試合でスタンドプレイをすることが多いとは言えど、別に普段の学校生活でまでそんな精神を貫いているわけではない。
総介は手にしたペンをくるくる回しながら、図書館の管理ラベルのついた本をぺらりと捲った。
「この本ではさっきのまとめのほうが正しいみたいだけど。総介のほうはどうだ?」
「んー……俺のはこっちのほうが合ってる気がするな」
そう言ってまた本をぺらりと捲る。
総介は今貴志部の家にいた。学校の課題である、地域の発展の歴史を探るとかなんとかとかいうグループワークをやっつけるためだ。グループワークとは言っても二人一組で組まされた課題であり、クラスで他に特に親しい相手もいなかったからと総介と貴志部は組んだのだった。
図書館からそれぞれ借りてきた本は普段ならば興味もまったくそそられないようなタイトルの本だ。嫌いではないが別段この地域のことを深く知りたいなんて思うこともない総介はこの課題にまったく意義を見出せずにいた。
それでも真面目にグループワークに取り組み、貴志部と協力しながら着々とレポートを上げていく総介の姿はサッカー部で単独プレイをする彼の姿とはだいぶ異なっていた。
「ふうん。どうしようか」
「だいたい、本によってまとめが違うってことは解釈が色々できるってことなんだよ。俺達で適当にどっちか決めて書けば良いだろ」
「じゃあ総介の本に従っておこう」
貴志部がそう言ってペンを走らせる。レポートの一番最後のまとめの部分をやっつければ課題は終わりだった。総介の持つ本の最後のページの文章を少しずつ変えながら写していく。適当に二、三行にして最後に句点をつけて、完成だ。思ったほど時間はかからなかったが、興味がないせいでやけに長く感じた課題だった。
「総介、ここに名前」
レポートタイトルの下に自分の名前を書いてから貴志部が紙を総介に渡す。羅列するように貴志部大河の下に滝総介と書いて、ペンを机に放り投げた。
「ようやく終わった……」
「疲れたな。休憩にしよう」
貴志部は完成したレポートをファイルに挟んで、カバンにしまってから立ち上がった。いつのまにか空になっていた二人分のグラスを手にして、部屋から出ていく。おかわりを持ってきてくれるのだろう。
総介は放り投げたペンを筆箱にしまいながら手持無沙汰に伸びをした。勉強は言うほど嫌いなわけではないのだが、興味のないものに時間をかけて取り組むのはやはりどう考えても有意義には感じられなかった。まあ、もう完成したのだから課題のことは忘れよう。
図書館では話しながら相談ができなく教室は他のクラスメイトも課題をしていてうるさい、総介の家では快彦が遊んでいるからと、消去法で貴志部の家に来ていたのだが、ここへ来たのは片手で数える程度の回数だった。
片付いてはいるのだがどこか物がごちゃっとしている。総介の部屋よりは雑然としていて、快彦の部屋よりは整頓されていた。
「お待たせ、……って何を人の部屋じろじろ見てるんだよ」
「エロ本でも落ちてねぇかなと」
お盆を手にして戻ってきた貴志部に冗談交じりの適当な返事をする。本当に探していたわけではないが、男の部屋に遊びに行くときの常套句だろう。
当然ながら貴志部もそれを真実とは受け止めずに笑い、テーブルにグラスを置く。色の濃いジュースだった。
「そういえば今度の紅白戦、化身は出しちゃいけないんだってさ」
「へえ。まあ化身を出すと力の差がつきすぎるしな」
「それと必殺技も禁止らしい。個人の運動能力と身体能力だけを見たいからって監督が言ってた」
「必殺技まで? それはまた」
テーブルにかじりつく課題が終われば結局する話はサッカーのことだった。昨日のテレビ番組の話もすればクラスの友人の話もするが、最終的に行きつく先はいつもここだ。
ベッドに背を預けて総介はグラスを傾けた。友達の家に行くことはあまりないのだが、貴志部の部屋はなぜだか程よく落ち着けた。
「でも総介はいいよな。柔軟性があるし、足も長いし」
「足の長さは別に身体能力とは関係ないだろ」
貴志部のどこかずれた褒め言葉に肩を落としてそう返す。柔軟性はともかく、それは体の造りの話だろう。
それに身体能力だけで言えば貴志部もそれなりに良いものを持っている。特にどの部分が秀でているというわけではないが、全ての面を才能よりも努力の力でカバーしていた。そしてそれを総介は羨ましく思っていた。もっとも、プライドの高い総介がそれを貴志部に伝えることはないのだが。
「いや、総介の足は長いのに柔軟な筋肉もついてるから……なんというか、馬みたいな」
「……まあ、化身もナイトだし」
「しなやかだけど屈強な感じ。とにかく俺は持ってない足だから羨ましいよ」
貴志部の、男にしては大きめの瞳が笑みの形を作る。睫毛までびっしりと生えた和泉ほどではないが貴志部の瞳は愛らしく、見る者の警戒心を解かせた。
そんな瞳で褒められると悪い気はしない。自信家の総介に対してならば尚更だ。だから言葉を噛みしめている間に話が進んでいて、一瞬反応が遅れた。
「そうそう。齧ってみたいくらいに」
「齧っ……は?」
「齧ってみたいくらいに羨ましい。なあ、総介、一回足を齧らせてくれないか?」
いつのまにか貴志部が総介のすぐ隣にいて、あの無邪気そうな瞳が覗き込んできていた。総介はぽかんと口を開けて、しかしすぐに尻で後ずさる。
「なッ、なんだよ!?」
「一回だけでいいから、一噛みだけでいいから!」
ひっ、と総介は鳥肌を立てた。男の足を噛みたいだなんて、冗談にしても気持ちが悪すぎる。ドン引きして貴志部を突き飛ばそうとするのだが、その貴志部の先ほどまでは無邪気に輝いていた瞳が不穏な色を滲ませ始めたせいで持ち上げた腕が怯む。
背中にはベッド。浮き出た背骨が、ベッドの木枠をゴリゴリと擦っている。つまり後ろに逃げ道がない。
「貴志部! なんなんだよっ」
ふざけているのならそろそろ潮時だ。だが貴志部のまるで肉食獣が草食獣を捕獲するような瞳は変わらずに総介を捕えている。
突き飛ばしてもいいものだろうか。そう悩んでいるうちに、先に行動したのは貴志部のほうだった。
貴志部の腕が総介の足を捉えたのだ。制服越しに脹脛をがっちり掴まれて、その足を宙に浮かされる。
「うわッ」
片足を持ち上げられて総介の背骨がまたゴリゴリとベッドを擦った。不安定な体勢に掴まれた足をばたつかせて貴志部を蹴り飛ばそうとするも、離す気のないらしい貴志部は頑なに動じない。それどころか掴んだ片足を空いている手でなぞりあげられて、総介はさらにぞわぞわと鳥肌を立てた。
「貴志部ッ! いい加減にしろ!」
大きめの声を出せば貴志部は家にいるはずの母親を思い出してやめるかもしれない。そう考えて怒りの口調を強めたのだが、総介の考えを見通しているのか、貴志部は言った。
「どんなに助けを求めても、母さんはさっき夕飯の買い出しに出かけたから意味ないぞ」
「は……」
どうやらこの行為には相応の準備を持って挑んでいるらしい。貴志部の言葉に総介はようやく、これが冗談や遊びではないのだと悟った。貴志部の瞳にふたたびいたずらっぽい色が宿った。
「総介の足、」
言いながら、貴志部の手が足を撫でる。制服の裾から手を差し込まれて総介はできうる限り尻で後退した。しかし貴志部は逃がさぬようがっちりと足首を掴みながら、そうしてゆっくりと制服を捲っていった。
少しグリーンがかった制服がゆっくりと剥かれ、膝の下あたりで弛む。ソックスにも手をかけられて脱がされる。膝から下、片足だけ剥き出しにされても総介は貴志部を睨み見ることしかできなかった。
貴志部の意図は分からない。本当に足を齧りたいのだろうか。そもそも齧るとは何だ。それは血が出るのだろうか。痛いのだけは嫌だ。サッカーに支障が出ても困る。
同級生の妙な性癖にぶち当たってしまった。総介は人生で初めてのそんな経験に対応する術を知らなかった。
大人のように脛毛が生えているわけではない総介の足を貴志部はうっとりと撫でる。脹脛にみっしりと詰まった筋肉が肌色の皮越しに手のひらに触れた。ユニフォームを着ているときには見えない裸の足だ。
「おい、貴志部っ……」
「痛くしないから」
貴志部の上体が傾いて、総介はひゅっと息を飲んだ。掴まれた足の脛に貴志部の唇が触れたのだ。
思わずびくりと体を揺らした総介は、思いきり貴志部の頭を蹴り飛ばそうとして、なんとか指先を丸めるだけに留めた。今本気で貴志部を蹴ればその少年らしい顔が潰れるだろう。
貴志部の唇が総介の足を食み、キスとはどこか違うような唇の愛撫を繰り返す。総介が全身に、貴志部の掴んでいる足にも鳥肌を立てているのにそれも気にならないようだ。
そうしてしばらくして、貴志部の唇が開いた。貴志部が食事をしているところは何度も見たことがあるが、こんなにも獣を連想させるような顔をしていたことはなかった。
「……ん、……」
尖っているわけではない貴志部の歯が総介の足を噛む。想像していたような痛みはない。しかしそれでも歯型がつきそうなほどに齧られて総介は顔を顰めた。だがその顔も、貴志部が歯と歯の間から舌を伸ばしてきたことで、さらに歪んだ。
「汚いだろ、バカッ……!」
当たり前のようにあったはずの汚いという言葉の制止を思い出したようにようやくする。だが熱に浮かされたように総介の足を愛でる貴志部には届かない。貴志部は歯でがじがじと噛んだと思えばそこを労わるように舌で舐め上げてくる。これがいっそ血の流れる力であればどれだけ良かったか。貴志部は決して決定打を与えぬまま総介を捕食していた。
「貴志部! いい加減に……ッひ……!」
背筋にぞわぞわとしたものが這い上がってくるのに恐怖を感じて総介が声を荒げると、貴志部は舌をつうっと下降させた。それまでは脹脛を執拗に責めていたのだが、足首、果ては足の甲まで降りてきたのだ。当然ながら総介は大きく身じろいだ。
「汚ねえって言ってんだ、ろ! バカ、貴志部っ……!」
「ん、む……」
しかし変わらず貴志部は総介の言葉を聞かない。それどころか総介の足の指をぱくりと咥え、きゅうと吸った。
今日も一日、朝から練習、昼間は授業、夕方にはまた練習でスニーカーを履き汗にまみれている。その後は制服のローファーで貴志部の家まで歩いているのだ。自分でも何だが、……臭い、はずだ。
しかし貴志部は嗅覚が壊れているのか頭のネジでも飛んでいるのか、総介の足の指、股、足の裏まで舌先でぞわぞわと撫で上げた。たまに噛むことも忘れない。
こそばゆい刺激は総介の背筋の震えを大きくさせた。
「……っく、ひ……ッ!」
性感とくすぐったい感覚は紙一重だ。ぞくぞくと腰のあたりから背中にかけてこみ上げてくるものがある。しかしその名前が総介には分からない。
貴志部の頭を剥がそうとするも、腕には力が入らずままならなかった。始めはあれだけ気持ち悪いと思っていたはずなのに、貴志部の唇や舌、歯の刺激でいつのまにか体の中心が溶かされたようだった。
獣のように外から食らわれていたと思ったが、実際は内部から侵される毒を飲まされていたらしい。ただ足をひたすらに愛撫されていただけで全身の力が抜けてしまった。総介はぐったりとした上体を時折びくりと震わせながら、ひたすらに耐えた。
「総介ぇ……」
久しぶりに貴志部が言葉を発して、それにも思わずびくりとする。力を失わぬよう必死に目に力を込めて貴志部を見たが、果たして効果は薄いようだった。
足の指にも飽きたのだろうか、貴志部の指がまた総介の足を這いまわりはじめる。ゆっくりと膝を撫で、そして太腿へ。
「待、てっ! これ以上は」
「感じた、んだろ?」
「――ぃ……ッ!」
貴志部の手が足の間にするりと入って、総介は声にならない叫びをかみ殺した。ひたすらに足を愛で撫でられただけだ。気持ちが悪いとは思っても決して気持ちよくはなかったはず。
だが貴志部の腕が一瞬触れて、総介のそこは自分でもわかるほど一気に張りつめた。総介は驚き、慌てた。大いに戸惑った。
「離せ! 貴志部ぇ……!」
「総介の足は敏感なんだな。足だけでこんなに固くなってる」
信じられないほどてきぱきと貴志部の手が総介のズボンにかけられる。ファスナーが下ろされる。プライドの高い男として、そんなところを煌々と照らされた室内に晒すのは耐えられなかった。だが内側から蝕まれた身体はぐずぐずと言うことを聞かず、貴志部の手を振り払うこともできない。
やがて眼下に露わになったそれは想像通りのありさまで、総介は涙に視界が歪むのを感じた。
「や、めろよ……! ひっ、あ!」
抜きあいっこなんて、話でしか聞いたことがない。下品なことだ、自分がするのは絶対に嫌だなと思っていた。だが今の自分は、同級生、教室でも部活でも毎日顔を合わせる相手に性器を扱かれている。だらしなく溢れた体液が貴志部の手を濡らしている。
足を触られ舐められただけでこんなにも勃起させていること。その性器を貴志部に慰められていること。ろくな抵抗ができないこと。
全てが情けなくて、総介は唇を強く噛みしめ滲む涙を腕で隠すことしかできなかった。
「……嫌? 総介」
「嫌に決まってんだろ! 離せよ!」
言葉にも力が入っていない。だが出来うる限り突き放すように言うと、貴志部は少し手を止めた。考えているように、うーんと唸る。
だが、それも暫しの間。総介と目が合った貴志部は、目と口ですうっと笑みの形を作った。
「――総介のそういう顔、すごくいい。もっと食べたくなる」
「な、……はァ……っ!? ッあ、んぅ……っ!!」
ぞくりと、何度目か分からない悪寒を感じたのもつかの間、貴志部はまたくっと腰を曲げて今度は総介のむき出しの下腹に唇を落とした。その唇が向かう先を知っている。腰を引く逃げ場所はもう数センチも残されていない。
唾液の多量に溜まった貴志部の口腔がしっとりと総介の性器を包んだ。舌が、口の中が、たまらなく熱い。今度こそ溜めきれなくなった涙がぽつりと落下する。その涙は下腹部に顔を埋める貴志部の髪の中に消えていった。
「ひ、ッん、う、うぅ……!」
AVやら漫画やらで、ここ一年の間に新しく知ったばかりのフェラとかいう行為。気持ちいいのかな、なんてちらりと考えたことはあったが、実際にやってもらいたいと思ったことはなかった。
だが、貴志部の口や舌の動きは本来のフェラとはきっとどこか違う。あれは本当に純粋に「気持ちよさ」を求める行為のはずだ。だから、こんなに歯が当たることもないはずだ。
貴志部が歯を当てないように口淫しているとは感じられない。男の急所に歯が当たるなんて、フェラをされた経験がなくても同じ男ならばその恐怖がわかるはずだ。だが貴志部は何度も歯を総介の性器に当ててきた。
食べる、という言葉を思い出して総介の喉がひくりと鳴る。今ここで貴志部の歯が噛み合わされたら。本当に食われたら、どうなってしまうのだろうか。
そんなことを考えれば恐怖に萎えてもよさそうなのに、貴志部の舌は巧みに総介を追い上げたまま熱を冷まさせることがなかった。
「んッ、ぐ、んんっ……ふ、――……ッ!」
「……! んっ、……」
そうしているうちにあっけなく、総介は全身を震わせた。二、三度びくびくと跳ねると、そのたびに貴志部の喉がこくりと鳴る。
――射精してしまった。同級生の口の中で。急激に冷えていく頭は再び総介に強い嫌悪感と、そして羞恥を与えた。
先ほどまでとは少し違う涙が溢れそうになって、貴志部が顔を上げる前にとごしごし目を擦る。だが一足遅くばっちりと貴志部に顔を覗きこまれた。
「んだよ、クソ……ッ」
「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだけど、あまりにも総介の足が美味しくて……」
「意味わかんねえこと言うな!」
この期に及んでまだそんなことを言う貴志部に今度こそ強く返す。すると貴志部は打って変わってしゅんと項垂れ、眉を八の字に寄せた。
「本当にごめんって……もうしないから、な?」
「当たり前だ!」
手を合わせた貴志部に思い切り顔を顰めてそう言った。だがそのすぐ後に、でも、と貴志部が付け足した。
「今度はぜひ、腹筋と背筋も噛ませてほし……」
「死ねッ、変態ッ! 帰る!」
ようやく炸裂させることに成功した総介の蹴りは貴志部の脇腹に強くヒットした。
2013.02.02
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