我ながら女々しくて反吐が出る。
南沢は本日何度目か数えきれないため息をついた。
南沢と三国が、いわゆる恋人同士になってからちょうど一年が経った。
告白したのは三国のほう。サッカー部の部室で二人きりになったときに告白を受けた。それを嫌ではなかったからなんとなく受け入れ、やがてどんどん好きになっていった。
最近は三国より自分のほうが相手を好きであるようで癪にさわる毎日だ。
そしてそれが顕著にあらわれている気がするのが今日という日。付き合ってちょうど一年という記念日。
こんなものを気にする女子を冷めた目で見ていた南沢自身が今、カレンダーや黒板に書かれた日付を見ては何度もため息をついている。
本当に、女々しくて反吐が出る。
「南沢、部活の時間だぞ」
そして三国は、きっと記念日なんてものも気付かず忘れたまま今日という一日を過ごしていた。南沢の気も知らないでいつものように声をかけてくる。
「ああ、行く」
今日は何の日? なんて質問をぶつけても呆けた顔で、何だっけ? なんて聞き返すのだろう。
本当に腹が立つ。三国のほうから告白してきたくせに。
「何だ、機嫌が悪そうだな」
「別に」
ああ、最高に悪いよ。自分の馬鹿な思考に。
南沢は音を立てて椅子を引き、鞄を担いでサッカー棟へと急いだ。
練習もつい荒っぽくなって、久遠に注意された。
全く気に食わない。こんなことになっているのは自分のせいではないのに。この苛立ちをどこかにぶつけずにいられるか。
「三国、今日お前んち行きたい」
着替えながら、こっそりと横に立って三国に言う。が、三国は渋った。
「いいけど……、今日は母さんがいるぞ?」
「チッ」
思わず大きな舌打ちが出る。本当に何なんだ。今日は記念日なんだぞ。何だか泣きたくなってきた。
「じゃあもういい。俺はもう帰る」
完全に拗ねて、南沢はそう言った。この世の全てが憎い気分だった。
「待て、南沢」
だが三国が南沢を引き止めたので、ふわりと南沢の心は躍った。何か誘ってくれるのだろうか。晩御飯とか、何か……
「制服にゴミが……、よし、取れた」
何だよ!!
今度こそ南沢の頭の血管がいくつか切れた。何かを期待させるような真似はしないでほしい。
心の叫びが通じたのか、三国が少し驚いたように南沢を見た。
「今日は本当に機嫌が悪いな。具合も悪いのか?」
「別にねえよ、ほっとけ」
「でも……」
三国が額に手を当ててくる。予期せぬ体の触れ合いに胸が高鳴った。反則だ、それは。
「やめろって!」
「顔が赤いじゃないか」
「誰のせいだ……!」
周りに部員がいる手前、小声で悪態をつく。南沢の言葉で三国はようやくその意味に気付き、照れた表情を浮かべた。
「いや、すまない、えっと」
「……責任取れよ、今日この後付き合え」
いいチャンスだとこれに託けて、南沢は三国を誘った。家がダメなら部室だ。
「でも、」
「いいから付き合えよ! ちょっとでいいから」
最後はもう必死だった。こんなはずではなかった。ありがたいことに三国は南沢の頼みに折れて、首を縦に振った。
部室から誰もいなくなってすぐに鍵を内側から閉めた。
11人は楽に入るこの部屋を二人で使うにはとても広い。長椅子に座った三国の隣に座り、南沢はぴたりと肩をくっつけた。
「どうしたんだ? 今日は朝からおかしいぞ」
三国はそう言った。まさか本当に風邪を疑っているのではあるまい。
「三国、今日は何の日だ」
「え?」
ほら、やっぱりとぼけた声が返ってくる。南沢はむっとして眉間に皺を刻んだ。
「別に、覚えてないならいい。忘れろ」
「……俺達が付き合って一年だろ?」
だが三国が答えたので、南沢はばっと顔を上げた。
「はあ!? お前、覚えてたのかよ!?」
「そりゃあ、忘れるわけな……って、もしかして今日一日それ考えて」
「ふざっけんな!」
南沢は自分の顔がみるみる熱くなっていくのを感じた。恥ずかしい。ていうか覚えてたんなら最初から言え!
「てっきり忘れてるのかと思っただろ! 俺一人で悶々として馬鹿みたいじゃねえか!!」
「そんなこと言われても、南沢はそういうの好きじゃないと思ってたから……」
「好きじゃねえよバーカ!!」
熱い。一人で恥かいた。腹が立つ。
しかし三国は楽しそうに肩を揺らして笑った。
「そうか。南沢もそういうこと考えてくれてたんだな」
「文句あるか」
「嬉しいなと思って」
その余裕が悔しい。三国はひとしきり笑ったあと、南沢の肩を叩いた。
「南沢、こっち見ろ」
「嫌だ。みっともない顔してる」
「大丈夫だから」
そう言って三国が南沢の頬に触れ、嫌がる南沢の顔を自分の方へと向けた。
人生で一番赤くなった顔を見られたくない南沢は嫌がったが、キスをされたことでその抵抗もやんだ。
「んっ……」
柔らかい唇が触れ合う。軽く押し当てるキスを何度か繰り返す三国の唇を、南沢はぺろりと舐めた。
それを合図にして三国の舌も南沢の舌と絡ませ合う。ぬるりと滑って擦れさせるその行為に没頭した。
「は……」
熱い息が唾液に濡れた互いの唇にかかる。頭の中心がぼうっとして、南沢は三国の肩に額を擦りつけた。
「クソ、悔しい。一年前の今日は別にお前のこと大して気にしてもいなくて、なんとなく付き合ったのに」
制服の開いた部分、肌の見える首筋に唇を寄せて南沢は言った。
「今はお前のことが好きでたまらな……」
「南沢っ」
三国の手がぐっと南沢の肩を掴んだ。首にキスをしようと思ったのに離されてしまった。
三国の顔は赤く、ついさっきまであった余裕が消えてしまったように見えた。
「ちょっとでいいって言ったが、もう少し帰りが遅くなってもいいか……?」
三国の表情と言葉に拒否する理由もない。
「大歓迎だよ」
南沢は笑って、今度こそ三国の首筋に唇を寄せた。
「っは、……っあ、ぁ……っ」
部室でこんなことをするのは、きっと三国は嫌なのだろうが、南沢は燃えた。
制服を中途半端に脱いで自ら肌をさらけ出す。薄い胸板に三国の手が滑り、柔らかい突起に指が絡みつくとそれだけで南沢は切なく声を上げた。
「ぁ、三国、きもちい……」
「まだほとんど何もしてないぞ?」
そんな南沢に三国が苦笑する。感じてしまうものは仕方がないし、こうなるのは誰のせいだ。
三国の指が南沢のそこを擦り、捏ね潰すように動くだけで腰が跳ねた。
「舐めて」
南沢が強請ると三国は躊躇せずに胸に唇を寄せた。
舌で優しく舐め上げられたかと思えば唇で強く吸われる。そうしているうちに南沢のそれはつんと硬さを持ち、上を向いた。
「一年で体も変わるものだな」
三国に揶揄されて、南沢は怒ることもせずに更なる愛撫を求めた。
関係を持った初めの頃は、こんなところを触られても何も感じないとか、くすぐったいなんて感じたらいいほうだった。
それが今はここを触られただけでズボンを窮屈にさせている。
「お前のせいだろ、責任取れ」
「頑張るよ」
三国の手が南沢の下肢に伸び、ズボンを脱がされた。すると南沢は自ら足を広げて三国を誘いこむ。恥ずかしいところも全て晒して三国を強請った。
「早く、三国」
南沢のそれに三国も我慢が利かなかった。愛しい面ばかりが見えてたまらない。耐えろと言われても無理だし、ここで行かねば男ではない。
「ッあ、は……ぁ」
性急に慣らして挿入される。三国のものが奥まで入ってきて、その質量にじんわりと下腹が熱くなった。
挿入されている苦しさは、好きな相手がここにいるのだという証明になって、さらにそれが快感へと変わった。
「動いてっ……」
三国の首に腕をまわして鼻先にキスをする。そうすると三国は小さく呻き、腰を動かした。
熱くて大きいそれが自分の中を出たり入ったりしている。初めは痛くて気絶するかと思ったこれも、今は気持ち良すぎて意識を飛ばしてしまいそう。
「あ、あっ、三国、好き……っ」
「俺も、好きだよ」
三国の低い声で好きと言われるだけで、ここまで感じられる自分に言葉も出ない。
心臓に悪い声を発する場所を塞いでしまおうと三国の唇を舐めた。すぐに三国も応じて無理に繋がったままキスを重ねた。
「んッん、っぁ、んぅ……ッ!」
三国を強く抱きしめたまま、南沢は射精した。制服が汚れた気がする。些細なことだ。
三国も一拍置いてから南沢の体内に精液を吐き出した。それだけで、今達したばかりだというのにまた熱が上がった気がした。
「もう一回しようぜ」
「元気だな」
「許せよ。お前が好きなんだ」
すり、と三国の頬に頬を寄せると三国はまた肩を揺らして笑った。
「本当に、一年前とは全然違う。お前とこんな風になれるなんてな」
「幸せだろ?」
「ああ。俺はとてつもなく幸せだ」
きっぱりと言い切った三国と目を合わせて南沢もふっと笑った。
「俺も、幸せ」
さっきまでの不機嫌さは、もうすっかり消えていた。
*****
2012.05.08
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