈んだ真宵が漸く口を開く。漏れたのは肯定でも否定でもなく、はぁと一つ、重たい溜め息だった。
「あのさ、なるほどくん」
「何?」
「何じゃなくて、あたし、このあいだ言ったよね」
「何が」
これでは堂々巡りだ。真宵が苛立っているのがわかる。呆れたような、しかし何処か柔らかい。少しだけくすぐったい空気の中、真宵の掌が成歩堂の掌に重なる。熱が生まれる。汗ばんでいるのはどちらの掌か。恐らく、どちらも。
「…だから好きって、言ったじゃない」
あなたが好きです。そう伝え合った二人には、いくつか不要な言葉が増えたのだ。手、繋いでいい。聞かなくたって、もちろんよ。

end



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