はじめはただの話し相手、遊び相手だった。幼い子が人形相手にするそれと同じだ。少し違うのは、その人形も話をして動くこと。
ただの人形ですらずっと遊んでいれば愛着が沸くもので、普通の人間として動く彼らにフェイが愛情を持つのは至極当たり前のことのようだった。
「それでさドリル、その店ではね……」
しかも彼らはフェイと一緒に成長してきた。体格の違い、性別の違いはあるが、彼らはフェイの“複製”である。ほとんど双子のような感覚でずっと接してきた。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるさ。変なお菓子が売ってたんだろ?」
「……そうだけど。つまんないな」
双子と言っても、すべての記憶を共有できる双子だ。ほとんど自分である双子だ。話の相槌は打ってくれても、フェイの記憶は彼らの記憶でもある。だからデュプリはフェイの話す言葉を全て知っていた。
「そんなこと言うなよぅ。俺たちだって……」
「ごめん。君たちを傷つけるつもりで言ったんじゃないんだ」
フェイはすぐに眉を下げて、今言葉を発したキモロ、そして他のデュプリ達に謝った。その部屋にいたのは、ドリルにキモロ、ストロウだ。
普通の選手ならば一体の化身を出すのにも苦労するというのに、フェイは三体のデュプリという化身を当たり前のように出して会話をしていた。
試合などで、十体近くのデュプリを必殺技を交えて動かすのはフェイにとっても少し骨が折れる。だが部屋で普通に会話をする程度ならば幼い頃からよくしてきていたことで、フェイにとっては大したことではなかった。
「じゃなくて、そうそう。その変なお菓子だよ。天馬たちの世界で見つけてきたやつ」
がさがさと荷物を漁ってフェイがいくつかの包みを取り出した。頭がよくなる飴やら、美人になるラムネやら、そんな言葉がキャラクター入りでファンシーなラベルに書いてある。それはよくあるバラエティグッズであった――フェイの時代にはないものだが。
それをフェイはひとつひとつテーブルに並べた。
「びっくりだよね。老廃物を出すとか何かのサプリとかそういうわけではないみたいなのに、飲むだけで外見が美人になれる薬なんて、こんな昔から存在してたのかな」
ラベルの文字を読みながらフェイがそう言う。もちろんそんなお菓子の効能は冗談だ。その証拠に、これはジョークですと裏に小さく注意書きがされてある。
そしてフェイも、まさかこれが本当にそのまま効果が出る薬だとは思っていない。だからこそ「変なお菓子」と言ったのだ。
「試したいの? フェイ」
「うん。そのために持ってきたんだし」
ストロウの不安そうな声にこたえて、フェイはひとつの包みを手に取った。その包みのラベルには「エッチな気分になるチョコレート」とある。まさに冗談満載、バラエティグッズらしい品物だ。しかし一番現実的なものでもある。
「チョコレートは確かに遥か昔、ジャンヌ達の時代の頃から興奮を引き出すものとして見られていたようだし。これなら効いちゃうかもね」
かさかさと袋を開けていく。中には個包装された、キャンディのような丸いチョコレートの粒が10粒ほど入っていた。
それをひとつ摘まみとって、アルミを剥いてからフェイは一番近くにいたキモロにあーんと差し出した。だがキモロは首を振ってそれを拒否した。
「たっ、食べられないよ!」
「知ってる。でも口は開けられるでしょ?」
「ん、むぐ……」
デュプリは実在するものではないから、飲食はしない。幽霊というよりもロボットに近いが、呼吸もするし、身体の造りもほぼ人間でエネルギーはオイルではなくフェイの体力だ。
だが飲食のできないデュプリでも、その代わりに術者であるフェイが何かを味わえば同じ味を感じられた。キモロの、他の人間と何ら変わりのない赤く湿った口内にチョコレートを押し込んで、フェイはいたずらっぽく笑った。
「どう? おいしい?」
「分からないっ、フェイが食べなきゃ俺たちなんにも味わえないよぉ」
「うん、そうだね」
舌は湿っていても味覚を感じる機能がないのだ。五感のなかで唯一味覚だけが失われているのは、普通の人間ならば必ず必要な飲食が彼らには不要なのだということの表れか。なによりも「実在していない」ことを思い出させる。
キモロにそう言われて、フェイは小さく笑って顔を寄せた。
「ごめんね、いじめてるわけじゃないんだよ。わ、いっぱい溶けたね」
「んむう……」
キモロの頬に添えた手、その親指をキモロの歯の間に差し込んだ。少し尖ったキモロの歯の隙間から赤い舌と、そしてその上でとろりと蕩けて小さな粒になったチョコレートが見えた。無理やり口を開かれたキモロはフェイを見上げたが、その瞳は外からは見えなかった。
手を添えたほうではない頬に軽く口づけて、フェイはキモロの唇に舌を這わせた。唇にもチョコレートがついていたのか、少し甘い。
「ふ、ん……」
そしてキモロの口は開かせたまま舌先をキモロのほうへと伸ばす。キモロもまたフェイの意思も手伝って舌先を突きだすと、チョコレートまみれの舌がフェイのそれに触れた。瞬間から、甘い香りがキモロの口の中にも広がる。フェイが味を感じた証拠だった。
赤い舌同士を擦り合わせて、唾液までも飲み込む。キモロの口の中で溶けたチョコレートを全て奪うようなフェイの舌にますます甘い香りが乗る。シナモンだろうか。ほんの少しの刺激も含まれたチョコレートだった。
その場に発現させられていたドリルとストロウも、キモロと同様に味を感じていた。フェイが同じデュプリにキスをしていることももう彼らにとっては日常、当たり前のことだ。それでもストロウは恥ずかしそうに視線を逸らしていたが、ドリルは口の中に広がる甘さに酔いしれていた。
「はぁっ……、うん、甘いね」
「んん……」
キモロから唇を離してフェイは言った。唾液の伝った顎を手の甲でごしごしと擦って、キモロは赤くなった顔を俯かせた。デュプリの中でも彼は“こういう行為”にとても敏感で、そして疎かった。いや、そういうキャラクターになるようにフェイが作り上げた。――だからこそ、ついつい“そういう行為”で構いたくなるのだが。
キモロが顔を俯かせてしまったので、新しいチョコレートの包みを開けてフェイは今度はドリルの口にそれを放り込んだ。そうして、また同じように舌の上で蕩けたチョコレートを舐めとる。それをさらにストロウにもやって、時間をかけて三粒を胃におさめた。
「どうかな、効くかな?」
今しがたまで濃厚なキスをしていたストロウに寄りかかる。ストロウはされるがままフェイの手のひらに身体をなぞられていた。抵抗が意味のないことも知っていたし、そもそもフェイがそれを望んでいなかったからだ。
ドリルほどではないにしろ自分よりも大きくしっかりした身体を持ったストロウの腰に手を添えて、すっと下ろしていく。下腹部まで辿りついて、そこにあるものを確認した。
もっとも、本来ならば確認するまでもないのだが。だって、デュプリの興奮はフェイの興奮と同じなのだから。
「うん……、ちょっと、エッチな気持ちになってきたね」
「フェイ」
ストロウのそれは微かに反応を示していた。フェイの状態とまったく同じだ。フェイはストロウの呼びかけに応えず、そのまま自分の衣服に手をやった。が、すぐに思い立ってドリル、と呼ぶ。
「脱がせてくれる? 僕が自分で脱いだら一人でするのと何も変わらないから……」
「おう」
フェイの頼みにドリルはすぐに応じた。オレンジ色の服の前をはだけさせて、それをさらに剥く。すぐに露わになった白い肌には適度な筋肉がついていた。
そして露わになった肌にフェイがドリルの手を導くと、それを得たというようにドリルは指先を滑らせた。フェイのまだ薄い肩から二の腕、胸へとドリルの手が這い回る。自分一人でするのでは味わえないゾクゾクとしたものが背筋を駆けのぼった。
「ん……、ドリル、優しくしてね」
「俺がいつ痛くしたさ」
ドリルはキモロとは逆に、デュプリの中でも“こういう行為”に慣れたキャラクターとしていた。その通り、次々にフェイにキスを落としていくさまはいかにも慣れている風だ。
首筋にひとつ、鎖骨にひとつ。唇を落としていって、ドリルはフェイの乳首に触れる。まだ柔らかく縮こまるそこにドリルの指先が触れた瞬間、フェイの肩はぴくりと動いた。そしてそれは同時にキモロの身体もだった。
ストロウやドリルも一瞬眉を顰めるが、フェイやキモロほどではない。性的な接触に弱いのは、施しを受けているフェイ自身と、そしてそんなキャラクターに作られたキモロだった。
「や、やめろよっ……」
「キモロ、触られてないのにぴくぴくしちゃうね……っん、」
「ひぃ……っ!」
ドリルの指と舌がフェイの乳頭を捏ねる。柔らかいだけだったそこは少しの刺激ですぐに硬く隆起し、つんと天を向いた。
白い肌の上に薄く色づいていただけの乳頭が刺激を受けるたびに形を変えていく。そしてそのたびにフェイとキモロは身体を震わせ、快感を感じた。
実際にドリルに愛撫されているフェイなら当然だ。しかし何もしていない、されていないキモロは体の内側から湧き上がる性感にひたすら身体を抱いて耐えるしかない。
味覚を共有することができるデュプリは、快感すらも共有できた。
「ストロウ、キモロと遊んであげて。いっぱい気持ちよくさせてね」
「えっ、えっ」
「……フェイの命令だから」
フェイにそう言われて、ストロウが動く。術者の命令ではあれど、心優しいストロウは一人快感に耐えているキモロを放っておくこともできなかったのだ。
キモロを後ろから抱き寄せて髪の毛の間から耳を探し出し、食む。フェイから伝わる快感に身悶えるキモロはそんな刺激にすらびくりと肩を震わせた。
「ん、ストロウやさしい。キモロすぐイっちゃうから、控えめにね」
「ひうっ……!」
ストロウの手がキモロの服の内側に伸び、ドリルがフェイにそうしているように乳頭に触れた。
術者の快感がデュプリの快感であるならば、デュプリの快感も術者の快感である。フェイはドリルにされている愛撫とストロウがキモロにしている愛撫を身に感じ、小さく息を漏らした。
「ひゃ、は……っ」
「ふ、ぅんっ……」
ドリルとストロウの愛撫は対照的だ。
ドリルは的確に、感じる部分を責めてくる。早々に高みまで追い上げて、しかしそのくせ一番最後の砦を崩すことはせず、ギリギリのところでどこまでも焦らす。
ストロウは感じる部分を知っていて、そこを敢えて避けるようにして愛撫してくる。そうして敏感な身体にしあげて、早く責めてくれと言ってしまいそうになるほどにじっくり責めてくる。
どちらが良いかと聞かれても、眉を顰めて悩んでしまう。どちらも上手いから、下手な相手よりは良いのだが。
「……ん、ふっ……」
フェイがふたたびテーブルに腕を伸ばして、先ほどの袋を手に取った。そして中からチョコレートを一粒取り出し、アルミの包装を開ける。茶色く丸い粒を自分の唇上下で挟んで、そばにいるキモロとストロウのほうへと近づく。
後ろから胸を愛撫されているキモロは目の前に近づいてくるフェイの意図に気づき、顔を逸らした。だがフェイがそれを許すはずもない。頬に手を添えて、唇に挟んだチョコレートをキモロの唇に近づけた。
「んうう……」
唇を閉じたままキモロが唸る。だがドリルの指か、ストロウの指か。それがキモロかフェイの乳頭を爪先で引っ掻いて、急な快感にキモロの唇が開いた。
隙間にチョコレートを押入れて、ふたたび舌を絡めるキスをする。鼻から抜ける息にチョコレートの甘い香りが乗る。
キスを嫌がっていたキモロも、はじめてしまえばこちらのもので、快感に弱い身体はフェイの舌に必死についていくように蠢いた。
「気持ちいい、ね、キモロ……?」
「あぅ……、ふあ……っ」
唇を離すと唾液がぽつりと落ちる。ストロウの愛撫でもすでに蕩けているのにフェイとのキスで完全に陥落したキモロは、フェイの言葉に頷くだけだった。
キスをしてチョコレートを味わっている間にもドリルとストロウの手は動き、胸から下肢へと伸びる。すっかり勃起してしまったそこは服を汚していて、濡れた沁みを作っていた。
「ちょっと興奮しすぎじゃねえか?」
「仕方ないよ、お菓子が効いてるんだもん」
ドリルのからかいにそう応える。すっかり全裸に剥かれたフェイは、同じくストロウによって裸に剥かれようとしているキモロの隣に腰を落ち着けた。
ストロウはキモロの衣服を脱がせ、その服を脇に放る。フェイよりも幾分小さい身体はしかし感じているさまを体全体で伝えていて、上下する胸の頂はストロウが弄り抜いたせいで赤く熟れていた。
フェイとキモロが隣同士で寝転がると、より一層眺めは壮絶となる。よく似た肌の色と乳頭の色、そしてどちらも腹につきそうなほどに勃起した性器が先走りで濡れている。
似ていないようでどこか似ている二人の痴態に、ドリルとストロウの喉もこくりと鳴る。散々体の内から快感を共有させられていた二人も、そろそろ下腹部がつらい頃だ。
「ん……、入れ、る?」
「慣らしてねえぞ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。僕はちょっとくらい痛いほうが好き……あ、キモロは違うかもしれないけど」
「ひっ……」
フェイの慎ましく窄まる後孔にドリルのそれが触れた。それを指の腹でくっと開くようにして、隙間に埋め込んでいく。
とてつもない質量がごりごりと、とんでもない場所に入ってくる感覚にフェイは背を震わせた。無理やりこじ開けられるような感覚。犯されている気分。だけど、何より満たされる気がする。
フェイがドリルの性器を受け入れると同時に、キモロもまたストロウに足を開かされていた。ストロウはドリルと違って、挿入前には必ず周到に慣らす。それがまた焦らされているようで堪らないということをストロウは分かっていない。
ストロウの指がキモロの体内に入り、ぐにぐにと動く。飲食をしないデュプリには最も不必要な箇所に思えたが、こんな用途にでも使えるのならばむしろ良かったか。
「あっ、んっ、きもちい……っ」
ドリルの太い性器がフェイの体内で脈打つ。感じる部分を的確に突くドリルのピストンによって初めの頃に感じたこじ開けられる感覚は次第に消え失せ、快感だけが残った。
片足を高く抱えられ、横抱きにされてもっとも奥まった場所にゆっくりと何度も突き上げられる。カリ首の部分がいいところに当たる瞬間がたまらなかった。
「ストロウも、早くいれて……?」
「で、でもまだ」
「大丈夫、壊れないよ。平気だから」
フェイの快感を共有して喘ぐキモロは返事をしない。ストロウはしばらく迷って、そして己の衣服を寛げた。他の三人と同じように天を向いている。
それをまったく慣らしきれていないキモロのそこに押し当てて、ゆっくりと中に挿入していく。フェイから伝わる快感に必死になっていたキモロは、自分の体内にやってきたリアルな感覚に背筋を伸ばした。
「あっ、あーっ、すと、ストロウっ……」
「……、う……っ」
慣らしきれていなく、フェイよりも小柄な身体に挿入するのはストロウにとっても少しつらいところだった。その痛みがドリルにも伝わったのか少し眉を顰める。だがドリルはそれを打ち消すようにフェイに腰を打ち付け、責める側としての快感をストロウに分けた。
そのおかげで多少の痛みが取れたストロウはキモロの片足を抱え、改めて深く奥まで差し入れた。フェイのそれもキモロもそれも、きゅうきゅうと締まるそこはまるでドリルとフェイを掴んで離さないかのようだった。
「もっと動いて、ドリル……」
「ああ、フェイ」
「ストロウ、ストロウぅ……!」
「……キモロ……」
お互いに逆の片足を抱え上げられたフェイとキモロは、自然と向い合わせになっていた。もうチョコレートはいらない。柔らかい唇同士をくっつけて、ちゅ、ちゅ、と夢中でキスをする。
どの快感が誰からもたらされているのか、はたまた自分が受けているのか。もはや分からないが、快感が四倍になった身体は限界を訴えていた。
「あ、んんッ、でちゃう……っ!」
「はァっ、ひぃ、ぅうう――……!」
「……っ!」
「は……っ!」
四つ分の息が重なった。フェイが強い快感を感じたことでデュプリ達の身体にも快感が走ったのだ。びゅく、と腹に精液が迸る。二度、三度に分けてどくどくと溢れ出てきた量に、己の興奮具合を思い知らされた。
そして、今しがたまでここにあったはずの三つの影はフェイの射精と共に消えた。術者の体力がなくなればデュプリも消えてしまう。現実に戻される、何よりも嫌な瞬間だ。
フェイはのろのろと身体を起こして、腕をテーブルへと伸ばした。掴むのはティッシュではない。そこに置かれた袋だ。
「一日一粒、用法用量を守って正しくお使いください……、一人一粒で考えたらセーフ、かな」
フェイは空になったアルミの個数を数えて、次はどう遊ぼうかと少年らしい無垢な瞳でおよそ少年らしくないことを思案しはじめた。
2013.02.13
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