イナズマジャパン。
アジア予選に負けたこのチームに引き抜かれてから、しばらく経った。
チームにも慣れ、ようやく個々の性格やプレイスタイルも覚えられたと思ったが、どうにもこの男だけは慣れなかった。
「ビヨン! 練習おつかれさま! 一緒にシャワーを浴びに行こう!」
「はい、行……」
「キャー! ニース! 練習おつかれーっ!」
「ありがとう子ネコちゃんたち!」
ビヨンに話しかけたと主たら、すぐに女の子たちの群れに体を向ける。
この男、ニース・ドルフィン。ビヨンよりも先に日本に引き抜かれた男で、ビヨンと同じくチームから一人で日本に来ていた。
親近感を覚えられよく話しかけられ、その上部屋数が足りないから、と相部屋。自然と一緒にいる時間が増えるが、このニースの何を考えているのか分からないところやすぐに女の子に対して鼻の下を伸ばすところが理解できず、ビヨンはよく頭を悩ませていた。
「……。シャワー、先に行ってますよ」
「あっ! 待ってくれ! じゃあな子ネコちゃんたち!」
つかつかと歩き出したビヨンの後ろで、ニースが慌てて女の子に手を振る。そしてビヨンの隣まで追いつき、歩き出した。
やたらと高い位置にある金髪を横目で見てビヨンはため息をついた。
「……貴方はいつもいつも、毎回違う女性にデレデレして。恥ずかしくないんですか」
ニースは頭上に「?」マークを浮かべ、ビヨンを見下ろした。
「何だ? 嫉妬か?」
「…………」
どこからそんな結論に至るのか。ビヨンは遠い目をして、ニースの言葉を無視した。
「おいおい、無視するなよー! 寂しいだろ!」
「知りません」
ニースの言葉に冷たく返して、おいて行くようにずんずん歩き出す。そのビヨンの腕を掴んで、ニースはビヨンを振り向かせた。
ビヨンは面倒そうにニースを見上げ……ようとして、ニースの顔がずっと下にあることに気付いた。
「……な」
「俺はいつでも君が一番だよ、ビヨン」
「キャーッ! ニースが!」
ニースは跪き、ビヨンの手の甲にキスをしていた。ここはまだフィールドだ。ニースに声をかけた女の子も、日本のチームメイトもたくさん見ている。
ビヨンは口をぱくぱくさせ、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
「……な……な」
「愛してるよ、ビヨン」
ニースが上目でビヨンを甘く見つめる。その目にビヨンの限界が突破した。
「何やってんですかこんな人目のあるところでー!!!」
「う、うわ、うわああ!?」
――シザース・ボム!
ぼーん!とすさまじい砂煙が舞う。
跪き無防備なニースに文字通りの必殺技をかまし、ビヨンはフィールドから走り去った。
煙の晴れたところで女の子たちがニースの元へと駆け寄った。
「ニース! 大丈夫!?」
「あ……、ああ。子ネコちゃんたち」
「あのビヨンって子、許せない! ニースの冗談を真に受けちゃって、」
そう憤慨する女の子の言葉を遮ってニースは言った。
「冗談じゃないよ。彼も二人きりのときは可愛いもんさ」
「…………えっ?」
「じゃあな、ありがとう! 俺はビヨンの機嫌を直してくるよ!」
とびきりの笑顔を向けて、ニースはビヨンを追いかけるように走って行った。
その背中に、女の子は口を開けて呆けるしかなかった。
「ビヨン―! ごめんごめん!」
「……本当に反省しているんですか」
「してるってば。俺が愛してるのはビヨンだけだよ」
「……。キス」
「はいはい。ちゅ」
「……二度と人前であんなことしないでくださいよ」
「愛してるよ、ビヨン」
「…………はい」
***
2010.07.08
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