「……ん?」
「遅えよ、三国」
練習を終え、家に着く頃。三国は住んでいる団地の入口、階段のところに見覚えのある人物が立っているのを見つけた。
だが三国が見つけるより前にその人物が三国に声をかけ、綺麗な形をした眉を上げた。
「南沢じゃないか、どうしたんだこんなところで」
「お前に会いに来てやったんだよ。それなのに中々帰って来ねえし」
雷門にいたときから所謂恋人として付き合っていた南沢が月山国光に行ってから、電話やメールは頻繁に交わしていたが、その中で今日三国に会いに来るなんてことは言っていなかったし、突然家に来ることも今までなかった。
急なことに三国は驚いたが、南沢の冷えた頬を見て早く家に入れてやらねばと思った。
「ごめんな、買い物してて。今日母さんの帰りが遅いから……」
「知ってる。早く行こうぜ」
「お? おう」
南沢に急かされて、三国は先立って家への階段を上った。
鞄から鍵を探し出し、ガチャリと開ける。当然ながら静かで暗い部屋に電気を点けて、南沢を招いた。
南沢は靴を脱ぎ、勝手知ったるように三国の家に上がる。彼を家に入れるのはもう数え切れないほどなので、三国も特に気にしなかった。
「夕飯、食べていくだろ? あんまり材料ないけど何か食べたいものあるか?」
「うなぎ」
「そんな高いものはうちにないから適当に作るぞー」
三国は南沢のリクエストを無視して夕飯の用意を始めた。
自分一人の分だけなら適当に作って済ませるのだが、南沢がいてはそうもいかない。
何でもよく食べる車田や天城とは違って顔の通りに好き嫌いのある南沢に、いかに栄養のあるものを、嫌な顔させず、残させずに食べさせる物を作るかが、南沢に料理を作るときのポイントだった。
「月山では上手くやってるか?」
「お前それ電話でもメールでもいちいち聞きすぎ」
「だってそうでも聞かないと、近況話してくれないだろ」
料理がてら、テーブルについた南沢に話しかける。
どうして突然三国の家に押しかけて来たのか、きっと彼から理由を言うことはない。だから適当に、いつものように話を振ることにした。
南沢は三国を見ず、机に頬杖をついて、気だるげに答えた。
「別に、普通にやってるよ」
「そうか。兵頭も元気か?」
「っ……、あんなデカブツ、どうでもいいだろ」
同じポジションで共に練習をしたことのある兵頭の名を出すと、見るからに機嫌の悪くなった南沢が頬を膨らませてそう吐いた。何か言っただろうかと三国は首を捻ったが、よく分からなかったので、無視した。
「そっちはどうなんだよ。雷門は」
「ああ、こっちも変わってないぞ。この間は神童が……」
ドン、と大きな音がしたので、三国は鍋を見ていた手を止めて南沢を振り返った。彼は拳をテーブルに打ちつけて、眉を顰めていた。
「何だ、どうした?」
「ッ……他の奴の話をしに来たんじゃねえんだよ……!」
南沢はそう言うと立ち上がって、三国のほうへとつかつか寄り、もう少しで沸騰しそうな鍋の火を止めて三国の腕を掴んだ。
そして腕を引っ張ってどこかへ行こうとするので、三国が驚き声をかけた。
「南沢? どこへ行くんだ」
「お前の部屋」
「まっ、待てって!」
三国の制止を聞かず、南沢は慣れたように三国の部屋の扉を開ける。自分よりもずっと大きな三国の体を引っ張って部屋の中に入れ、扉をばたんと閉めた。
「どうしたんだ? 何かあったのか」
明らかに南沢の様子がおかしい。三国は熱でもあるんじゃないかと南沢の額に手をやろうとした。が、それより先に南沢が動いた。
がばりと三国の胸元に頭を埋め、背中に腕をまわしてきたのだ。抱きついてきた南沢に面食らって思わず後ろによろけてしまった。
「みなっ、南沢!」
「うるせえよ、ちょっと黙ってろ」
何もできずに突っ立った三国の胸元で南沢がすりすりと額を擦りつけてくる。全く今日の南沢は何をし出すか分からない。
三国も南沢も、付き合っているとは言っても二人で過ごせれば満足するタイプの人間だったので、南沢が雷門にいたときでもこうして触れ合うことはあまり多くなかった。
三国は手持無沙汰な手をおずおずと南沢の頭に乗せ、紫色の髪の毛をぽんぽんと優しく叩いた。すると三国の背中にまわっていた南沢の手がきゅっと握られた。
どうやらこれでいいらしい。しばらく南沢の頭をそうしてやると、熱い息が三国の腹にかかった。
「なあ、三国」
「何だ?」
「寂しい」
くぐもった声が自分の腹のあたりから聞こえてきて、三国はびくりとした。南沢が他人にそんな弱さを見せるのは滅多にないことだった。
「月山は楽しくないのか?」
「楽しいけど」
「じゃあ何で……」
「お前がいないから、寂しい」
三国の手を頭に乗せたまま南沢が顔を上げた。そして背伸びをして、今度は腕を三国の首にまわしてきた。自然と三国の体が傾き、南沢に顔を近づけるようになった。
「三国は俺がいなくても寂しくなさそうで、それがめちゃくちゃムカつく」
「っ……南沢、そんなことは」
「それとも、俺がいない間に誰か他の男に乗り換えたわけ」
南沢が三国の頬に唇を寄せて聞いた。不意打ちで耳元に感じる南沢の吐息は三国には毒でしかなかった。
三国は南沢の肩を抱き、身体を離して目線を合わせた。真正面から南沢の目を見ると、三国に問いかけた勝気な声とは裏腹に瞳は不安げに揺れていた。きっとこの瞳を見られたくなくて三国と目を合わせなかったのだろうと気付くと、胸が締め付けられるような気がした。
まるで喧嘩を売るように話していても、南沢の心の奥底は恐怖でいっぱいなのだ。
「三国……っ、ん」
三国は南沢の唇にキスをした。久しぶりで、かつさほど経験もないキスはとても緊張した。南沢の柔らかい唇に触れて頬に手をやる。焦点の合うくらいに顔を離して南沢を見た。
「俺は南沢が好きだよ。それに、俺も寂しい」
「……」
「けど、俺がずっと寂しがってたら、お前が月山で思う存分プレイできないだろ」
三国が苦笑すると、南沢の眉が泣きそうに歪んだ。だがその顔を見せないように俯いて、三国の胸をどんと叩いた。
「ッんだよ……っ、お前のそういうとこ、本当にムカつくッ……」
「そうか。すまんな」
南沢の頭を撫でると、再び南沢の腕が三国の首にまわった。そして今度は南沢のほうから三国の唇に唇が押し当てられた。
さっきよりも少し冷たい。ちゅ、ちゅ、と何度か交わし、南沢の顔をようやく見ると、やはり頬が少し濡れていた。
南沢が三国の頬に頬を寄せて言った。
「三国、今日はしたい」
その言葉に三国は一瞬耳を疑った。
「したい、って……、いいのか?」
言っている内容までは聞き返さない。南沢はセックスがしたいと言った。かなり前、南沢が雷門にいた頃に一度だけ興味本位でしてみたことがあるが、女役を買って出た南沢が痛いと言ったので今後することもないだろうと思っていた。
その南沢からの誘いだったので、三国は耳を疑ったのだった。
南沢は頷いた。
「俺がしたいって言ったんだからいいんだよ。ダメか?」
「い、いや。俺も南沢を抱きたい」
「じゃあ決まり」
そう言うなり、南沢は三国の腕を引いてベッドに座った。二人ならんで座った途端、また南沢が三国に腕を絡めてキスをしてくる。普段の南沢からは考えられないほど積極的だった。
三国も負けじと南沢の肩を抱き、布団に身体を倒す。好きな相手を布団に組敷くこの光景は三国に緊張以上のものを感じさせた。
「俺、今日は本当に待てない。早く脱がせて」
「なっ……」
加えて南沢のこの表情と台詞だ。早く、と言われた手前手早く、だが性急にならないように三国は南沢の服に手をかけた。
彼は遠い月山から、練習の途中に抜け出しでもしてこちらに来たのだろうか、月山国光のジャージを着ていた。
緊張で震える手でファスナーを降ろし、その下に着ているユニフォームの中へ、腹から手を差し入れる。
「三国、むね、さわって……」
「みっ南沢!?」
南沢は焦れたように三国の腕を掴み、自らの乳首に触れさせた。とことん今日の南沢は何をするか分からない。だが、とてつもなく淫靡だ。
ごくりと唾を飲み込み、三国は指先に触れた南沢のそれをきゅっと抓んだ。何も反応していないそれだが、三国が数回扱くように動かすとつんと尖った感触がした。
「っは、んっ……」
三国が手を動かす度に南沢が声を上げる。前回、こんなことはなかった。
ほとんど初めてセックスする男が乳首でこんなに感じられるものなのだろうかと三国は不思議に思い、そしてつい、聞いてしまった。
「……南沢こそ、誰か他の男にでも抱かれたのか」
「ッ…………!」
パチン、と音が響いて、三国は頬を叩かれたのだと気付いた。熱を持った頬を抑えて南沢を見ると、真っ赤な顔をした南沢と目が合った。
「んなわけないだろッ!! 俺は、お前がいなくて寂しくて……!!」
「……寂しくて?」
「ひっ、一人で……ッ!」
その先は言ってもらえなかったが、三国も察することができた。つまり、南沢は三国と離れている間、一人自分を慰めることをしてきたのだ。
雷門と月山という距離が南沢をここまで変えたのかと三国は驚き、だが正直に嬉しかった。
「ごめんな、南沢」
「何だよ、恥ずかしいヤツって思ってんだろ……」
「いや、かわいい奴だと思った」
疑ってしまったお詫びにと、南沢のユニフォームを首のあたりまで捲り上げ、三国は先まで弄っていた乳首はそのまま指で嬲り、また空いた方の乳首に舌を這わせた。
それに南沢がびくんと身体を跳ねさせ、素直に声を上げた。指が動くたび、舌と唇が触れるたび、南沢が乱れるのが面白かった。
三国は腕を伸ばし、南沢のハーフパンツに触れた。布を押し上げている部分に手をかけると一際大きく南沢の体が跳ねた。
「ッあ、そこ……っ!」
「ずいぶん勃ってるな」
「うッ……るせえ!」
南沢の罵倒も聞こえない。汚してしまわぬうちにハーフパンツと下着を脱がしてしまおうと思っていたのに、もう手遅れのようだった。
ゴムを伸ばして下にさげると先走りの液に濡れた南沢自身が顔を出す。それに指を絡めて三国が笑った。
「びしょびしょだ」
「余計なこと言ってんじゃ、ねッ……、んっ、あっ」
先端に指先を押し当ててぐりぐりしてみると南沢は顔を蕩けさせた。その表情がもっと見たくて三国は身体を移動し、南沢のものをぱくりと咥えた。
その刺激に南沢は頭を逸らし、口に手をやって、背筋をびくびくとさせた。
「あ、さんっ、ごく、っ、ひッ……あっ、あ!」
舌先で嬲り擦ると南沢がたまらないというように首を振る。そして三国の舌にも南沢の体液の味が広がって、快感を伝えていた。
「ッだ、めだっ、出るからっ、離し、っんん……!」
そして案外あっさりと、南沢は果てた。三国は南沢の精液を舌で受け止め、ごくりと喉を鳴らした。それを見た南沢の顔は今までにないくらい一気に赤くなって、三国の胸倉を掴んできた。
「お、お前! 何飲んでんだよ吐け!」
「そんなこと言われても、もう飲んだし……」
「しッ……仕方ねえ、口直ししてやる」
南沢が三国にキスをしてきた。自分の精液のついた唇にキスをするなど、嫌ではないのだろうか。三国はそう思い少しだけ南沢から離れる仕草をしたが、南沢の表情は、精液とかそんなことよりも三国とキスがしたいのだと語っているようだった。
触れるだけのキスでは飽き足らず、舌も伸ばしてくる。南沢の味が残る舌を絡めて唇を合わせた。そうしているうちに精液の味は薄くなって行ったが、興奮は薄まることがなかった。
南沢は唇を離して三国を見た。
「三国」
「ん?」
「俺も、お前の舐めたい」
言うなり、南沢は三国の腰に抱きついた。甘えるように頬を腰に擦りつけて、三国が着ていた制服のズボンのファスナーをおろす。そして南沢の痴態を見て反応を示した三国自身を取り出して、息をついた。
「南沢、お前はやらなくていいっ……」
「俺がやりたいんだよ」
「ッうあ!」
ぺろり、と南沢の赤い舌が三国自身の先端を舐めた。手で竿を扱き、舌でちろりと舐め、たまに唇で食む南沢は視覚的にも性器の刺激的にもかなりキツイ。
汚いからやめろと言っても今の南沢の耳には到底入りそうにないほど楽しそうだった。
三国のものを喉奥まで咥えこみ、余った部分は手で慰められる。やがてそろそろつらくなって、三国は南沢の肩を押した。
「もうやめろ、南沢! 俺はもういいから……」
「……ん、そうだな。俺ももう大丈夫」
南沢はあっさりと引き下がった。だがすぐに身体を起こして首に腕を回すと、足で三国の体を跨いだ。
「慣らしたから、入れられると思う」
「慣らした!? いつ」
「今」
気付けば南沢の後孔に入れられていた彼の数本の指が、そこでぐじゅりと音を立てた。三国のものを舐めながら自分で解していたのか。何か言おうと口を開くも、南沢が唾液に濡れた三国自身を掴んだので口を噤んでしまった。
「お前にもいつかはここを慣らすところからやってもらいたいけど、それは今度でいいんだ。今は早く繋がりたい」
「南沢……」
「なあ、これ、いれていい? もう我慢できねえ……」
「だ、駄目だ! 今ゴムを」
「嫌だ。生がいい」
三国のものを窄まりに押し当てて南沢が腰を揺らした。対面座位の格好で、このままだと最後まで南沢のペースになってしまう。
避妊具を付けなければと思うのだが滅多に見られない南沢のおねだりに負け、ここで男を見せなければいつ見せるのだと、三国は南沢の肩を押して布団に横たえた。
「三国?」
「我慢できないのは俺も一緒だよ」
「あぁうッ……!!」
入口に押し当てられていただけのそれを思い切り南沢に挿入した。慣らしたと言っていただけあって、初めてセックスをしたときよりもずっとすんなりと奥へと入って行った。
きっとここも南沢は一人で慰めていたのだろう。きつく苦しいが悦ぶように蠢く南沢の体内に、三国は深く息を吐いた。
「三国のっ……でけえ……っ」
「そ、か……、俺はきつい……」
「イイって言えよ」
南沢がそう言って笑った。苦しいのだろう、涙は滲んでいたが心から幸せそうな顔だった。そんな表情をされて、三国も胸がいっぱいになった。
「な、早く動いて。めちゃくちゃにして」
「どこで覚えてきたんだ、そんな言葉」
「三国も寂しくなれば分かるさ」
南沢が望むまま、三国は腰を動かした。ずる、と引き抜いてまた奥へ。男にしては華奢な南沢の身体を壊してしまわぬように、だが遠慮はなく、がつがつと貪った。
「ん、あ、あっ、三国っ、三国……っ!」
三国は、漏れる甘い声も、それを紡ぐ唇も、唾液が伝う顎も、揺れる紫色の髪も、身体の先から先まで、南沢の全てが愛しかった。
それは南沢も同じようで、三国が突くたびに、全身で三国を好きだと伝えていた。言葉でも行為でも足りないほどに愛していた。
「っだめ、イく、イくっ、三国っ、あぁあ……!」
「俺も、…………ッ」
避妊具を付けていないことを思い出して達する前に抜こうとしたが、南沢の足が三国の腰に絡みついて、それを許さなかった。
どくりと三国の精液は南沢の体内で吐き出される。それすらも恍惚の表情で南沢は悦んだ。
「中に出しちゃったじゃないか! 南沢!!」
「怒るなよ、妊娠なんてしないんだから。俺はすっごく嬉しい。三国」
「んっ」
南沢がまたキスをしてきた。何だかうやむやに誤魔化されてしまった気がするが、今日ばかりはもう許してやることにした。
すっかり途中で冷めてしまった料理をもう一度作りなおして、食べさせている間に、母親が帰ってきた。
初対面ではない南沢は雷門でいつも教師を騙していた笑顔で母親と挨拶を交わし、会話を交わしながら、すっかり全部の料理を平らげた。
こっそりを南沢の苦手な具材を見えない程度に混ぜ込んでいた三国は南沢の知らぬところで小さくガッツポーズを取った。
「俺、そろそろ帰るよ」
「あら、もうこんな時間ね。今日は雷門のおうちに帰るの?」
「はい。ごちそうさまでした」
南沢が席を立ち、鞄を持って玄関の方へと行く。三国は母に南沢を送ってくる、と短く伝えて、南沢と二人で冷える夜道を歩いた。
「この辺りまででいいよ。うちの母親、三国のこと気に入ってるから見たらうるさいし」
「はは……、おばさんによろしくな」
曲がり角で南沢はそう言った。だがすぐに背を向け歩きだすと思っていた南沢がそこから動かないので、三国も動けなかった。
「三国」
「あ、ああ? 何だ?」
そして声をかけられる。南沢の手は三国の服の裾を掴み、目は真っすぐ見上げてきていた。
「またしばらく会えないけど、電話しろよ。メールも」
「するさ。南沢も返事しろよ」
「ああ。……クソッ、大した距離じゃねえのに遠距離恋愛ぶってる自分がムカつく」
「……南沢」
離れがたい気持ちは同じだ。三国は街灯の明かりが当たらぬ場所に南沢の腕を引き、頬に手を当て、一瞬だけキスをした。
「寂しい時は言ってくれ。今度は俺がお前に会いに行く」
「ッ……その台詞、忘れんなよ」
三国の服を強く握って、南沢が泣きそうな顔で笑った。
*****
2012.02.24
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