Trick or Treat?

「という、10月31日に行われる祭りだ。祭り自体は知っているとは思うが」

 そう言いながら鬼道がビヨンに、両手いっぱいのキャンディーを渡してきた。まさに今日が10月31日、その朝のことだ。

「私の国でも中心部で見かけたことはありますよ。やったことはないですけど」
「それなら話は早いな。今日一日はこれをポケットにでも入れておけ。祭り好きの奴が誰彼構わず言ってくるだろうからな」

 なるほどそういうことか。何の知識もないであろうビヨンにこうして根回ししておくことが鬼道なりの優しさであり、ある意味彼らしいハロウィンの楽しみ方のようだ。
 キャンディーを零さぬようにしながらポケットにしまい、ふくらんだそこをぽんぽんと叩いた。

「ありがとうございます。無事に一日を乗りきれそうです」
「礼には及ばん。俺は俺で楽しむからな」

 そう言って鬼道はまた別の人にお菓子を渡すのだろうか、去って行った。つくづく面白い人がいるチームだなと思った。



「あっ! カイル、トリックオアトリート!」
「はい、トリート」
「くそっ、鬼道の奴カイルにも飴渡してやがったか!」

 頭にビヨンにはよく分からない変なお面をつけた綱海が藪から棒に言ってきたのでポケットからキャンディーを渡す。すると悔しがって地団太を踏んだ。

「あいつ一体何人に飴渡してんだよ、おかげで飴以外の菓子が手に入らねーじゃねえか」
「他に誰に言ってきたんですか?」
「えーと、まず円堂だろ、風丸、豪炎寺、……」

 指を折って数え始める。だがふと数える手が止まって、綱海が叫んだ。

「あ! 一番のカモ見逃してたぜ!!」
「カモ?」
「壁山だよ壁山! あいつ大量のお菓子持ってるからな、よし行ってくる!! ありがとうな!」

 そう言うなり慌ただしく綱海は壁山の元へと駆けていった。すぐにも壁山の悲鳴が聞こえてくることだろう。それを想像し思わず苦笑した。

 鬼道の言う通り、それから後も一日中、珍しく色んな人から声をかけられた。
 綱海にお菓子を取られて涙をのんだ壁山が、仕返しとばかりに色んな人に声をかけては鬼道のキャンディーを渡されさらに涙していたり。
 立向居や栗松などの一年生が皆揃って急ごしらえだが思い思いの格好をしてハロウィンを楽しんでいたり。
 それらに触発されたのか、他にも色んなチームメイトが次から次へと声をかけてきた。

「カイルくん、トリックオアトリート!」
「あ……、はい、これ」
「ふふ、ありがとう」

 普段ほとんど喋ることのない吹雪に声をかけられ、思わず一瞬怯んだ。それもそのはずだ。吹雪の狼男のような仮装は他の誰よりも気合が入っていて恐ろしかった。

「す、すごいですね」
「ありがとう。結構がんばったんだよ」

 今渡したキャンディーをすでに口の中に放りこみながらニコニコと答えられた。

「カイルくんも、何か仮装してお菓子貰いにいけばいいのに。そうだなあ、吸血鬼とか似合いそうだね」
「遠慮しておきます……」

 馴染みがないイベントだけに気恥かしさのほうが先にたってしまいそうだ。吹雪は残念だなあ、と微笑んだ。
 それじゃあ、と新たな相手を探しに尻尾をひらひらさせて行ってしまった吹雪の後姿を見て、そういえば、と思い出した。
 こういうイベントが例にもれず大好きであるはずのあの金髪を今日は見かけていない。
 練習はばらばらだったし、そこまで意識しているわけではないのでどうだったか忘れた。けれども食事の時間も珍しく席は遠く、綱海と何か熱心に話していた気がする。
 まあイベントに乗ってこないのならいいか、と、沢山貰っていたはずのキャンディーの最後のひとつを口に入れて、ビヨンは部屋に戻った。



 だが、そんな上手い話があるわけがなかった。
 やはり男は行事をめいっぱい楽しむ派の人間だったらしい。

「ビヨン! トリックオアトリート!」

 夜になって、色んな人と喋り通した日がようやく終わってゆっくりできると思った矢先に扉が開けられた。
 その正体は勿論あの男だ。

「ニース……ですよね」
「ニースじゃない、ゴーストだ! トリックオアトリート!」

 やたらと高い身長の男がシーツを頭から被ってそこに立っていた。顔は見えないが声と身長が間違いない。

「まあ、入ってください」

 その仮装は適当で馬鹿らしいが、とりあえず面倒でも部屋に入れる。でかい図体が扉を塞いでいるのも嫌だった。
 ニースはいまだシーツを脱がず、ビヨンを見下ろしてきていた。

「トリックオアトリート、って言ってるじゃないか! 日本語ではお菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、だっけ」
「残念ながらキドウに貰ってたキャンディーは全部なくなりました。手持ちの菓子はありません」

 壁山じゃあるまいし、部屋に食べ物はなかった。それを素直に報告して、なので帰って下さい、と付ける。
 が、その言葉にニースががばっとシーツを脱ぎ捨てた。頭から被っていたせいで髪の毛がぼさぼさだ。

「よしっ! 夜まで待った甲斐があったぜ、予想通りだ!」
「は……?」

 ハロウィンとはお菓子をせびる行事であって、そのお菓子がなければその時点で終わりではないのか。ニースの返しに理解が追いつかず、首を捻った。

「言っただろ。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ! って」
「はい、言ってましたけど」
「ビヨンには差し出すお菓子がないんだ。だから楽しい楽しい悪戯タイムだ!」

 ヘアスタイルをなおすこともせず、ニースはビヨンに、まさに襲いかかるという表現が正しいように覆いかぶさった。勿論ビヨンはぎゃっと声を上げて逃げようとした。が、ニースの腕がそれを逃さず数歩も逃げ切る前に引き寄せ抱きしめた。

「い、悪戯って何するんですか!」
「勿論エッチなことに決まってるだろー! さあ大人しくベッドに行くぞー!」
「おッ、お菓子! キドウから貰ってきますから!!」
「もう遅い! お菓子をくれなかったから悪戯だ!」

 ここまでくれば、ビヨンはもうあの時キャンディーを口に放り込んだ自分を怨むほかなかった。


 Happy Halloween!

***

2011.10.30

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