海に行こう、とニースに連れられて海に来た。ライオコット島は島と名がついているだけあって当然海に囲まれている。そんな島では海は全く珍しくない。サッカー観戦の合間に遊べるよう観光客向けの海水浴場もある。
 そして二人は練習のない日、その海水浴場の一つに来ていた。やはり大会開催期間中ということもあって人は大勢いる。だが彼らが一選手であることに気付く人は少なかった。

「サーフボードは持って来なかったんですか」
「今日はツナミがいないからサーフィンはお預けだ。それに今の時間はサーフィン禁止。あと、サーフボード持ってると女の子達が群がってくるから」

 荷物の少ないニースに聞くとそう返された。最後の部分は同じ男として少しむっとしたが、以前サーフボードを持ったニースと綱海が浜辺にいた女の子たちに大量の歓声を受けていたのを見ていたので閉口するしかなかった。モテる男というのはそれはそれで大変なのだ。

「で、水着、持ってきたか?」
「一応」
「浮輪は無くて大丈夫?」
「失礼ですね。こう見えても人並みに泳げますよ」
「そうか、それは失礼した」

 ニースは海を目の前にして浮かれている。その高揚感が伝わって、ビヨンも知らぬうちに頬が緩んだ。

「じゃあ、水着になって早く海に入ろうぜ!」

 年齢相応の少年らしく簡易更衣室へダッシュするニースを苦笑して追いかけた。


 ビヨンが「人並みに泳げる」と言ったのは虚勢ではなかった。そもそも人がたくさんいる海水浴場では泳ぐことなどほとんどないのだが、それでも少し深いところまでニースが行ったのを追いかけるために泳いでその実力を見せた。

「なんだ、本当に泳げるんだな」
「嘘なんてついてませんよ。母国は水泳の授業が沢山ありますから嫌でも泳げます」
「泳げなさそうな雰囲気してるんだもん」
「失礼ですね」

 ニースの顔に水をかける。うわっとニースが怯んだが、すぐに反撃の態勢に入った。

「やったな!」
「ニースが先に言ってきたんでしょう」
「それとこれとは話が別だ。覚悟しろよ!」

 ニースがじゃれつくようにビヨンに水しぶきを上げて抱きつく。上から圧し掛かられれば自然と水の中に沈み、ぶくぶくと口から泡が出た。ライオコット島の海の水は澄んでいる。水泡が沢山散る海中の、ニースの顔はとても楽しそうだ。
 ニースの腕から逃れるようにして海面から顔を出した。ぷはっと息を継ぐと、間髪入れず、海面に一度顔を出したニースが再び海中に引きずり込む。息くらいさせてくれ。
 しかしそんな子どもらしい水中のじゃれあいが、ひどく懐かしく楽しくて笑みが零れた。

「はあっ。たまにはいいですね、こういうのも」
「だろ? たまにはなんて言わないで俺はいつでも大歓迎だけどな!」

 水に濡れた前髪を後ろに掻き上げながらニースが笑った。顎や髪から水滴がぽたぽたと水面に吸い込まれていく。その姿に一瞬、騒ぐ女の子たちの気持ちが分かって思わず赤面した。顔の半分以上を水の中に沈めぶくぶく泡を出す。

「そうやってると髪の毛がワカメみたいだな」
「……。ありがとうございます、冷めました」
「え、何の話だ?」

 ロマンも何もないニースの台詞に一気に顔の赤みが引いた。そして人がこっそり気にしていることをよく言ってくれたと、先程の比にならない量の水をニースの顔に浴びせた。


 いつのまにか日は傾きかけていて、あんなにも沢山いた海水浴客は少しずつ宿泊場所に引き返していた。

「俺たちもそろそろ上がるか」
「そうですね」

 気付けば指先の皮はふやけていた。水の中から上がると、体重が倍になったような感覚に陥る。水というのは陸以上に体力を奪った。
 ニースが手を引いてくれて、砂浜に上がる。水中での力の使い方はニースのほうがやはり慣れていて、ビヨンのほうが体力は上だというのにビヨンほど疲れてはいないようだった。
 水を含んで重くなった髪の毛を、先程ニースがしたように後ろに掻き上げる。視界がはっきりした。

「あー、ビヨン」
「? なんですか、情けない声出して。腹でも下しましたか」
「そうじゃなくて……」

 いつもと違ってはっきりした視界では、ニースのもじもじする姿が余計に情けなく見える。先を促すと、ニースがビヨンの手を取って歩き出した。

「どこ行くんですか、トイレと更衣室はあっちですよ」
「別にお腹は下してないから! それより火急の用事があるんだよ」

 ずんずん前を歩くニースの表情は見えない。浜辺にいる人々が帰る方向とは真逆へとビヨンは連れて行かれた。
 どこまで歩くのだろう。結構歩いて、もう周りに人は見えなくなっていた。ニース、と声をかけても返事をくれない。夕方の少し下がった気温と海風、海水を拭いていない身体がビヨンの体を少し冷やした。

「ニース、寒いです」

 このままいればビヨンのほうが腹を下してしまう。そう訴えると、ニースは足を止めてきょろきょろと周りを見回した。いつのまにか浜辺ではなく、真上には切り立った崖や岩の沢山あるごつごつした場所に出ていた。

「うん、ここらへんならいいか」
「ここはトイレじゃないですよ」
「だからそうじゃなくて」

 ニースがビヨンの腕を引いて、ビヨンの身体を岩陰に押し付ける。そこは周りからはちょっとやそっとじゃ見えない死角になっていた。
 ひんやりした岩がビヨンの裸の背中に触れ、びくりと肩を震わせた。岩にビヨンの肩を押し付けるニースを見上げると、は、と息を吐いていた。その様子に嫌な予感しかしない。

「……こんなところで、変な気起こさないでくださいよ」
「ビヨンが悪い。両目が見えてて上半身裸で水が滴ってるなんて、エロい」

 何を言っているのかつっこむ気にもならない。しかしビヨンが先程ニースに感じたのと同じように欲情してくれたのは嬉しい気もした。
 が、こんな外で事に及んでいいかというと、そんなことはない。いくら人目に付かない場所だからって誰も来ないとは限らないのだ。
 近づくニースの肩を強く押した。

「外は嫌です、せめて宿舎に帰ってから……」
「宿舎に帰るまで俺が我慢できない」

 ニースはビヨンの制止を聞かず、塩水のついた首筋をぺろりと舐めた。ざらざらした感触に首を竦める。こうなったニースは止められそうにない。
 それに、なんだかんだ言ってこのシチュエーションに乗り気になりつつある自分にも気付いた。

「人が来たら、やめてくださいね」
「やめられたらな」

 やめる気の一切なさそうな返答が返ってきた。



 ニースの手がビヨンの水着に触れる。ずっと歩いていたためすでに乾きかけていたが、一点だけ未だに濡れていた。いや、今新しく濡れたものか。

「やっぱりビヨンも、誰かに見られるかもしれない状況に興奮してるんだろ」

 岩に背を預けて立つビヨンの前に屈んで、ニースが下腹部に顔を寄せた。目だけでニースの顔を見る。そこに顔があるというのは、何度行為をしても耐えがたい羞恥と、この後の展開に対する期待が胸の中に渦巻いた。
 ニースは水着を脱がせようとはせず、上から何度もなぞった。水着は、普段の下着よりも身体に強く密着している。そのせいで形は外からはっきり分かった。
 息が荒くなる。近くで波が岩に当たる音がした。

「水着って楽だよな。汚しても洗いやすいし」
「だからって、汚す必要はないんじゃないですか……っ」

 ニースは執拗に水着を脱がしたがらなかった。どんどん溢れる体液が乾いた水着を再び濡らしていく。
 少し開かせたビヨンの足の間から手を入れ、後孔にも指をぐっぐと押し触れた。びくんと身体が跳ねて、また体液が水着の中で溢れ出したのが分かる。ニースも水着の沁みでそれを知り、笑った。

「誰かが来たときに裸だったら、困るのはビヨンだろ。着たままなら言い訳もできるじゃないか」
「んッ……で、も」

 ニースの唇が柔らかくそれを食んだ。視覚から来る興奮にぞくぞくする。声を上げてしまいそうになって手で口を覆った。

「も……っ、いいです、からっ、……脱がせてください……っ」

 水着越しのぬくもりに我慢できず、言った。冷えていた身体はすっかり熱を持って、背中の岩の冷たさが気持ちいいくらいだった。
 ニースはその返事に気をよくし、立ち上がった。そしてビヨンの体を反転させ、岩に捕まらせた。

「ちゃんと掴まってろよ。多分、身長足りなくて浮くから」
「浮……!? どう、ッ」

 浮くとは一体何なんだ。聞こうとしたとき、ニースが手早く水着を下げ、ビヨンの片足から抜いた。そしてその片足を後ろから大きく持ち上げて開かされ、浮くという言葉を理解した。
 ニースとビヨンでは身長差がある。立った状態でニースが後ろから突くには、ビヨンの足の長さが足りない。ならばこんな体位にしなければいいのだが、今はこの選択肢しかないのだ。
 熱いニースの切っ先が、慣らしてもいない後孔に触れた。今のビヨンは爪先立ちの片足と岩に縋りつく腕だけで立っていた。

「ニース、きついっ」
「どっちが? お尻? それとも体勢?」
「どっちもです! ……ッあ、待……っ」

 指で慣らしていない、濡れてすらいないそこに、無理矢理ニースが押し入って来た。ぎちぎちと音が鳴っているようだ。力を抜いても抜いてもきつい。
 岩を掴む手が滑りそうになって慌てて掴み直した。爪先立ちの足も、まだほとんど何もしていないというのにつりそうだ。

「き、つい、ですっ……て……ッ、んう……っ!」
「やっぱりビヨン、小さい。もっと身長伸びてくれよ」
「そっ、そんなに簡単に伸びたら苦労しませんよ!! ――ッはあ……っ!」

 ニースが隙を突いて、ぐっと奥まで押し入って来た。中は切れていないだろうか、心配だが切れたような痛みはなかった。いや、十分に痛いのだが。
 そして間髪入れずにニースが抜き差しを始めた。動かれると、痛いのも快感に変えようと脳が働くようで、くぐもった喘ぎ声が喉から上がる。声を抑えたいのだが、岩に掴む手を離せなかった。

「あっ、ふ、ぁ、あっ」
「あんまり声出すと人が来るぞ。恥ずかしい姿を見て欲しいのか?」
「うぅッ、……っん、んん、ぁ……っ」

 必死に口を噤む。けれどもそう簡単に抑えられるものではなかった。腹に力を込めると、体内に埋め込まれたニースの形がよりはっきり分かった。これでは逆効果だ。
 しばらくそうして揺さぶられていると、ふと、ニースの動きが止まった。何だろうと首をまわして後ろを見る。ニースが挿入したまま背中にぴったりくっついてきた。

「……誰か来る」
「えっ……」
「ちょっと離れてる場所にいるから、このまま行ってくれればいいけど。声出したら来ちゃうかもしれないから、声出すなよ」
「ッ、ちょ、抜いッ」

 ニースはそれだけ言うと、身体を密着させたまま腰だけを動かした。抜き差しされてはどんなに我慢しようとしても声が出てしまう。抜いてくれ、と目で必死に訴えかけるのだがニースは一切話を聞いてくれなかった。
 誰かに見つかるかもしれない。あられもない姿で、男が男のもので悦んで喘いでいる様子を見られるかもしれない。
 ビヨンにはその誰かの足音や声は聞こえなかったが、スリルが全身の筋肉に伝わり、ニースをこれまでないほど締めつけた。

「く……ッ、千切れるっ、力抜けっ」
「ん、んんっ、は、んっ……!」

 その上、声を我慢しようとすると余計に身体に力が入った。ニースは強い締め付けに眩暈を起こしそうになりながらも、何度も抜き挿した。
 ビヨンはこのスリルと興奮が、例えようもなく気持ち良かった。声を抑えなくて良いと言われたら間違いなく大声ではしたなく喘いでいただろう。
 つりそうな足も、何度も滑る岩を掴む手の痛みも、快感の前には大したことではなかった。

「ぁ、んッ、んぅ……ッ、んんん……っ!」
「――っは……!」

 ニースと岩に挟まれたビヨンの体がびくびくと痙攣し、黒い岩肌に白い精液が飛び散った。強い締め付けに、ニースも体内から抜ききれずその中で吐精してしまう。
 ずる、と性器を抜くと、支えをなくしたビヨンの体が岩肌に沿って崩れ落ちた。ひんやりした岩に頬を当て、息を整える。
 例え今、この状態を人に見られてもどうでもいいくらい疲弊していた。

「……人、は……」
「あ、あれは嘘。誰も来てないよ」
「はあ…………」

 あっけらかんと言うニースに怒る気も起きない。まあ、もうあれだけ興奮できたしいいか、という気分だ。
 だが、少しして立ち上がろうとした瞬間、そんな気持ちも消えた。

「痛ッ……」
「どうした? 足?」

 散々無理な体勢を取らされ、爪先立ちを強要された左足のふくらはぎが痛んで顔を顰める。つってはいないようだが、これは明らかに片足に無理をさせすぎた。

「これ、明日の練習に響いたらどうしてくれるんですか!」
「だってビヨンの身長が足りないからー」
「い……ッいちいち人の気にしてることばっかり言わないでください!」

 そう言ってビヨンは足早に更衣室へ戻ろうとするのだが、痛みにぴょこぴょこ歩くしかなく、結局ニースに肩を担がれて行こうとするも再び身長差の壁に阻まれ、背中に負われて帰るという最高の屈辱を受ける羽目になるのだった。


***

2011.07.27


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