「じゃーんっ! ビヨン、これなーんだ!」

 ニースがこんなにも楽しそうに聞くのは、たいていビヨンにとってはあまりよくないこと、……のような気がする。
 夜も更ける頃、椅子に座り本を読んでいたビヨンは恐々と、ゆっくり、後ろを振り返った。
 ――ビンゴだ。

「……なん……ですか、それ」
「何かって? AVさ!」

 にこにこと笑ってそう言うニースに、ビヨンは言葉を失いソレから目を逸らし赤くなった顔を隠すように本で覆った。
 ニースの手にあるソレはDVD。パッケージにはほぼ裸に近い女性が誘うようなポーズをしている姿が写っていたいた。
 ビヨンがそういう類のものを苦手としていることを知ってニースはそれを持ってきたのだろう。どうせ反応して恥ずかしがればからかわれるだけに決まってる。ニースにとってはそれが面白いのだろうが、ビヨンにとっては全く面白くない。

「なぁビヨン、見ようよこれ。一緒に」
「絶っ対、嫌です。一人で見て下さい」
「えーっ、つれない! 寂しいじゃないかー」
「知りませんよ」

 赤い顔をしておきながら平静さを装ってそう応えるビヨンに、頬を膨らませてニースは文句を言っていた。が、ビヨンには文句を言われる筋合いなどない。
 ビヨンがそのまま無視しているとニースがそのDVDを部屋のテレビにセットし始めた。

「ちょっ、まさか今ここで見るつもりですか!? 私は見ないって……!」
「だってもうすぐ消灯だし。他の部屋の皆も寝ちゃってるかもしれないだろ。ここ以外ないじゃないか」
「だからって、……もう!!」

 話を聞かない子どものようなニースにビヨンは焦ったように、はたまた怒ったようにばたんと本を閉じた。本を読んでいるそばでそんなものを流されてはたまらない。
 しかし、ニースの言う通りもうすぐ消灯で、他の部屋に行くのも憚られる。
 
「なー、ビヨンも一緒に見ようよー」
「嫌だったら嫌です! もういいですっ、寝ます!!」

 ビヨンは迷った末にそう決意して、ベッドの中に潜り込んだ。頭まで布団を被ったのはこれからテレビから流れる音を聞かないためか。
 ニースは笑いそうになる口元を抑え、布団に声をかけた。

「ああ、おやすみー」
「おやすみなさい!」

 半ば自棄になったような声が聞こえ、やがて静かになった。そんな反応は頬が緩んでしまって仕方が無い。それじゃあもっとかわいい姿を見ようかなと、ニースはデッキの再生ボタンを押した。

 ニースがこのDVDを持ってきたのは、ビヨンの読みの通り。こういうものに疎いビヨンが慌て、赤くなる姿を見るためだった。そしてあわよくばセックスまで持ち込めれば、というニースの下心でいっぱいの計画があった。
 暗い室内にテレビの画面が煌々と光る。注意書きなどが流れたあと、ついに本編が始まった。
 冒頭はただの導入だ。ビヨンの入った布団は何の反応もないが、DVDの音は聞こえているだろう。盛り上がっている布団を見てほくそ笑んだ。

『あっ……んっ……』

 やがてしばらくして、DVDがセックスシーンに突入しはじめた。女優の小さな喘ぎ声が室内に響くと、布団がもぞ、と動いたような気がした。
 ニースは気付かれない程度に音量を上げ、テレビではなくビヨンの眠る方向を見た。
 このDVDは、ニースが個人的にビヨンに少し似ていると思いこっそりお気に入りにしていたものだった。

『やぁっ……やめてくださいっ……』

 そう、この敬語なところもイイんだよなー、とニースはうんうんと頷く。しかし今の目的はビヨンだ、この女優ではない。
 テレビからは水音と喘ぎ声がビヨンのところまでばっちり聞こえているだろう。今画面の中の彼女は男に唇を吸われ、胸を揉みしだかれていた。くぐもった声が、ん、ん、と聞こえてくる。

「あー、この女優はほんと最高だなー」

 ニースはビヨンに聞こえるように、独り言にしてはやや大きな声でそういった。ビヨンにこのDVDに意識を向けてもらうためだ。
 すると再び布団がもぞ、と動いた。
 テレビでは胸を揉まれていた女優が今度は乳首を吸われていて、自由になった薄い唇からはひっきりなしに声が漏れていた。
 恐らくビヨンは、こうやって他人の喘ぎ声を聞いたことなんてないはずだ。
 艶っぽい女の声が下半身に来ないはずがない、そう踏んでいるニースはにやにやと口元を緩めて布団を眺めていた。

『あぁんっ……やぁっ、あぁっ……』

 それにしてもこの女優はいい声を出す。……まあビヨン程ではないが。
 画面をちらと見て、その行為をビヨンに置き換えて想像した。
 この女優もいいことはいいが、ビヨンだと思ったほうがずっと下半身にクるものがある。

「ん……、やばい、かも」

 ビヨンの我慢が利かなくなった頃に布団に潜り込んで襲おう。そう思っていたが、DVDのせいで、いや正しくはビヨンに置き換えた妄想のせいで、ニースの体はすでに反応をしていた。
 思わず声に出して下半身を確認してしまう。……妄想だけでこの有様だ。

「はあっ……やばいな、これは」

 ニースがぽつりとそう零すと、突然がばっとビヨンが眠る布団がめくれた。びっくりして目を上げるとビヨンが少し怒ったような、しかし泣きそうにも見える表情でこちらを見ていた。
 目が合うとビヨンはベッドから降り、ニースのほうへと歩いてきた。一切無言だ。

「……ビ……ビヨン?」
「…………」

 ビヨンはそのまま、ソファに座るニースのところまで来た。暗くてよく見えなかったが、近くで見るとその瞳は潤んでいる。
 ニースが座っている隣に来ると、ぎゅうっと抱きついてきた。ニースはわけが分からず、抱きつかれたままソファの肘かけにどさっと倒れ込んだ。押し倒される形だ。

「ビヨン? おーい……?」
「……ください」
「……?」

 ニースの胸に顔を埋めていたビヨンが顔を上げ、少し上にあるニースに勢いよくキスを落とした。ニースは呆気にとられるばかりで、その何度も上から落とされるキスを受け止めていた。
 はあっと息をついて唇が離れると、真上にあるビヨンの目からぽつりと何かが落ちてきた。涙だ。
 ビヨンの涙なんて見るのはこれが初めてだった。ニースはひどく慌てた。

「わっ、どうしたんだ! そんなに嫌だったのならすまない、謝るっ」

 とにかく(恐らく)元凶であろうテレビを消そうとしたが、のしかかられている今ではリモコンにすら手が届かない。
 あわあわしているとビヨンが腕を伸ばしてリモコンを取り、テレビをぶちっと消した。
 光がなくなり完全に暗くなった部屋で、ビヨンの表情もあまり見えなくなった。
 上に手を伸ばして頭をくしゃっと撫でると、ビヨンがぽつりと言葉を発した。

「……。私以外で、そんなこと……、しないでください」

 こんなに至近距離なのに聞き逃しそうな声でそう言われ、ニースはようやく理解した。
 くしゃくしゃと撫でる手を止め、ビヨンを見上げた。

「ビヨン、もしかして、AVが嫌だったんじゃなくて……嫉妬?」
「……だったら何だというんですか」

 頭から頬へと手で辿って添えると、そこはひどく熱くなっていた。少しずつ暗闇に慣れてきた目でも真っ赤なビヨンの顔を見ることができた。
 その頭を両手で掴み引き寄せて、今度はニースからキスをした。愛おしくて仕方が無かった。

「んっ、ん……っ」

 ビヨンの唇の端から声が漏れる。その小さな声は、さっきまでのDVDなんかとは比べ物にならないくらいニースを煽った。
 ソファでニースの上に馬乗りになる体勢のビヨンは、自分の下にいるニースの状態に気付いたらしい。唇を離すと体を起こし、少しだけニースの足の方へと体をずらした。
 ビヨンが何をするのか分からず、ニースは声をかけた。

「……? ビヨン?」
「ニースが二度と、他の人でああいうことをしないようにしてあげます」
「え、……え? おいっ」

 ビヨンはそう言うと、ニースのズボンと下着をずるっと引き下ろした。寝巻きのジャージはいとも容易くビヨンの手で引き下ろされ、勃起したそれが眼前に晒された。
 そしてニースが止める間もなく、それはビヨンの口にぱくっと飲み込まれた。

「うわっ! ビヨン、やめっ……!」

 突然のことでビヨンの頭を押しのけようとしたが、その頭はびくともしない。そこを温かい粘膜に包まれていたら入る力も入らない。
 いつの間にそんな技術を得たのか、唾液を絡めてじゅるじゅると吸われ舐められる感覚にニースの息は荒くなった。

「はっ、ん、ちゅっ……きもち、いいですか……?」
「ああ、でも、離せビヨン……!」
「嫌ですっ……」

 ビヨンの口では余るニースのそれを、喉奥深くまでなるべく深く咥えこまれ余った竿を手で慰められる。
 画面の中の人物に嫉妬されたと言われ、そして必死にそんなことをされればニースの限界も早くに訪れるというものだ。

「ビヨン、ほんとに駄目だから……出るから、離せっ……!」
「……出させません」

 ニースが射精しそうになったその時、ビヨンがぐっとそれの根元を掴んだ。高め上げておいて急に突き放されたようで、ニースは苦しい息を吐き出した。
 ビヨンはニースを真っすぐ見下ろし問いかけた。

「ニース、お願いです。私以外でへんな気持ちになったり、そういう目的で私以外を見ないでください」
「……ビヨン」
「誓ってくれるまで、このままです! ……わっ」

 ニースはたまらずビヨンの腕を引きぎゅううっと抱きしめた。
 胸に倒れ込んだビヨンはニースに絞め殺されるんじゃないかという力で抱きしめられ、ソファをばんばんと叩いた。ギブアップ。

「力が強すぎます!! ニースっ、んんっ」
「……分かったって。絶対、もう二度としないから、ビヨン、」

 抱きしめたままビヨンの体を引き上げて、再びキスをした。何度も舌を絡めて吸うと、力の入っていたビヨンの体がくったりとニースに預けられるのが分かった。
 そのビヨンのズボンの中に背中から手を差し込み、熱く吸い付く後孔に指を辿らせると、ビヨンの指に力が込められた。
 二人分の唾液がソファに滴るくらいにキスを交わし、そしてビヨンの後孔がぐちゅぐちゅと音を立て始めた頃にようやく唇を離すと、まだ少し疑うような目をしたビヨンがニースを見た。

「本当の本当に本当ですか」
「本当の本当に本当。だからビヨン、続き、しよ」
「そういうところが信じられないんです……!」

 ニースの軽い口ぶりにビヨンは怒ったように言ったが、どうせこれからすることの照れ隠しが半分だ。
 気にせずビヨンのズボンを脱がせ、下肢を露わにさせた。ビヨン自身は一度も触れていないにも関わらず、完全に天を向いていた。

「ここからだと本当に全部見えるな。なあ、ビヨン、自分で挿れて」

 ニースの体に馬乗りになったのはビヨンだ。そしてこの体勢ではそれが妥当だ。
 だがビヨンは目を泳がせ頬を染め、無理です、と答えた。しかし今は、切り札がニースにはあった。

「ビヨンがやってくれないと、俺、またAVとか見ちゃう。かも」
「ッ………!」

 ビヨンはその言葉にぐっと顔を顰め、そして何の躊躇いもなくニースのものを掴み自分の後孔に宛がい、体を沈めた。
 何の前触れもなく体に埋め込まれ、ニースも思わず息を詰めた。体重の力も借りて挿入されたそれはいつもよりも奥深くまでぎちぎちと入っているようだった。
 だが、それが苦しいのはニースよりもビヨンだ。それでも気丈にニースを見下ろし、言葉を発した。

「ま、だっ、そんなことを言うんですかっ……! ばかっ!!」
「冗談だって……! ほんとに、冗談だからっ、痛っ」
「冗談で傷つく人もいるんです!」

 その言葉と、挿入したままぽかぽかと殴ってくるビヨンの拳を受け止めてニースは反省をした。
 そして態度で示さねばならないなと、ビヨンの腰に手を添えた。

「本当にごめん。気持ち良くしてあげるから、それで許して。この体勢じゃビヨンに動いてもらうしかないけど」
「……気持ち良くしてくれたあとにいっぱいキスもください。そうじゃなきゃ、許しません」
「分かった。愛を込めてしてあげる」

 全く可愛い注文をしてくるビヨンに微笑むと、ビヨンは少しずつ腰を上げて、そして勢いよく降ろした。騎乗位なんてほとんどしたことがないため、それは不器用だ。
 だがビヨンの動きに合わせてニースも下から突き上げると、ビヨンの腰は勝手に快楽を求めて動き始めた。

「あっ、あ……んっ……」
「上手いぞ、ビヨン」
「んっ、んっ、はぁっ……!」

 その動きが少しずつ激しさを増していき、肌のぶつかりあう音がリズミカルに聞こえてくる。
 ニースからは結合部がよく見え、粘膜を纏った自分自身が出し入れされる様や、ビヨンの顰められた眉、唾液に濡れる唇が更に欲情を誘った。

「んっ、あっ、んっ、ニースっ」
「気持ち、いい?」
「きもちいいっ、あっ、あっ……!」

 ビヨンの口から漏れる声は、DVDの女優などとは比べ物にならないくらい甘い。
 やっぱりこっちのほうが最高だ、とニースは目を細めてビヨンを見上げた。

「ニースっ、ニースっ、でるっ、でる……っ」
「いいよ、キスしてあげるから」
「んっ、あ、あっ、あっ、あぁああっ……!!」

 長く尾を引く声を上げ、ニースの手のひらに精液を迸らせた。
 汗でじっとりと濡れた体を再びニースに引かれ、片腕で頭を抱きしめられて甘くキスを交わす。
 息も整っていないビヨンの咥内を舌で蹂躙し、ビヨンの望んだように何度もキスをした。

「はっ……はぁっ…はぁ……っ」
「落ち着いた? 落ち着いたら、もう一回」

 ビヨンの尻を精液のついた手で軽く撫で、ニースはそう言った。と、ビヨンの表情は硬くなった。

「……え」
「俺がまだイってない。もう一回しよう」
「……疲れました、一人でしてください」
「……………AV見て?」
「もう!!!! いい加減に!!! しなさい!!!!」


 翌日、ニースはビヨンの目の前でAVを全て捨てさせられた。


***

2010.09.20
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