デュプリとは、フェイの生み出す化身のひとつである。
 一人の時間を埋めたいと思ううちに、いつのまにか出現させることができていた。化身という括りにはなるのだろうが、実際は普通の人の形をした、知らない者が見れば人間にしか見えないものだ。
 普通に呼吸もすれば喋りもする。実体もある。食事だけは必要ないが、フェイと共に成長もしてきた。
 また、そもそもデュプリ一人一人はフェイが考え作り上げたキャラクターである。だからデュプリはフェイが考えたそのキャラクターを演じるために、フェイが考えたわけではない台詞を吐いた。
 マッチョスは屈強な筋肉を持っていて全てを受け止める存在。チビットは小さくて足が早くて、その割に几帳面な性格。
 そうして作られたデュプリは、出現させている間はフェイの意思を介さずとも自由に動き、喋った。そう、まるでフェイの普通の友達のように。
 だがもちろん、発現させているのがフェイである限り、デュプリの行動を操ることも容易いことであった。


 ――寂しい男だ。いや、こんなの男らしくもない。人間の尊厳なんてどこかへ消えた、動物の本能しか持っていないオス。

「……んっ、は、ううっ……」
 じゅく、とありえない場所から濡れた音を部屋に響かせてフェイは熱い息を吐いた。誰もいない部屋。冷えた空気があたりに漂い、余計に一人なのだと感じさせる。
 薄い緑の髪がフェイが頭を振るたびにさらりと揺れる。その髪も額に触れる部分は少しの汗を吸いぴたりと張り付いていた。
 下肢には何も服を纏っていない。じっとりと汗ばんでいる内腿の間には腕が差し入れられていて、指はその奥へと入り込んでいる。
 性欲処理は年頃の少年ならば誰でもする行為だろう。だが愛撫している先は通常ならば触れているはずの性器ではない。もっと奥まった場所だ。
「ぁ、あ……っ、ふ……!」
 指先が性感を引き出す場所に触れたのだろうか、フェイはぴくんと肩を跳ねさせ再び髪を揺らした。薄く開いた口からは絶え間なく甘く濡れた吐息が漏れている。
 フェイの指の動きや快感を感じているさまは、この行為に慣れているということを表しているようだった。明らかに初めての行為ではないらしい。また、ぴくりと肩が震えた。
「――キモロ」
 少年が行為を始めてから初めて、口からはっきりとした言葉が発せられた。その直後に一瞬暗い室内が明るくなり、そして先ほどまではいなかったはずの人物が現れる。
 突如としてベッドの上に発現させられた濃い緑色の髪の少年――キモロは、フェイの姿を一瞬見て、そしてすぐに顔を逸らした。
「キモロ、ね、お願い」
 フェイは指をそこから引き抜き、キモロの手を握った。キモロはその前髪の長さと部屋の暗さでよく分からないが頬を赤く染めて、嫌だと言うように首を振った。
 しかしフェイは指を絡めた指とは逆の手をキモロの頬に添えた。顔を近づけて唇に軽くキスをする。そのキスはまるで幼い子が友達や兄弟に遊びのように、戯れにするようなものだった。
 フェイは前髪で見えないキモロの瞳を覗きこむようにして、懇願した。
「今日は君としたいんだ。僕のわがままに付き合って」
「で……ッ、でも、それは」
「僕もあんまり、無理やり君たちを動かすのは嫌なんだよ。お願い……」
 キモロの唇、頬にキスを落としながらフェイが言う。デュプリの中でも最も謎に満ちたキャラクターであるキモロ。口を開かせると常に飄々としていてつかみどころがなく、だが心に熱いものを秘めているさまを感じさせるキャラクターだ。
 そのキモロもこんな状況でフェイに懇願されて、いつもならば軽く口から出てくる言葉も消え失せてしまった。
「キモロ……、キモロぉ」
「フェ、フェイっ……!」
 フェイの唇がキモロの首筋をたどり、そして服の上からだんだん下肢の方へと降りていく。キモロは発現させているフェイの意思でなければ消えることができない。だから逃げることができない。
 せめてもの抵抗にフェイの頭を手のひらで押すが、それもフェイの意思が“キモロとセックスがしたい”である以上、抵抗もろくな力が入らないのだった。
 ――化身とセックスをするなんて、酔狂にもほどがある。
 化身とはその人物の“気”が具現化されたものである。つまりほとんど、自分自身であると言っても過言ではない。
 つまり化身とセックスをするということは、最高の一人遊びなのだ。フェイもそれを分かっている。だからフェイのデュプリであるキモロをそれを理解している。
 キモロがフェイに抵抗するのは、フェイに残った最後の理性の部分なのかもしれない。しかし本能が勝っているフェイの前には理性もあっさり崩れ落ちる。
「ん……、キモロの」
 キモロの服を全て剥ぎ取って、フェイはキモロの足の間に顔を埋めた。
 FWとして動かすように作り上げたキモロというキャラクターは、細いながらも両足にしなやかな筋肉をつけていた。その足の間に身体を入れてフェイはキモロの中心を指と舌で触れた。
「わッ、う、んぅっ……!」
 フェイの指と舌は慣れているようにそれを擦り上げた。じゅるじゅると思わず耳を覆いたくなるような音すら聞こえてくる。
 デュプリとは言えほとんど人間と同じであるキモロの性器から溢れる体液は、デュプリと自分以外のを味わったことがないから分からないが、これもきっと普通の人間の味をしていた。
「フェイっ、ダメ、だっ、出る……っ!」
「キモロ、早い……」
 そういう身体にしたのはフェイだ。キモロは隠れている耳まで真っ赤にさせて足をばたつかせた。だがその足を身体で抑え込むようにフェイはキモロに跨り、ずっと天を向いていた己の性器とキモロのそれとを突き合わせた。
「でも、今日は僕も我慢できそうになかったんだ。だから今日の相手に君を選んだ。ドリルだと、いつも長いから……」
 喋りながら、フェイは腰を前後に動かした。性器が不規則に触れ合う。かと思えばすぐに離れる。もどかしい感覚だ。キモロは喉の奥で唸った。
「ストロウでも良かったんだけどね、今日は僕がフェラしたい気分だったんだ。女の子達は相手にできないし……」
 フェイは次々とデュプリの名前を挙げていく。その間も性器はフェイが腰を動かすたびに触れては離れた。
「……だから今日はキモロがいい。挿入もいらない」
「ひ――っ!」
 突如としてフェイの手のひらがキモロと自分の性器を包んだ。ようやく訪れた直接的な快感にキモロは咄嗟に射精しそうになるも、ぐっと堪える。ここで果ててはフェイの機嫌を損ねる。
「あっ、あ、んんぅ……!」
「キモロぉ……、きもちいいよ……」
 フェイの手の中でぐちぐちと二人分の体液が粘ついた音を立てている。フェイが腰を揺らすたびにベッドがぎしぎしと軋み、確かにここに二人分の重量がかかっているのだということを知らせていた。
 手が早くなればその分限界も近づいてくる。いや、限界が近いからこそ手の動きが早くなる。
 キモロは濃い緑の髪を振ってシーツに散らし、フェイに手を伸ばした。その手をフェイが掴みぎゅっと握った。汗ばんだ手のひらの温かさが、デュプリの存在を表していた。
「ッあ、ア――……ッ!」
「キモロぉ、キモロぉ……っあ、あ……!」
 やがて、果てる。二人分の温かい精液がフェイの手のひらを汚す。茫然とそれを見下ろすフェイの身体の下で、また再び部屋が一瞬明るくなった。
 ――化身は、発現者の体力がなくなれば自然と消える。
 射精は男の体力を大きく奪うものだ。射精すればデュプリを出すだけの体力もなくなり、フェイが今しがたまで繋いでいたはずのキモロの手の温かさも消えていた。
 ぺたりとシーツに尻をつき、フェイは精液を拭うこともせず俯いた。心の隙間を埋める行為も、すればするだけ虚しくなるだけだった。
「――だから言っただろ。バカなことはやめろって」
「うるさい。僕の部屋を覗くのもいい加減にしてよ。君の礼儀のなさは猿なのかい」
 一体どこから入り込んだのか、白い髪の少年が立っていた。フェイは剥きだしのままの足を隠すこともせず、ただシーツのほうへと顔を俯かせたままだった。
「フェイ。僕は君のことを想って言ってるんだ。一人で孤独と戦わないために僕たちがいるんじゃないか」
 一歩、白髪の少年――サルがフェイへと近づいた。ゴーグルに隠されることもある瞳は今は何にも遮られておらず、ひたむきにフェイを心配している表情だった。
「だから僕たちにも……」
「だったら」
 フェイが顔を上げ、すぐそばに立つサルを見上げた。その瞳は涙を堪えているのか光をたたえており、サルを縋るように見つめていた。
「君が、僕をどうにかしてよ。僕はもう寂しさを体で紛らわすことしかできない、どうしようもない動物なんだ。デュプリを使うのが惨めだって言うんなら、サル、君がどうにかしてよ……」
 いつだったか、ひょんなことから覚えてしまったセックスの方法。「愛されている」と身体全体で感じられるセックスという行為はフェイの心を虜にした。
 だがそのセックスをしてくれる相手なんているはずがない。そんな中で発現できるようになったデュプリをセックスの相手として使うという方法は、フェイにしかできない、むしろフェイだからこそ可能にできる一番の一人遊びだった。
 サルもそれを知っていた。フェイが寂しさを紛らわせるためにデュプリを発現させて、そして愛を感じられるセックスに惹かれてしまったことを。
「サル。僕とセックスして」
「フェイ、それは」
「……もう、いい」
 サルの瞳に肯定が見えなくて、フェイは諦めたように再びシーツに視線を戻した。もう何も聞きたくない気分だった。
 だがシーツをぎゅっと掴むフェイの手に突然温かいものが触れて、驚きに顔を上げた。
「……サル……?」
「僕の手。あったかいだろ」
 言われて、掴まれた手を見る。常に手袋を嵌めているサルの手が今はむき出しになっており、フェイの手のひらに直に触れていた。
 すっかり汗のひいたフェイの手の甲に触れるサルの手は、温かい。先ほどまで触れていたキモロの体温よりもずっと高い。
「セックスなんてしなくたって。僕にだって、他の仲間にだって、フェイの体を温めることはできるんだ。フェイが一人でいる必要なんてないんだ」
「そんなこと……されたって。僕はもっと確かなものが欲しい」
「フェイ」
 ふわりとフェイの身体がサルの腕につつまれた。冷えた空気が充満していた部屋が、突如として温かくなる。頬にちくちくと刺さるサルの髪がくすぐったい。
「ほら、今、何か感じたんだろ」
「何っ……」
「一瞬君の身体が熱くなったのを感じた。セックスじゃなくても心は満たされた、だろ」
 サルはそう言って笑った。フェイにはそれが何を言っているのか分からない。だが確かに感じた一瞬のぬくもりは、サルがフェイを抱きしめたそのことに起因するらしい。
 フェイは戸惑った。デュプリ以外で人に抱きしめられることもなければ、そうして抱きしめられたときに感じた感情も初めてのものだったからだ。
「フェイ、君は孤独を恐れるあまりに色んなことを知らなすぎる。いや、忘れようとしすぎている」
 サルはフェイの身体をもう一度抱きしめて、子供らしく男になりきれていない柔らかい頬を擦りつけた。フェイの頬も柔らかく張りがあった。
「僕が知っている愛情を、君にも教えてあげるよ。孤独は孤独と一緒に埋めていこう」
「サ、ル……」
 ぎゅっと力を込められた腕に身体の奥から熱が生まれてくるのを感じて、フェイは瞼を閉じた。



2012.01.29

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