騎士は、常に命がけだ。

「サージェス!」
 無機質な白い壁に囲まれた空間へ、突然花が舞い込んでくる。といっても本物の花束ではない。
 淡い藤色の髪をふわふわと揺らしてサージェスのベッドに駆け寄ったのは、この惑星の女王だ。
「姫様! わざわざ来てくれたんですか」
 女王になっても尚カトラを「姫」と呼び可愛がる騎士団長は、彼女の顔を見るなり特大の笑顔を向けた。
 キエル王宮にある医務室、その中でも重傷な患者専用の部屋のベッドにサージェスはいた。先の魔物討伐にて左腕を大きく負傷、魔物の持っていた毒と出血多量による意識不明の状態が暫し続いたせいだ。
 しかし発達した医療とサージェス持前の回復力ですぐに復活、負傷した腕にはまだ分厚く包帯が巻かれてはいるがほとんど毒も抜け、つい一週間ほど前まで生死の境を彷徨っていたようには見えない。
 ベッドの上で身体を起こしているサージェスの左手にそっと触れてカトラは俯いた。
「サージェスが怪我をしたという報せを聞いてとても心配していました。ですが毒に触れてはならないとずっと会わせてもらえず……」
「ははは! 議会のお偉い方はあの魔物の毒を理解されてないようですね。空気で伝染したりなんかしないのに」
「その通りだ。傷口と牙が触れて感染するものだからな」
 カトラの後ろから遅れてポトムリが部屋に入ってきた。一人用の狭い医務室は、それだけで定員になる。
 カトラは小さく頷いて、サージェスの左手をいたわるように撫でた。
「ええ。私も分かっております。……王宮を守る騎士のお見舞いが遅くなってしまっては、女王失格なのに」
「姫様」
 未だ思うように動かせない左腕にカトラの傷ひとつない白い指先が触れると、それだけで力が漲ってくるように感じるのは錯覚だろうか。
 じんわりと浮かんだカトラの瞳の涙には気づかないふりをして、サージェスは右手でぽん、とカトラの頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。姫様がこの俺を思ってくれてる。それだけで150%元気になれますから」
「サージェス……」
 にっ、と笑ったサージェスにカトラの表情も安堵に緩む。
「そうです。姫様は俺の前では常に笑顔でいてください。その笑顔のために俺達はがんばってますからね」
「っ……はい、覚えておきます」
 いまだ瞳は潤んでいるものの、カトラは柔らかく微笑み、サージェスにそう返した。
「……カトラ様。そろそろお時間です。お部屋に戻らねば、侍女が叱られます」
 ポトムリがカトラの横顔に声をかける。カトラはそれに頷き、それでは、と言った。
「サージェス。しっかり療養して完治させるのですよ。私も、できるだけ早くにまた来ますからね」
「ええ。姫様が会いに来てくれるなら、怪我も悪くないかもしれないですね」
 サージェス、とカトラが咎めるように名を呼び、そしてくすりと笑う。それだけでこの空間は蕾が綻ぶふわりとした芳香が漂うようだた。


「カトラ様をわざわざ連れ出したのはお前だろ? ポトムリ」
 カトラを部屋まで送り届けたらしいポトムリが再び医務室の扉を叩いた。他の騎士団のメンバーは訓練の時間で、この部屋に訪れるのはポトムリくらいだ。
 扉を開けて顔を見るなりサージェスにそう問いかけられたポトムリは、静かに扉を閉じた。
「あまりにもカトラ様が苦しそうで見ていられなかったのだ。侍女には固く口止めしておいた」
「やっぱり本当はまだ面会禁止令は解除されてないんだな。姫様には悪いことをしたな……」
「私への感謝の言葉は無しか」
「ああ、感謝してるぜポトムリ!」
 取ってつけたような返事にポトムリも小さく溜息をつく。しかし何よりもカトラが第一の男相手には想定内のことだった。自分も同じくカトラが何よりも一番なのだから、同じ立場であれば気持ちは一緒だ。
 ポトムリはサージェスのベッドの傍らに置かれた椅子に腰かけた。
「お前がそんな調子ではカトラ様の心労が絶えない。早く騎士団に復帰してくれ」
「そうしたいのは山々だがな。……実のところ、いまだに左腕の感覚が戻らん」
 右腕で頭をがしがし掻きながら少し困ったようにサージェスが笑った。シーツの上に投げ出された左腕はカトラに触れられたときのままの形でそこにあった。
 ポトムリが眉を顰めてサージェスの左腕に目を落とす。
「毒がまだ残っているのか? 消毒は毎日しているんだろう」
「医者が朝と晩にやってくれている。まあ、心配しなくとも時が経てば戻るんだろうが」
「そもそも一週間程度であの重傷から復活しただけでも化け物なんだ。本来は数か月もかかるのに」
「あんまり褒めるなよ、ポトムリ」
 目尻を下げてだらしなく笑うサージェスには嫌味も通じない。ポトムリは己の額に手を当てた。
「……お前と話すと疲れる。私も部屋に戻るぞ」
「待てよ」
 椅子から腰を上げようとすると、サージェスの右手がポトムリの腕を掴んだ。何だ、と視線で返す間もなく、ぐっと白いベッドの上へと引かれる。
「サージェスっ、」
「寝てばかりで体力が余って仕方がないんだ。付き合ってくれないか」
「……何をというのは聞くだけ野暮というものか」
 ポトムリの頬に己の頬を擦り付けてサージェスが言うので、ポトムリは半眼で睨む。右腕で強くサージェスの左肩を押し返そうとして、途中で止めた。
「何だよ、お前まで気遣ってくれてるのか?」
「病人に手を上げる趣味はないからな」
 いつものサージェスに対するポトムリならば、サージェスがそうして身を寄せればすぐに突き放してつんと逃げる。しかし抵抗も途中でやめたポトムリにサージェスはふっと笑った。
「別に、感覚がないだけで痛くもなんともないんだぜ。いつもみたいに叩いてくれてもいいのに」
「まるで私がお前に手を上げてばかりだというような言い方はやめろ」
「事実だろ」
 でも嫌いじゃないぜ。サージェスは笑って、ポトムリの細い顎を骨ばった指でなぞる。くっと上を向かされて唇に熱く視線を向けられれば、キスをしていないというのに、まるでしているような錯覚を受けた。
「カトラ様も、こんな体力バカの心配はするだけ無駄というのに」
「何か言ったか?」
「いや。何も」
 ポトムリの顔を覗き込んだサージェスに、押し返そうと上げた右腕をそっと肩に添えて唇を受け入れた。


 騎士団が訓練中で、なおかつ医者があまり献身的にサージェスの部屋に訪れなくて助かった。
 ポトムリに鍵をかけさせて、サージェスは彼をベッドの上へと完全に引き上げる。上体のみを起こした自分の下半身を跨がせるようにして座らせ、再びキスをした。
「ん、」
 緩く舌を絡ませると、くちゅ、という音と共にポトムリの鼻から吐息が漏れた。相変わらず、男のくせにやたらと欲情を煽る声を出す。
 舌を離して名残惜しく唇に吸い付き、そのまま唇の端、顎、頬を伝って耳へ。ちゅ、ちゅ、と軽く食みながら唇を動かし、辿りついた耳に舌を這わせる。
「っ……」
 一瞬ぴくりと身体を震わせたポトムリは、しかし抵抗しなかった。他の惑星には丸い耳を持つキエル人とよく似た生命体もいるようだが、サージェスにとってはこうして触れて楽しめる長い耳のほうが良い。
 尖った耳の先に吸い付いたり、舌を尖らせて耳の形をなぞったり、窪んだ箇所に舌先を軽く押し当てたり。わざと唾液の音を立てて耳を舐ると、ポトムリの肩が揺れる。
「あまり、そんな場所ばかり構うなっ……」
「何でだ? 耳が弱いの、知ってるぜ」
「ッ」
 サージェスが低く、そして甘く耳元で囁くと、ポトムリが再び分かりやすいほどびくりと揺れる。それが楽しくて、サージェスは暫くポトムリの耳を舐ることで遊んだ。
 軽く息を吹きかけて、指先でくにくにと弄んで。サージェスが愛撫するたび、おもしろいほどにポトムリが脱力していく。
「サージェスっ……!」
「うん?」
 抗議の声が上がるもサージェスは取り合わない。しかしポトムリの手が緩くサージェスの寝間着を握りしめたので、サージェスはようやくポトムリの耳から意識を逸らした。
「するならちゃんとしろ!」
「分かった。耳だけでもう我慢できなくなったってことだな」
「違う! ッあ、」
 サージェスは耳から右手を離し、そのままポトムリの身体をなぞるようにして下げて下肢に触れた。そこは微かに熱を持ち始めている。
 服が汚れると、言外に伝えてきたポトムリの視線を受けてサージェスは彼のベルトに触れた。しかし、両手でも毎回外すのに苦労するポトムリの服は片腕のサージェスには脱がせられない。
 結局ポトムリがほとんど自ら服を脱ぎ捨て、いまだ太陽光の入る明るい室内にてサージェスの目の前に下肢を晒した。
「俺が怪我してから自分でしてたか?」
「するわけがないだろう。私たちはもう子供でもないんだ、そう頻繁にせずともっ……」
「俺はいつでもポトムリのことを考えて抜いてるけどな」
 サージェスはポトムリ自身に触れた。だがやはり、片腕では愛撫が一か所に集中してしまうのが難点だった。もっと全身でポトムリを愛撫したい。どろどろの快楽に濡れるポトムリの表情が見たい。
 サージェスはポトムリの唇を舌でなぞって、あ、と言葉を発した。
「……何だ」
「今日は腕が一本しか使えないからさ、こっちは自分でやってくれ」
「…………はあ?」
 サージェスの提案にポトムリは再び瞼を半分閉じる。こっち、とは、今サージェスが右手で触れているほうか。
 言うや否や、サージェスはこれが良案だと、ポトムリの左手を掴んで熱を持ったポトムリ自身を握らせた。
「おい、サージェス!」
「ちゃんとそっちは扱いてろよ。俺は挿れたいからこっちを解す」
「ばッ……、別に、こんなことしなくたっていいだろうッ」
 ポトムリの抗議はサージェスには届かない。サージェスは薄いポトムリの尻の肉を掴み、その奥に窄まる後孔に指を伸ばした。
 久しく触れていない敏感な場所を撫でられてポトムリの身体が竦む。さらにサージェスの唇が再び耳に這わされたので、ポトムリは脱力した身体を持ち上げる気力も失った。
「ふ……ッ、く、」
「やっぱり固くなってる」
 サージェスが耳元で言葉を発するたびにポトムリは小さく息を漏らした。それを楽しみながら、人差し指を孔の周りでゆるゆると動かす。向かい合っているこの体勢では見えないが、そこがひくつくのが指先から伝わった。
「ほら、前も扱いてくれよ。ポトムリは気持ちよくなったらここも緩むからさ」
「知るかッ……!」
 吐き捨てるようにポトムリは言った。それでもゆっくりと彼の左手が自身を愛撫し始める。サージェスの言葉に従ったというよりも、己の身体の負担を極力減らしたいという気持ちからのようだった。
 それでも、「ポトムリが自身を扱いている」という事実は変わらない。見ようによっては彼の自慰にも見える。というよりも、ほぼ事実、そうだ。
「最高だな、これ……」
「無駄口を叩いている暇があったらお前もなんとかしろッ……」
 ポトムリがサージェスを睨む。睨みながらも左手が動いているので、とてつもなく目に毒だ。サージェスはごくりと喉を鳴らし、ポトムリの唇に吸い付いた。
「ん、っん……」
 何度もディープキスを交わしているせいでポトムリの顎はすっかり唾液まみれだ。それを気にすることもなく、サージェスは右手でポトムリの体内を解していく。
 片腕が使えないというのも、たまらなく不便ではあるが、良いところもあるようだった。ポトムリ自身からと、そして後孔から、くちくちという水音がしはじめる。
 サージェスの太くごつごつした指が三本入る頃になってようやくサージェスはポトムリの舌を解放した。サージェスですらじんと痺れるような気がする舌先だ。しつこく絡め舐り吸ったポトムリの舌は赤くだらしなく口外に垂れた。
「お前は……、いちいち、しつこい……」
「死にはしない。それよりも挿れるぞ」
 サージェスがまたポトムリの尻肉を掴む。ポトムリは小さく息を吐いて、寝間着の上からでもはっきりと天を向いていると分かるサージェスの熱塊を露出させた。
 何度見ても慣れないらしいポトムリがサージェスのそれを見て、う、と声を漏らしたが無視することにする。ポトムリの腰を引いて熱を持った己の上に移動させ、窄まりに先端を押し付けた。
 ポトムリは眉を顰めながらも、ここまできて今更生娘のように恥じらうことはない。後ろで快楽を得る方法も知ってしまっているのだ。サージェスが導く通りにゆっくりと腰を下ろし、熱塊を体内に受け入れた。
「は……、あ、ア……っ」
 身体の重さを借りてポトムリは全てを受け入れる。しかしそれで終わりではない。震える息を吐き出しながらも再び腰を上げ、そうしてまたゆっくりと奥深くまで挿入させた。
「その調子、だ、ポトムリ……ッ」
「っふ、……は、ッ、……」
 サージェスは右手でポトムリの腰を支えることしかできない。完全にポトムリに動きを任せて、その様子を目で楽しんだ。
 日の光に照らされた白いポトムリの肌が行為によって赤らみ、上気した頬、真っ赤に腫れた唇からは苦しげながらも確実に色を含んだ吐息が漏れる。
 声だけでもイけそうだ、とサージェスは思う。左腕が治ったら、あまり荒げられることのないポトムリの甘い声を、どうにかして思い切り上げさせて楽しもう。想像だけで興奮して、ポトムリの体内におさめられた自身が嵩を増す。
「くッ……! サージェスッ」
 ポトムリが抗議するように呼ぶ声ももはや甘い嬌声にしか聞こえない。宥めるようにサージェスはポトムリの唇に口づけた。
「愛してるぜ、ポトムリ」
「――あ、ッんう、……は、あ、ぁ……ッ!」
 とどめにひとつ、ポトムリの耳を甘く低く責めれば一発だった。生暖かい体液がサージェスの腹を汚し、サージェスを銜え込んだ肉壁もサージェスの熱を搾り取るように動く。
 その締め付けにつられてサージェスもポトムリの体内で果てた。愛する者の中で射精する久しぶりの感覚。サージェスは欲求が満たされる幸せを感じながら、荒く息をつくポトムリの頬に口づけた。



「もう、しばらくは見舞いは必要ないな。もちろんカトラ様のも」
「そんな! 姫様に会えないのは嫌だ!」
 部屋の換気をして、ベッドの上のサージェスを叩き落とすようにしてシーツを変えて、ポトムリは何事もなかったかのような顔をしてそう言った。サージェスが悲痛な表情を浮かべてポトムリを見る。
「安易に欲情できる身体なんだ。十分に元気ではないか」
「そりゃあ股間の腕は元気だけど、左腕は」
「カトラ様の名を呼ぶ口でそういう発言をするな」
 ポトムリのきつい睨みが飛んできたので、サージェスはひゅっと息を飲んだ。こういうときのポトムリはとてもとても恐ろしい。
「わ……わかりました……」
「……まあ、そのうちにまた連れて来てやる。それまでに腕も治しておけ」
 こちらも兵器専門ではあるが毒について少しの勉強をしてきてやろう。
 そう最後に付け加えたポトムリに、サージェスは微笑んだ。



2014.02.06

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