※ウォーズ時間軸につきカズとユウヤの職業等バレ注意


「……あれ……、カズ、君……?」
「ユ、ユウヤ? ユウヤじゃねえか!?」
 神威島、ダック荘。高度経済成長期の街並みを再現したこの島の外れに建てられた学生寮は、世界観に合わせて、懐かしい造りをしている。
 その学生寮の娯楽室の一角にて上がった声に、その場にいた神威大門の学生たちは振り返った。
 ただでさえ目立つ声を上げたというのに、そこにいた者は学生とは異なる私服を着ており、更に目立っている。
「ど、どうしてカズ君がここにいるんだい? 八神さんのところにいたんじゃ……」
「お前だって、世界中を旅してるんだろ? この間はピロシキ食ってたじゃねえか」
「食べてたけど、あんな事件があったし、ジン君の教え子がどんな子達なのか気になって……」
「俺だって、八神さんの仕事でこうして神威大門の平和を守ろうと」
 ハーネスの紫色の制服を着た一人の学生の前で、私服の二人、カズとユウヤはそんなやり取りをしていた。
 彼らは正確には神威大門の生徒ではない。ハーネスに所属した一人の生徒によって呼び出され、協力を仰がれてここにいる。
 数日前にユウヤが呼ばれ、そして今日、カズが呼ばれた。カズとハーネス生が初の会合を果たしているときにユウヤがたまたま通りがかり、今に至る。
「お二人とも、海道先生のお友達なんですか?」
「う、うん。そうだけど……」
「それなら話が早い! カズヤさんも、ユウヤさんと一緒にウォータイムに参加して下さい!」
 ハーネス生がカズの手を取りそう言った。カズを呼び出したのは他でもなく、スカウトするためだったらしい。ユウヤもそうして頼まれて、結局断り切れずに、現在は所属上はハーネスとして、ジンの指示の元で戦争ごっこのようなLBXバトルをしているのだ。
 ユウヤはカズの反応を窺った。カズもユウヤ以上に、頼まれると弱い性格をしている。
 案の定彼は刈り上げた後頭部を掻き、満更でもなさそうに笑っていた。
「う〜ん、そうだな……。よし! 俺も手伝ってやるよ!」
「やった!!」
 にっ、と笑ったカズにハーネス生が喜びの声を上げる。カズの答えはユウヤの予想通りだった。
「それなら早速、カズヤさんの分も小隊を編成しないと。海道先生にも伝えておきます!」
「おー、よく分かんねえけど宜しくな! またジンやユウヤと一緒に戦えるとはな」
「そうだね……」
 カズが楽しそうにそう言うので、ユウヤは、はは、と笑って返した。その顔が少し引きつっていることに、この能天気な髪型をしている男は気付いていない。
 もちろんハーネス生もユウヤの表情には気づかぬまま、それじゃあ、と手を上げた。
「とりあえず、明日のウォータイムから海道先生に指揮してもらうことになります。今夜は、えーと、ユウヤさんの部屋が空いてるので、そこに泊まってください」
「えっ!?」
「これから宜しくお願いします、カズヤさん!」
「ん? ああ!」
 そうして慌ただしく去って行ったハーネス生には、ユウヤの戸惑いの声も届かなかった。娯楽室に取り残されたカズの隣で行き場を失った右手をぱたりと下げる。
「何かアイツ、ユウヤと同じ部屋に行けって言ってたよな? 案内してくれるか?」
「……いいよ……、もう、僕の部屋でじっくり話を聞かせてもらうよ……」
 ユウヤが地を這うような声を出してもカズは呑気に頭にハテナを浮かべるだけだった。



「で、八神さんのところでの仕事と学校はどうしたの」
「学校は、一応神威との単位互換の手続きを済ませて、神威島の潜入調査っていう八神さんの仕事を……」
「その髪型、どうしたの」
「オシャレだろオシャレ。似合ってるか?」
「……なんで、ここに来るって教えてくれなかったの」
「それはお互い様だろ!? ユウヤだって、世界中を回るからって連絡も疎遠になってたし、日本に来るなら連絡くれたって良かっただろ」
 それぞれのベッドに腰掛け向かい合って、久しぶりに面と向かって会話をする。その久々の再会がこんなにも刺々したものになるとは思っていなかった。いや、そもそも、ここで再会することが予想外だった。
「う、それはそう……だけど。でも落ち着いたらちゃんと連絡するつもりだったよ」
「俺だって、八神さんに言われてここに来るまで結構忙しかったんだぞ。ジン以外に、特にユウヤがこんな場所にいるなんて思ってなかったし」
「そんなオシャレしてる暇があったのに?」
「……ユウヤ、俺の髪型バカにしてるだろ……?」
 ユウヤが口をへの字に曲げてカズを見る。カズはそんなユウヤに苦笑した。久しぶりの再会だというのに、ユウヤのご機嫌はななめだ。
「分かったよ。俺が悪かったって。いつでもユウヤが俺の元に帰って来れるように、俺の居場所くらいはマメに伝えておくべきだったな。ごめん」
「……、その言い方も、なんだかずるいね。言わせた僕が悪者みたいで」
「まあまあ、もういいじゃねえか。どういう経緯にしろ、久々に会えたんだからさ」
 そう言ってカズがユウヤの頭をぽんぽんと撫でる。狭い寮の相部屋はベッドとベッドの間隔が狭く、ほとんど大人である今のカズが腕を伸ばせばゆうに向かいのベッドのユウヤの頭に届いた。
 カズに触れられて、ユウヤは絆されているような気がして一瞬むっと頬を膨らませたが、しかしカズの言うことも一理あるかと目を伏せた。
 実際、二人がこうして顔を合わせたのは一年ぶりだった。
 ミゼル事変が終わった後、すぐに世界を回る旅を始めたユウヤは、日本にいることがほとんどなかった。たまに彼の命の恩人とも言えるジンとA国で会ったりはしていたようだが、ずっと日本に残っていたカズと会うのは本当に久しぶりだった。
 しかし、これでも二人は恋人として付き合っていた。ディテクター事件の頃に始まった関係で、会うことがなくともメールや電話のやり取りはしていた。ここしばらくの連絡が疎遠になっていたのは事実だが。
 巡り合わせてくれたハーネス生の偶然の配慮によって同部屋になった二人が、それを心の底で喜んでいないわけがない。
 カズの屈託のない表情にユウヤも小さくため息をつき、付けたままであったマフラーに手をかけた。
「……そうだね。カズ君に会えたのは嬉しいし。改めて、久しぶり」
「ああ。久しぶりだな。髪、伸びたな。似合ってるぜ」
「ありがとう。でもカズ君は似合ってないよ」
 ユウヤがマフラーを外すと、黒髪がふわりとベージュのコートに広がる。ユウヤの手厳しい意見にカズは笑った。
「分かったって。なあ、それより、隣に座ってもいいか?」
 カズがそう聞いてきたので、ユウヤは頷いた。ほとんど成人している男二人分の体重に安物のベッドが悲鳴を上げる。だが気にせず、ユウヤは隣に座ったカズの肩にことん、と頭を置いた。
「会えて嬉しい」
「俺も嬉しいよ。初めから、このくらい素直に喜んでればなあ」
「だって悔しかったんだもの」
 カズが片腕を持ち上げてユウヤの頭をくしゃりと撫でる。その手に擦り寄るようにしたユウヤにはカズの眉も下がる。
 ユウヤはカズの肩に額を擦りつけるようにして、はあ、と息を吐いた。
「久しぶりのカズ君の匂いだ……。外見は変わってもこれは変わってないね」
「そうかあ? 自分じゃわかんねえけどな」
 汗の匂いなのか、とカズは己のTシャツに鼻を寄せる。だがよく分からないまま終わった。
 ユウヤがカズへと身を寄せて、カズの手に手を重ねた。
「カズくん、」
「ん? ……ん、」
 ユウヤが顔を上げてカズの唇に唇を合わせた。ん、と軽く触れて、すぐに離れるのかと思えば少し離して再び唇を合わせる。
 舌を出して絡めるような口づけをしていると、ユウヤの腕がカズの首の後ろに縋りつくように回る。カズもまたユウヤの頭に置いた手で黒髪を指に絡め、深く唇を重ねた。
「は……、カズくん」
「ユウヤ、俺、さっき神威に来てから風呂も入ってねーんだけど」
「そんなのいいよ。後でお風呂については教えてあげる。だから」
 しよう? と言ったユウヤは、付き合い始めた十四歳の頃からはかなり成長し、色気が出ていた。ゴクリとカズは唾を飲みこむ。そして唇の端を吊り上げて笑った。
「健全な学生寮で、しかもそのスタートで、こんなコトをすることになるとはなあ」
「嫌なのかい?」
「嫌じゃねえよ。ユウヤこそ、今更嫌とか言うなよ?」
 ユウヤはカズの言葉に一瞬きょとんとして、ふっと笑った。
「……言わせてみて。僕が嫌がること、してみてよ。何されても、カズくんなら構わないから」
「は……。ドン引きだな」
 顔を見合わせて笑い合う。二人部屋に与えられていたベッドの片方だけが、ぎしりと軋んだ。



2014.01.16
(途中放置のままかなり経っていたので供養)

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