「随分遅くなってしまったな……」
誰もいなくなってしまったサッカー棟で、ひとり三国は呟いた。
後少しで何かが掴めそうだと、そう思うと練習をついつい延長してしまって気がつけば部員は誰もいなくなっていた。
汗をかいた額をタオルで軽く拭いながらユニフォームを脱いでシャワー室のひとつの個室に入る。
金のかけられているサッカー部のこの棟はシャワーまでも立派で、中学生男子が一人で使うのも勿体ないほどの広さだった。
カーテンを閉め、蛇口をひねる。ほどなくして水は湯に変わり、湯気がシャワー室に立ちこめる。
換気扇のほうへと流れて行くその湯気に目もくれず、三国は熱い湯を頭から被った。汗が流されて行く感覚。練習後のこの爽快感は何にも変えられないものだと思う。
頭と顔を手でごしごし擦り、それから石鹸を取り出す。手とタオルで適当に泡だてて頭も体も石鹸ひとつで汚れを落として行った。
男所帯の割に髪の綺麗な奴が多いのでシャワー室にはシャンプーやリンスが常備されていたが、三国には必要なかった。
石鹸を使うとやはりただの湯よりもずっと汚れが落ちた感じがしてさっぱりとした。
ほどよい熱さのシャワーの湯が気持ち良くて、なんとなく打たれたまま、ほうと一息つく。今日の晩御飯は何にしようか。そういえば冷蔵庫に豚肉があったな、なんて考えていたときだった。
―― シャッ
突然カーテンを引く音と共に冷気が足首を撫でた。慌てて首を捻って後ろを見る。他の個室が全て空いているのに、誰かが間違って入ってきたとは考えにくかった。
「なっ……南沢?」
そこにいたのはまだ残っていたらしい南沢で、身には何も纏っていない。つまりシャワーを浴びに来たのだろう。
しかし、この個室は今三国が使っている。それともここが気に入っているから早く出て行けと言うのだろうか。
「南沢、今出て行くからちょっと待ってく……」
「別にいい、出て行く必要はない」
そう言いながら南沢がひたひたと三国に近づき、隣に立った。出しっぱなしの湯が南沢の前髪を濡らして行く。
だが三国はそう言われても汚れは落としきったし、流石に男が二人でシャワーを浴びるのもどうかと思って、自分のタオルを掴んでカーテンのほうへと足を向けた。
「……行くなっつってんだろ」
しかし三国の腕を南沢が掴み制した。南沢の髪が濡れて頬に張り付いている。その姿がやけに色っぽくて、三国はごくりと喉を鳴らした。
「なあ三国」
ひたりと足を一歩進めて南沢が三国を見上げてきた。暖かい湯でほんのり上気した南沢の頬、そして血色のいい唇が三国を誘惑した。
「俺が間違いでこのカーテンを開けたとでも思ってるのか」
「思わないが……」
「だろ? お前がいたからここに入ってきたんだよ」
南沢が三国の片腕を抱くようにして体をぴたりと寄せた。湯で温められた素肌が触れ合って気恥かしい。
お互い何も身につけておらず、きっと南沢はそれを狙ったのだろうが、おかしな気分になるなというほうが無理な話だった。
「一緒にシャワーを浴びようって言うのか?」
「背中流し合いっこしてもいいけど」
南沢から心持ち体を離して三国が言う。だがその距離を埋めて南沢は三国を見上げ、笑った。
「他に誰もいないシャワー室で裸同士。付き合ってんならもっと楽しいことしたいだろ」
「それが目的か……」
楽しそうな南沢に三国は弱かった。
三国が、もったいないからと湯を止める。南沢がつまらないというように少し唇を尖らせたが、水だって大事な資源だ。無駄にするのはよくない。
「ホント、そういう所がお前らしい」
濡れて顔に張り付く髪を掻き上げて南沢は言った。褒め言葉として受け取っておくことにした。
南沢がぺろりと赤い舌で唇を舐め、その唇を三国の胸に押し付けた。
「湯の味」
「そりゃそうだ」
味の感想はそのままだった。南沢はちゅ、ちゅ、と三国の体に唇を押し付けながら、膝を折って体を下げて行く。
大体南沢のすることは分かっている。三国はほとんど南沢に任せ、冷えたタイルの壁に背中を押しつけた。
ほどなくして南沢がまだ反応していない三国のものを手に取り、やわやわと指で刺激し始めた。
「せっかくならもっと早く来れば良かった。綺麗に洗いやがって」
そんなところをまじまじと眺めながら南沢が言う。何ばかなことを言ってるんだと三国は応え、南沢の濡れた髪に指を差し込んだ。
濡らしただけで洗っていない南沢の髪の毛は汗をかいているはずなのに指通りが良く、なんだか悔しかった。
「……、お前に撫でられるの、子供扱いされてるみたいでムカつく」
さらさらと指を抜けて行く感触が新鮮で南沢の髪を撫でていたらそう言われた。子供にするように撫でていたわけではないがそう思われてしまったようだ。
しかしその言葉の割には南沢の表情に棘はなく、頬は赤いが満更ではない様子だ。
三国は大きな手のひらを押し付けるようにして南沢の頭を撫で、指で耳をなぞった。
「くすぐってえよ」
ふわりと、学校での南沢しか見ていない者ならば驚くような柔らかい表情で南沢が笑った。この顔を見る度に南沢からの信頼も想いも感じて胸が熱くなる。
そんな三国に気付かない南沢は絶えず手を動かし、そして唇と舌を使って三国の性器を刺激した。
南沢にとっては三国の熱を上げるのは容易いこと。しばらく後の南沢の眼前には、天を向いた三国のものがあった。
「今日の俺、すごく機嫌いいんだけどさ」
「ああ……?」
「精子、俺の顔にかけるか俺に飲んでもらうか。選ばせてやるよ」
突然南沢がそう言った。とんでもないことをすらすらと提案され、南沢の言動には慣れたと思っていた三国も流石に頭を抱えた。
何を言い出すんだこの男は。
「どっちも遠慮するなんて冷めることは言うなよ。顔にぶっかけかお口にごっくんか、選べ」
「お前、そんなことどこで覚えるんだ……」
「好きだろ? こういうの」
男も女も魅了する整った顔で、薄く色づいた薄い唇を釣り上げて南沢が笑う。三国にはもう返す言葉もなかった。
二択を強要された三国は暫し眉間に皺を寄せながら逡巡し、そしてようやくこう返した。
「……顔、で」
こっちがいい、というわけではなく、飲むという南沢の力が必要なものを避けての選択だ。三国の答えに南沢はふっと笑った。
「そっちを選ぶだろうとは思ったけど。まあいいさ」
そう言うなり南沢は手淫を激しくさせた。換気扇だけが静かに動くシャワー室で、先走りと南沢の唾液に濡れたそれが音を立てる。
南沢の容赦のない愛撫で、彼の頭に置いた三国の手にくっと力が込められた。
「ん……、出るか?」
南沢が三国の先端を舌で突いた。そして根元へと舌をつうっと這わせられて、三国の背筋は射精の感覚に震えた。
「っは、南沢……!」
熱い吐息と共に三国は射精した。色づく先端からとろりと零れた白濁の液体が南沢の唇と頬にかかる。
自分の汚いものを南沢の整った顔にかけるという罪悪感と、そして何より興奮で思わず目を逸らす。南沢は唇についたそれをぺろりと舐めて立ち上がった。
「目逸らすなよ、せっかく顔にかけさせてやったのに」
「あっ、あんまり顔を近づけるな!」
「うわッ」
三国がすぐ手元にあったシャワーのコックを捻った。すぐに熱い湯が二人の頭を濡らす。そして南沢の頬についた精液も綺麗に洗い落ちたので、ようやく三国は南沢を直視することができた。
それを面白くないと思ったのは勿論南沢だ。むっと頬を膨らませ、三国が出したばかりのシャワーを止めた。
「つまんねえ。もっと遊びたかったのに」
「もういいだろ」
子供っぽい南沢に三国がため息をついて、いつの間にかすっかり勃起していた南沢自身を掴んだ。
南沢は不意にそこを掴まれて驚いた様子だったが、すぐに鼻に抜ける甘い息を漏らした。
「はぁっ……三国ぅ……」
「そんな声出すな……」
わざとだろう、南沢の媚びるような艶めかしい声にたまらなくなる。今射精したばかりだというのに下腹がずくんと疼いた。
それを誤魔化すように三国が指を伸ばして南沢の足の間に滑らせる。窄まりは硬く閉じ、三国の指を受け入れそうになかった。
「ちょっと我慢しろよ」
南沢に壁に手をつかせ、尻を突き出させる。羞恥を伴う格好にそう断りを入れたのだが南沢は特に文句もなく三国に従った。
形の良い尻たぶを揉み、色づくそこを撫でる。傍らに置いてあったボディーソープを、ほんの少し手に取って指に絡めた。
部のものをこんな目的に使うのは気が引けたが、そもそもこんなところで致そうとしているのだから今更だ。
白くとろりと良い香りのするそれを南沢の窄まりに塗り、中に指を入れた。
「んっ……」
流石にすんなり入っていく。ずぶずぶと簡単に一番奥まで人差し指が入っていったので、指を折り曲げながら指を足していった。
後ろからで南沢の表情は分からないが、白い背中が時折ひくりと震えるので、きっと悪くはないのだろう。
「も……、ゆび何本……」
「二本」
「十分だろ……っ、挿れ、ろよ」
南沢の窄まりには三国の指が二本入っていた。それで十分だと言う南沢の言葉には、からかいと、これ以上の我慢は無理だという意味が込められている。
三国は南沢の限界を察し指を引き抜くと、まだ慣らし足りない不安はあるが、ボディーソープでぬるつくそこに勃起した自身を宛がった。
「痛くても知らないぞ」
「痛くねえよ、お前のチンコなんかっ……ん、あぁあ……っ」
やはりきつい。それでも無理矢理南沢の中へと押し込めて行く。
三国は南沢の片足を持ち上げて抱え、南沢の体を半回転させ横抱きにした。多少無理な体勢ではあるが背中しか見えない先程までの格好よりは良かった。
南沢も片腕を伸ばして三国の首にしがみつくと、痛みに汗を浮かべながらも笑った。
「は……っ、やっぱ全然、痛くねえ」
「そうか」
「あんッ……!」
強がった南沢の言葉に三国は少しカチンと来た。それで挿入していた性器を引き、容赦なく突き上げると南沢の声が大きく響いた。お返しだ。
そのまま腰を動かし何度も突き上げる。獣のような息がお互いの口から漏れる。
一度射精した三国はともかく、南沢の限界は早かった。
「あ、あっ、イきそ……っ、三国っ……!」
「俺なんかのでイくのか?」
「ッん、イく……っ、お前のチンコでイく、あッ、あぁあ……っ!」
甘い声が尾を引いた。これをもし誰かに聞かれでもしていたら首を吊るしかない。今が下校時間も過ぎる頃で良かった。
絶頂の快感でくたりと力の抜けた南沢から勃起したままの自身を抜き、三国はシャワーを再三流し始めた。
その湯で南沢の中に残るボディーソープを綺麗に洗い流す。それまで饒舌だった南沢はすっかりおとなしくなっていた。
だがその最中、二人の足元に冷気が流れ込み、心臓が嫌な音を立てた。
「……誰かまだ残っているのか?」
神童の声だ。とっくに霧野と帰っていたと思っていたのに、まだいたのか。
電気がついているシャワー室を不思議に思って声をかけたのだろう。三国が驚き南沢を見ると、南沢も神童のことは知らなかったらしく僅かに目を見開いていた。
とりあえずここは俺が、と南沢の口を手でふさいで三国が返事をした。
「俺だ、三国だ。さっきまで練習してて、シャワーを使ってる」
「三国さん」
カーテン越しに神童の安心した声が聞こえてきた。幽霊か何かがいるとでも思っていたのだろうか。
だがその後神童が足した言葉に再び冷や汗をかくことになる。
「……、他に誰かいませんでしたか? 二人分の声が聞こえてたような……」
「えっ!?」
思わず南沢と目を合わせた。神童の声の近さから察するに、彼は今そこにいる。シャワーの個室がひとつしか使われていないことを知っている。
ここで南沢が声を上げれば同じシャワーで何をしていたのかと思われる。それはまずい。
「だ……、誰もいないぞ。聞き間違いじゃないのか?」
「そう、ですか……」
自分は今なんでもないような声を出せているだろうか。背中を嫌な汗がだらだらと伝っている。
「俺もシャワーを浴びたら帰るから、神童はもう帰っていいぞ。戸締りはしておくから」
「……分かりました。それじゃあ、お先に失礼します。さようなら、三国さん」
上手く騙せたと、ほっと胸を撫でおろそうとした。
「それと、さようなら、南沢さん」
ぱたんと扉を閉める直前に言われた神童の言葉に、二人は暫く固まったまま動けなかった。
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2012.04.10
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