ほんのすこしの照れくささがそうさせた。思わず楽な道を選んでしまった。でも最初から素直に手渡ししていればよかったと後になって後悔した。



「……すっ、ごいですね……」
「よっ、と。今年は世界大会もあったからいつも以上に豊作だなー!」

 ニースの部屋の床に積み上げられたるは小さな箱の山。それら全てが可愛らしくラッピングされている。中には花束なんかも混ざっていたが、こんもりと山を作ればビヨンの身長すら追い越してしまいそうなプレゼントの山だった。

「それ、全部ファンの子たちからのバレンタインプレゼントなんですか」
「ああ。宿舎に届いてたやつの俺宛てのものだってさ。多分実家のほうにも今頃何か届いてるんだろうなあ」

 ニースは呑気にそう言った。その様子は慣れたもの。FFI世界大会に出る前からサッカー、そしてサーフィン界で世界中にファンがいたのだ。当然といえば当然かもしれない。
 目の前の男の人気っぷりを改めて思い出して、嫉妬すらも抱けないスケールにため息が出た。

「中身はほとんどチョコレートですか?」
「いや、普通のプレゼントもあるみたいだからチョコレートは7割くらいかな」
「……全部一人で食べるんですか?」
「流石にこの量は無理だなあ。カードだけ頂いてほとんどはBWのメンバー達にも送ろうかなと思ってるよ」

 ビヨンもいるか?と聞かれて、首をぶんぶん振った。人が貰ったものを自分が貰うのは好かない。それにビヨン自身甘いものはあまり好きではない。


 しかしひとつ、ビヨンが不安に思うことがあった。それは恐らくこの山のどこかにある、ビヨンからニースへ送ってみたチョコレートのこと。

「(……まさか、ですよね)」

 なんとなく、イベントごとだからと特に深く考えもしないでチョコレートを買ってきて。そしてなんとなく記名もせず、カードには一言だけ『ニース・ドルフィンへ』と書いた。そんなビヨンのチョコレートが、恐らくこの山のどこかにある。
 初めはこんなにも沢山のプレゼントがニース宛てに届くだなんて予想をしていなくて、ただジャパンの宿舎に色んなメンバー向けのプレゼントが詰まれてあったから、そこに、ぽいっと。自分の名前はかかなかったがニース宛てであることは明記したし、手渡しするのもなんだか照れくさい。どうせ届くのだから、と考えたのが間違いだったらしい。まさか、あの時の山の何割かは全てニース宛てであったとは。この男の人気をなめていた。
 適当に見つくろったチョコレートだったとはいえ、流石にニースの口に入らないなんてことがあっては悔しい。こんなプレゼントを贈ってきたどんな女性とも違い、自分はニースの恋人であるのだから。

 だが、今更この山を切り崩し、自分のプレゼントを探しあてて改めてニースに渡すのも情けなく、余計に悔しい。
 ニースは気付いていないのだろうか。気付いてくれないのだろうか。恋人の贈ったチョコレートが山の中にあるということに。

「(こんな山の中で記名もしていなかったら見つかるはずない、ですよね……)」

 淡い期待を抱いてみたものの、こんなにたくさんの中から気付いてもらうなんて無理だと分かっている。胸の中がモヤモヤと疼いた。あの時あそこに置かなければよかったなと後悔しても遅かった。
 小さくため息をついていたビヨンの背中に、ニースが声をかけた。

「ビヨンは、バレンタインのプレゼントは貰えたか?」

 当たり前だがニースは人の気を知らない。はあ、とビヨンは答えた。

「一応、頂いたみたいです。部屋の前にいくつかまとめて置いてありました」
「食うのか?」
「甘いものは苦手なので、私もカードだけ頂いたらマネージャーにあげに行こうかと思っています」

 きっとプレゼントはマネージャー達がそれぞれ宛てに仕分けをしてくれたのだろう。練習から戻ってきたら各部屋の前に段ボールごとに置かれてあった。
 ビヨンは自分でも、このチームの中で自分がどれだけ目立っていないかを理解していたので、一応は積めるくらいのプレゼントが置いてあったことに自分自身が驚いていた。
 まだそれらを確認したわけではないが、もの好きなどこかの国の女子達だろう。

「チョコレートだったら全部マネージャー行きか?」
「そうなるでしょうね」
「ふーん」

 ニースは無表情に言ったが、自分の渡したチョコレートが気になって仕方が無いビヨンはそれに気づかなかった。
 どうやってニースに渡したものか。どうやってニースに気付いてもらおうか。このまま関係のない人の手に渡るのは嫌だ。

「なあ、ビヨン」
「なんですか」

 上の空で返事をした。するとニースの腕が後ろからビヨンの首にまわされた。

「ぐえ」
「なあー、ビヨンー」
「だからなんですか! 苦しい!」

 首にまわされたニースの力強い腕をばしばしと叩く。チョコレートのことばかり考えていたビヨンも流石にニースに向き合わざるを得なくなった。
 ニースを見上げると、少しの笑みを浮かべてビヨンを見下ろしていた。

「ビヨンの今考えてること、多分俺と全く同じだと思うぞ」

 唐突に何を言い出すのやら。眉根を寄せて見上げていると、ニースはちょっと待ってろ、と言って消えた。
 そしてすぐに戻ってきたが、腕の中には段ボール箱を抱えている。どこかで見覚えがあると思ったら、それはビヨンの部屋の前にあったビヨン宛てのプレゼントたちだった。

「……ビヨン、さっきお前『いくつかあった』って言ってなかったか……」
「ええ。言いましたけど」
「十分これでも多いほうだと思うぞ……」

 確かにそうなのかもしれない。今までの人生でこんなにプレゼントをもらったことはなかったから。しかしニースの山を見ればこの程度では「いくつか」に分類されるにちがいないだろう。

「そんなことより、これを持ってきてどうするんですか」

 ビヨンがそう言うと、ニースはそうだそうだ、と呟いた。

「俺からのチョコがこの中にある。俺の名前は書いてない。探せるか?」
「…………え?」

 ビヨンは一瞬言葉を失った。ちなみに、とニースはまた積まれた山に近づき、ひとつのプレゼントを抜き出した。

「これがビヨンが俺にくれたチョコレートだろ? 名前は書いてないけど」

 その手にある箱はまさにビヨンが贈ったそのものだ。何故分かったのだ、という疑問と驚きと嬉しさが混ざり合って、ビヨンは更に言葉をなくした。まさか同じことをしていたとは。
 ニースは嬉しそうに箱にキスして、再びビヨンの体に腕をまわした。

「俺は言われなくても見つけたぞ。ビヨンは見つけられるか? 俺のチョコ」
「いっ……、今、探します」

 ビヨンは慌てて、段ボールをひっくり返した。今初めて自分に送られてきたプレゼントを全て見たが、意外にも多い。こんな中から記名もされていないたった一つのニースからのチョコレートを探し出すだなんて、無理なんじゃないか。
 いや、と首を振った。ニースは自分の3倍以上はあろうかという中から見つけ出してくれたのだ。自分も見つけられないでどうする。探すのだ。

「外箱のヒントでもあげようか?」
「いりません。黙っててください」

 ニースは楽しそうに口端を上げてビヨンを見下ろした。箱をひとつひとつ見てひっくりかえして、これは違う、と選別していく。

「そもそも何で手渡しじゃなくてこんな……」
「それはビヨンにも言えることだと思うけど」
「……私は恥ずかしかったからいいんです」
「じゃあ俺も恥ずかしかったってことで。ところで、これ開けていい?」

 ビヨンが箱をひとつひとつ検めている後で、返事も聞かずニースは手にしたビヨンからのプレゼントのリボンをしゅる、と解いた。綺麗な包み紙も外し、ぱかっと箱を開く。

「ん、ホワイトチョコだ」

 漠然とチョコレートだと思っていたから、予想を裏切るホワイトチョコに開いて少し驚いた。ビヨンがちらと横目でニースを振り返り、言った。

「普通のチョコレートじゃあ他と被るじゃないですか。あまりいなさそうだと思ったのでホワイトチョコです」
「へえ、意外だ。しかも生チョコ?」
「口に入れた瞬間溶けるらしいですよ」

 その言葉を聞いて、一つつまんで口の中に放り込んだ。なるほど確かにすぐに舌の上で溶ける。しかしホワイトチョコレートらしいしつこい甘ったるさはなく、素直に美味しいと感じた。
 思わず二つ三つと口の中にいれて味わった。

「美味い! 美味いぞこれ!!」
「そうですか。それならよかったです」
「ビヨンもこれ食べないか!? ひとつだけ!!」

 箱を確かめているビヨンの前にひとつホワイトチョコを差し出す。しかし冷たくその手は跳ねのけられてしまった。

「結構です。甘いものは嫌だとさっきから……」
「いいからさ、なあ」

 全く、こっちは真剣にニースのプレゼントを探しているというのに当の本人はニコニコしながらホワイトチョコを差し出してくる。その笑顔に観念して、指で掴んでいるせいで少し溶けたそれを受け取ろうとした。が、手を伸ばすとひょいっとかわされてしまった。

「食べさせたいんですか、食べさせたくないんですか!」
「食べさせたいの。あーん」

 楽しそうに言うニースにため息が出る。渋々口を開くとビヨンの口にぽいっとホワイトチョコが投げ込まれた。甘い。
 しかし嫌悪に眉を顰める暇もなく、ニースの唇がビヨンの唇を覆った。そして予想通り、ニースの舌がビヨンの舌を撫でて溶け始めたチョコレートを掬った。

「ん、んっ……」

 息すらも飲まれる、キスというよりも舌のまぐわい。チョコレートの甘さ以上にニースの香りが鼻孔を満たしてむせかえるほどだった。
 唾液とチョコレートをこくりと嚥下する。口の端からは甘い液体が零れ、服に小さく滴を垂らした。

「っ……は、あ、……急に……っ」
「ごめんごめん、つい。俺のプレゼント探し再開していいよ。ただし、俺がこのチョコを食べ終わるまでに見つけて欲しいな」

 ニースの手にあるホワイトチョコレートは、中学生のお小遣いで買えるくらいの大きさのため、そこまで大きくは無い。この調子で食べられてはすぐに胃の中に消えてしまうだろう。
 しかしビヨンは口端を拭いながら頷いた。瞳は負けたくないと言っていた。

「わかりました。半分も食べる前に探し出して見せますよ……」
「ちょっとした勝負だな。頑張れよ」

 ニースは不敵に笑った。






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2011.02.13

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