「浜野くん。浜野くんってば」
「……えっ? なに、呼んだ?」
「さっきから何度も呼んでますよ。もう授業終わりましたよぉ」
その言葉を聞いてまわりを見回して、ようやく浜野は覚醒した。時計を見ると授業終了のチャイムが鳴ってから5分ほど経っている。両手に持っていた教科書をぱたんと閉じて席を立った。
「そっか。じゃ、部活行こうぜ」
「何言ってるんですか、まだ昼休みですよ……」
「あれ? そうだっけ?」
「大丈夫ですか、浜野くん」
速水が浜野の横で頭を抱える。あまりにもボケ倒すもので友人が心配になってしまった。
だが当の本人はケロリとしていて、再びすとんと椅子に座ると昼食を鞄から取り出した。そうして、速水も食わねーの? なんて見上げて聞いてくるものだから、ため息をつかざるを得なかった。
浜野は時間も忘れるほどに悩んでいた。
それは最近の自分のこと。何か、おかしい気がする。自分が。
別に熱もないし、風邪気味でもない。それなのに何故だかぼうっとしてしまうし、頭には部活のことばかり浮かぶ。それも試合や練習のことではない。部員で会話しているシーンだ。
その会話しているシーンにも特に面白いことなどなく、何故こんなことを頻繁に思い出してしまうのかと疑問に思う。そのシーンの部活動メンバーは、浜野、速水、神童、霧野、三国だった。
「また何か考えてるんですか」
「んー。何でか頭の中にずっと同じ映像がまわっててさあ。離れないんだよなー」
「はあ……、それってきっと、三国先輩がいるやつでしょう?」
「よくわかったなー速水!」
目を丸くした浜野に、分からないはずがない、と返しそうになるのをぐっとこらえた。が、実際分からないはずがないのだ。今の浜野の考えていることなど。
浜野は三国のことを好いていた。恐らく恋愛感情として。浜野自身は全く気付いていないようだが、速水など浜野の近くにいる者ならばすぐに分かることだった。
浜野が自分で気付くまでは放っておこう、というのが速水や倉間など、浜野の身近な人物の考えだったが、いい加減そろそろ自分で気付いてほしいというのが正直なところだった。
ちなみに痛いほど好意を向けられている三国自身も、浜野の気持ちには全く気付いていないようだった。
「まあ、ぼーっとしてるのはいいですけど、ちゃんとノートくらい取ってくださいよ。後で写してくれなんて言われても知りませんからね」
「ええー!! ずるいよ速水! さっきの授業のノートも見せてもらおうと思ってたのにー!!」
「知りませんよ、ぼーっとしてるのが悪いんでしょう」
唇を尖らせた浜野に、心を鬼にして速水は顔を逸らした。
きっと浜野が心待ちにしていただろう部活の時間が訪れた。
だが浜野自身は委員会で呼ばれたとかで、速水と倉間に「先に行ってて」と残して慌ただしくどこかへ行ってしまった。
待っていてもどうせ行く場所は同じなので、速水は倉間と一緒に部室へと向かった。
「おはようございます」
「おはよう、速水、倉間。浜野はどうしたんだ?」
「委員会だとかで、ちょっと遅れてくるそうです」
そこにはちょうど三国がいた。神童と話していた様子だがもう用事は終わったようで、軽く笑い合っていた。
「あ、俺、音無先生にこれ渡してきます。三国さん、ちょっとの間よろしくお願いします」
「ああ、こっちこそ」
神童が椅子から立ち上がり、三国と先まで話し合っていた部活についてのプリントをぺらぺらと見せて部室から出て行った。残されたのは速水と倉間と三国という、また微妙なメンバーだった。
「よろしくって言われても、まだ部活を始めるにはちょっと早いからすることもないんだけどな。一年生もまだ来てないし」
「さっき一年生の教室の前通ったけどまだ何かやってましたよ。長引きそうな感じで」
「なんだ、一年も大変なんだな」
倉間も速水も、手持無沙汰に三国の前に座った。
「車田先輩と天城先輩はどうしたんですか?」
「車田は先生に呼ばれたって言ってて、天城も確か委員会だったか? 遅れて行くとだけ言われたよ」
「今日はみんな忙しいんですねぇ……」
3人が黙ると、しいんと静まる。不必要に防音もしっかりしているこの建物は、外で騒々しく活動しているであろう他の運動部の声も遮断していた。
「ま、いいかもな、このくらいゆっくりしてるのも。たまにはさ」
「俺は練習したいですよぉ」
「じゃあ一人で走り込んで来いよ」
「倉間くん〜……」
適当にだらだらして過ごす。他に誰か一人来れば、それをきっかけに練習を始めようか、という空気だった。
5分ほど経っただろうか。他愛もない話を交わしていたらようやく扉が開き、3人は揃ってその方向を見た。
「委員会がすぐ終わったー! ……あれっ、これだけ?」
「浜野、おはよう」
勢い良く扉を開けたのは浜野だった。仕事から解放されたことからか、にこにこ顔で扉の前に立っていた。
だが部室にいたのが速水と倉間、そして三国の3人だけだったと知ると、浜野が一気に顔を曇らせた。
「はよっス……、他の人は?」
「あー……、みんな委員会とからしいですよぉ」
速水と倉間は目配せした。浜野が突然不機嫌になって、その不機嫌の理由は速水と倉間が三国といたという、分かりやすい嫉妬であることが明らかだったからだ。
浜野が眉間に皺を寄せて最上級の不機嫌オーラを纏っている。流石にフォローしきれなかった。
「えっと……や、やっぱ俺走り込み行ってこようかな……」
「俺も付き合うわ、速水……」
「お? 二人とも走り込みに行くのか? じゃあ俺も……」
「「三国先輩は浜野とここにいてください!」」
速水と倉間の声が綺麗に被った。なんだ、仲がいいな、なんて能天気な三国の声と、手のひらを返したように上機嫌になった浜野に、また二人は同時にため息をついた。
***
短いですが三浜の日にどうしても上げたかったので!
2012.01.06
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