『オーストラリアには年越しに、世界でも有名な花火大会があるんだ。よかったらビヨンも来ないか? うちに泊まりに来ればいい』
そう言われたのがもう何カ月も前だったとは俄かには信じがたい。それほどまでに時間の流れを早く感じた今年はもう終わろうとしていて、この年の最後をビヨンはオーストラリアで過ごしていた。
年越しを家族の中で一人だけ外国で過ごしたいと両親に説得するのは少しの罪悪感があった。しかしそれでも、どうしてもオーストラリアに出たいと思ったのは、他でもない。
「色々あった今年が終わってしまうんですね」
「ああ。今年はやっぱりFFIがデカかったなあ」
今年は、ビヨンがニースと出会った年だったからだ。FFIという世界中を巻きこむ一大イベントで、試合で対戦することはできなかったが日本チームの縁から出会い、話せるようになった。そしてライバルチームという関係からチームメイトの関係になり、やがては恋人という関係にまで近づいたのは、この一年のこと。
一年を締めくくる意味でも、世界に有名な花火というものを見るためでも、あるいはビヨンがただニースと共に過ごしたかったからという単純な理由があったのも事実だが、ビヨンはオーストラリアで年を越す道を選んだ。
年を越す数日前からビヨンはニースの家にお邪魔して、ニースの生まれ育った環境を見、家の手伝いをこなし、外に出てはBWの他のチームメイトとサッカーをし、海で遊んでいた。
オーストラリアはカタールと気温こそほとんど同じだが、感じる風は全く違う。南国の風はビヨンの色濃い肌を気持ち良くじりじりと焦がした。
「俺達が出会ったアジア予選の開催国日本も、ここと時差は大差ないんだ。今頃エンドウ達もトシコシソバとやらを食べてるんじゃないか」
年越しを控えた数時間前、ビヨンはニースの部屋にいた。花火とやらは年を越す頃にニースの家の近くにある海まで出れば見えるらしい。一応家からも見えないことはないらしいが、せっかくの花火なら海まで出たほうがいいだろう。
夕飯も食べ終わり、特にすることもなくニースの部屋に落ちていたおもちゃを手で弄りながら他愛もない会話をしていた。
「トシコシソバって何でしたっけ」
「キドウが『細く長く生きたいと願う日本人の心だ』って言ってたな。だから日本人はあんなに細いんだな」
「……なんか違う気もしますけどそうですね」
ニースのよくわからないおもちゃをこねくり回すのにも飽き、それを元の場所(といってもただの床だ)に戻した。ニースの言う海までは歩いてすぐ。早めに出るとしてもまだ時間はあった。
ニースは自分の寝転がっているベッドをぽんぽんと叩き、ビヨンを呼んだ。断る理由はない。しかしいつもなんだかドキドキしてしまう。のろのろとベッドに近づき、空いたスペースに腰をかけた。
するとすぐにニースの手が伸びてきて、ビヨンの腕を引いた。されるがままにニースの体に倒れ込む。厚い胸板の上でぎゅうっと抱きしめられ、何度も抱き合ってはいても思わず心臓は高鳴った。
「なあ、ビヨン」
「なんですか」
「愛してる」
何を言いだすかと思えば。ニースは比較的ロマンチックな言いまわしを好む。愛してるという言葉ひとつ言うのにもシチュエーションから作る男だ。その男が唐突にそう言うのは、珍しかった。
どうしようもなく胸は高鳴り、ビヨンは赤くなった顔を反射的に隠した。
「とっ、突然、ですね」
「愛してるんだ。知り合ってから一年も経ってないけど、これからもずっと愛せるって誓える。それくらい愛してる」
「な……、何度も言わないでください……」
赤い顔をニースの胸に埋めていたが、頭を撫でられ、顔を上げさせられた。再び顔を俯かせないようにニースの手がビヨンの顎を捕らえ、固定した。
ニースの目は僅かな笑みを湛えてビヨンを映していた。愛していると言った唇は薄く開いて、ビヨンの言葉を待っていた。
愛している者に愛していると言われたら、何と答えるのが正しいのか。それは今年、随分前にこの男自身から教えられた気がする。
「……っ。……目、瞑って下さいよ……」
「ビヨンの顔を近くで見れるっていうのに、瞑ったら勿体ないだろ?」
この期に及んで意地悪なことを言うニースに、ビヨンはぐっと拳を握った。悔しくて、勢いに任せて唇を合わせる。
ちゅ、と軽い音を立ててすぐに離れるかと思いきや、ニースに頭をくしゃりと撫でられ逃げられなくなった。
「はっ、ん……」
ニースの舌によって舌を引き出され、咥内をどちらともつかない唾液が音を立てる。何度しても自分のものではない舌というのは柔らかく不思議だ。
足りない酸素と気持ち良さで頭にぼうっと靄がかかる。キスだけで体温の上がる体は、もうニースに体重をかけないように踏ん張ることもできず、ニースに預けて息を荒くすることしかできなかった。
舌先と舌先が触れあい、唾液に濡れた唇を指と舌で舐め取られる。ようやく解放された唇を離すと二人の間にできた糸も切れた。
はあ、とようやく新鮮な空気を吸ったビヨンが皮膚よりも血色の良い唇を拭うさまは何度見ても扇情的で。
「ごめん。ビヨン、我慢できない」
その言葉と共にごろんと体を反転させられて、しかしニースの顔は近いまま、ただその向こうに見えるものがシーツから天井へと変わった。
「まっ、待って下さい、後ででかけるんですよね!? 今したらっ」
「大丈夫、今しても出かける時間には十分間に合うって。それに今年のうちにもう一回、したい」
そんな言葉を、キスで敏感になった体をつうっとなぞりながら言うのは、どう考えても反則だ。
う、と息を詰まらせ、少し迷う素振りを見せてからはいと答える他無かった。迷う素振りなんて、意味もないのだろうが。
そのビヨンの返事にニースは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。愛してるよ」
言うが早いか、上から再びキスを落とされた。今度はもっと唾液を含ませた、熱いキスだ。ビヨンがついていけなくてもお構いなしに、強く舌を吸われる。
そして空いている手はビヨンの服を捲り、露出した肌に触れた。撫で上げるように脇腹から胸板まで手のひらが移動していくと、やがて引っかかった尖りに指先が絡められた。
「っは、……ぁっ……」
二人きりになってしまうとどうしても忘れてしまいそうになるが、ここはニースの家だ。今はニースの他の家族は全員一階のリビングにいるだろうが、もしも聞こえたらと思うと大きな声で喘ぐことはできない。
合わせられた唇の端から小さく声を漏らしながらも、ビヨンは耐えた。
乳首をきゅっと二本の指の腹で抓まれ、ぐっと親指で押しつぶされる。そこがますます尖り起つのが目を瞑っていても分かった。
キスから解放されてもなおそこばかりを指と舌で弄られ、そしてそれだけだというのに息がどうしようもなく荒くなってしまうのが抑えられなかった。
「そ……こばっか……っり……っ、あ……っ」
「気持ち良くないか?」
「ッ……! んなっ、いじわる…! っあ、」
ニースがからかうように言った言葉に頬を染めて睨みあげる。しかしニースにとってはそれはただの煽りでしかない。
ビヨンの下腹が反応を示しているのは、服の上からでも十分見えていた。あえてそこには触れないようにして胸を指で、筋肉の盛り上がる腹や脇腹を舌で舐めると、そこがびくびくと痙攣した。
「ふっ……、んんっ……」
ビヨンは自分の右手を口に当て、声が出ないように必死に抑えた。しかしそうすると体がいつも以上に感じてしまうらしく、震えてしまうのが抑えられなくなった。
ビヨンの体の上に覆いかぶさり愛撫を加えるニースの胸元には、勃起しているビヨン自身が触れている。感じることはできても達せるほどの快感は与えてくれないニースに焦れて、ビヨンの腰は自然と揺れた。
ニースに擦りつけるように動くビヨンの腰を、再び意地悪するように抑えてみる。少しでも感じることができていた快感がまた取り上げられて、ビヨンは涙を湛えた目でニースを見上げた。
「ニースっ……」
「股間擦りつけて恥ずかしく誘っちゃうほど、もう我慢できない?」
「我慢できないです……っ」
素直な反応に眩暈がする。愛おしい。
顔を上げてお詫びに軽くキスをし、すっかり盛り上がった下腹を撫で上げた。するとビヨンの体はこれから与えられる快感を喜ぶように震えた。
簡素なズボンを下ろしてやり、下着越しに形をなぞるように指を動かす。まだ布一枚隔てていても、ようやく感じられた直接的な愛撫に思わず声が出た。
「あっ、あ……っ」
「下、脱がすぞ」
ゴムを伸ばして下着をずらす。と、完全に勃起しているビヨン自身が零れるように出てきた。その様子は、同じ男であっても愛している相手だというだけでたまらなく卑猥に見えてしまう。こんなになるまで触れてあげなかったことを詫びるように、そこに顔を近づけた。
「っ! ま、って……っあぁ、あっ!」
ぱくりとビヨンのものを咥え、舌で味わうように裏筋をなぞり上げる。さほど大きいわけではないそれはニースの口の中に攫われ、袋を空いた手のひらで揉みしだかれた。
触って欲しいと思ったとはいえ、まさかフェラまでされるとは思っていなかったビヨンは首を振り、抑え切れない声を指の間から漏らした。
ニースは全てを咥えては離して舌で全体を舐め、はたまた舌先だけで焦らすように鈴口を刺激し、とひたすらにそこを責めた。
「んぅっ、んっ、っふぁ……っ、ニース、やめっ……」
「すごい溢れてくる。こっちも、」
「んっ! だめ、ニース……っ!」
最も弱い部分を舐められながら、同時に後孔に指を突き入れられる。最初から容赦なく二本の指を挿入されぐちゃぐちゃかきまわすニースに、ビヨンの腰は跳ねた。
何度も何度も行為を重ねてきたビヨンの体は、それでもやはり最初は痛みを感じても、すぐに慣れてニースの指を受け入れた。
もうどこから水音が聞こえてきているのかも分からない。強い快感に体はびくびくと戦慄き、二本の足はだらしなく広がりながらも爪先はぴんと張っていた。
堪え切れない嬌声が喉をこじ開けるようにして出てくる。満足に酸素も吸えないほどの快感だった。
「ニースっ、ニース……っ」
これ以上されたらはしたない大声を上げてしまう。でもこんなにも気持ちが良いものをやめてほしいだなんて言えない。
どうすればよいか分からずニースの名前を呼ぶと、ニースは体を上げてそこから顔を離した。
「はぁ……はぁっ……」
「……そんなに名残惜しそうな顔をするなよ。すぐにもっと気持ち良くしてやるから」
「――ッん!」
今さっきまで指でかき混ぜられていたそこに、指なんかとは比べられないほど太く、熱く猛ったものが押し当てられた。ビヨンの足を高く抱え上げ、ぐっと先端を押し入れられる。挿入のときは息をゆっくり吐けと、それも今年のいつかにニースに教えられた。
「は……はっ……く、はっ」
「偉いえらい。全部入った」
ようやく全てを受け入れ、ビヨンは体の力をゆっくりと抜いた。ただそれだけのことでも神経を使うほどニースのものは大きく、何度受け入れても慣れなかった。
ニースは、挿入した後はしばらくビヨンの体のことを気遣ってか動かないでいてくれる。本当はすぐにでも動かしたいのだろうが、その優しさがビヨンにとっては何よりも嬉しかった。
「そろそろ動いていいか?」
「ま、って、ください。あんまり激しくされたら、声が出ちゃい、ます……」
「……ビヨン、俺はまだ君に教えきってないことがあるみたいだな」
「ん、あっ!」
突然激しく揺さぶられ、不意打ちされたビヨンは思わず嬌声を上げた。慌てて手で口を抑えたが、先程とは桁違いの声が喉奥からせり上がってくる。
ニースは容赦なく腰を打ちつけながらも片手でビヨン自身を掴み、声を我慢しているビヨンの邪魔をした。
「ビヨン、覚えてろ。そんなことを言われて、ハイわかりました、という男はいない。むしろ啼かせてやりたいって思うのが男だ」
「そ、なこと言われてもっ、んんっ、あっ!」
ニースが口を歪めて言った言葉に上手く反応ができない。だらしなく口を開けていては舌を噛みそうで、当てていた手の指を咥内に入れて噛んだ。
しかしそんなことをしていては血を見ることになってもおかしくない。ニースの手がそれをどかし、かわりに唇が与えられた。
強く快感を感じる部分に突き入れられながらの深いキスは、唾液が溢れ漏れても気にならないほど、よかった。
「はっ、ん、んんっ、んぁっ」
「っ………、ふ……っ、」
口元に当てる必要のなくなった手は、ニースの首と背中に絡める。抱きつくようにぎゅうっと力を込めて快感を伝えるとニースが小さく笑ったような気がした。
何度も何度も腰を打ちつけられ、手放しそうになる意識を何度も手繰り寄せるが、そろそろ限界が近い。
こうしてニースによってイかされるというのも今年はもうこれが最後なのだと思うと、体の中心、心臓のあたりが熱く重くなった。
「……なに、考えてるんだ……?」
「ニースのことっ、……っは、あっ、……もう……っ!」
「……! ――ッ」
ビヨンの射精と共に体内がぐっと締まり、思わずニースも中で達してしまいそうになったがかろうじて外に出すことができた。流石にこれから出かけるというのに体内に出すことはできない。
だが、荒い息をついて呼吸を整えるビヨンがニースの出した精液を指に取り、少し残念そうな表情を浮かべていて。
「今年最後なら、中に出して欲しかったで……」
「ビヨン! じゃあもう一回しよう!」
「駄目です出かける時間でしょう」
可愛い事を言うくせにあっさり断ったビヨンに、ニースはしゅんと項垂れた。しかしビヨンの言うことはもっともだ。時計は年越しまであと一時間を示していた。シャワーを浴びる時間もない。
ティッシュで後始末をして服を着るビヨンを、せめてもう一度抱きしめた。
「……何ですか?」
「外に出たら抱きしめられないだろ。今のうちにもっと抱きしめておこうと思って」
ビヨンも身支度を整える手を一旦休め、ニースに腕をまわした。互いに立っている状態では背中に回すのがいっぱいいっぱいだ。それでも力を込めると、ニースの体が言葉を発して震えた。
「愛してるよビヨン。出会えた今年一年に感謝している。そしてこれからも、ずっと愛してる」
「……私も。来年も再来年も、一緒に年が越せたら嬉しいです。次はカタールに来て下さい」
「ああ。……、ありがとう」
「こちらこそ」
微笑んだビヨンにつられて笑って、最後にもう一度だけキスをすると、二人で海を目指して部屋を出た。
次にこの部屋に入るのは、その年最初のキスをするとき。
I wish you a Merry Christmas and a Happy New Year!
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2010.12.28
beyon top