本当にたまたまで、とてつもなく幸運なタイミングだった。
「三国、かわいい後輩が呼んでるぞ」
何度か来ても全く慣れない他学年の教室。ましてやそれが上の学年のものであると緊張もより増す。
神童は三国のクラスに、部の用事があって訪れていた。休み時間、神童のクラスの授業が早めに終わったので鐘は鳴ったばかりだ。
こちらは今授業が終わったばかりらしい教室の入り口で適当な人を捕まえて、三国を呼び出してもらうように頼む。するとほどなくして目当ての人物、三国が教室のドアから顔を出したのだが。
「お待たせ神童、どうした?」
「……三国さん?」
その顔に一瞬呆けてしまった。いや、顔がおかしかったわけではない。ただいつも見慣れた顔に、ひとつだけ見慣れないものが。
「眼鏡なんて、掛けてましたっけ?」
「ん? ああ、板書の多い授業のときだけは掛けてるんだよ」
三国が眼鏡を掛けていた。縁はあまり太くなく、すっきりとしたデザインのものだ。よく似合っている。
三国の眼鏡姿など見たことがなかった神童はその姿に思わず見惚れた。
「神童?」
「あっ、すみません! かっこよくて……」
「は!?」
「なんでもないです!! それよりあの、今日の部活の練習時間についてなんですけど!」
神童も三国も二人して真っ赤になってしまい、それはもう傍から見ても異様な光景になった。お互いしどろもどろになりながら部の連絡を終えて、神童は逃げるように教室へと走って戻った。
しかし、落ち着いて考えて。
たまたま授業が早く終わって、たまたま三国の授業がちょっと長引いて、たまたま三国の眼鏡姿を見ることができたのはとても幸運なことだった。
そしてその眼鏡という新鮮な三国の姿には、とてもドキドキした。思わず感想を零してしまったが、その通り、かっこよかったのだ。
それからというものその日は一日中、神童の頭の中では眼鏡姿の三国が張り付いて離れなくなってしまった。
授業中も黒板を見れば三国のことが頭に浮かぶ。それはまあいつものことであったが、眼鏡というレアなアイテムが神童をよりドキドキさせた。
今まで眼鏡なんて、自分もかけていなければサッカー部にも速水くらいしか掛けている人がいない、特に気にしたこともないものだったのに。
三国が身につけただけでこんなにも頭を占めてしまうなんて、何だか速水に申し訳なくて、廊下ですれ違ったときに目を逸らしてしまった。
流石に部活では、いつもと同じ眼鏡を掛けていない三国が部室に現れて神童は少しだけ肩を落とした。
いつもと同じように部活の準備を始め、いつもと同じように練習を始める。ただ今日は、音無や監督達が学校の会議に出なければならない関係で、練習も早くに切り上げサッカー棟も閉めなければならなかった。
「5時にはサッカー棟を閉めるから荷物を持って外に出ろ。自主練したい者は学校以外の場所で各自でやるように」
メンバーにそう告げると松風たちは早速河川敷に行く準備を始めた。やる気に満ちた後輩には思わず頬も緩む。
二人また三人と部室から人が減って、最後には数人しか残らなかった。神童も鍵を閉めて音無に返さなければと準備を始めた矢先に、その音無がサッカー棟へやってきた。
「あら、まだ残ってたのね。早く帰りなさい」
「はい」
急かされて、部室に残っていた数人で建物から出る。鍵は音無が閉めてくれるらしく、神童の今日の仕事もここまでだった。
まだ時間は早い。どこか寄るか、なんて会話を部員としていたときに、その中の三国があっと声を上げた。
「悪い、教室に忘れ物してきた。待っててもらうのも悪いし、俺抜きで行ってくれ」
「何忘れてきたんだ?」
「眼鏡だよ。別に持って帰らなくても困らないんだが、高いものだから置いていきたくもなくて」
眼鏡、という言葉が出てきたので神童はぴくりとした。そして次の瞬間には、よく考えもせずに嘘をついていた。
「俺も忘れ物を……、三国さん、良かったら一緒に取りに行きませんか」
「神童まで? 今日は随分みんな忘れ物してるんだな」
「ま、しょうがない。残った俺達だけでラーメン食いに行くか〜」
上手く行った。河川敷に行かない部員は全員連れだって校門へと向かって行き、サッカー棟前に残されたのは神童と三国だけになった。
「じゃ、俺たちも教室に行くか」
「はい」
そして神童は三国とともに、ありもしない忘れ物を取りに教室へと向かった。
学校にはもう人はほとんどいなかった。どの部活も職員会議のおかげで早くに切り上げなければならなかったのだ。
まずは二年生の教室で、机の中、そしてロッカーから適当に物を漁り、特に持ち帰らなくても支障のない辞書を片手に三国の元へと戻る。
英語の宿題が出ていて、と誤魔化すと疑いもしない三国はそうか、がんばれよ、と言ってくれた。
神童の忘れ物が済むと次は三国の忘れ物で、三年生の教室へ向かう。昼間に来たばかりの教室の扉を開けるとそこも他の教室と同様に人はいなかった。
誰もいないからと神童も教室に足を踏み入れた。机の大きさは変わらないはずなのに何だか全てが大きく感じた。
「あったあった。良かった、盗まれてなくて」
三国が自分の机の中を漁って眼鏡ケースを取り出した。その茶色の箱の中にはあの眼鏡が入っている。神童は我慢できず、声をかけた。
「それ、もう一回掛けてくれませんか」
「え?」
三国は問い返し、すぐに昼の神童の台詞を思い出したのか仄かに頬を赤らめた。誰も、かっこいいと言われて悪い気はしない。だがやはり気恥かしい。
毎日何気なく掛けているただの眼鏡なのに、改めて眼鏡姿を見せろと言われてハイ分かりましたと掛けて見せるのは照れてしまう。
三国の戸惑いに気付いて、神童は懇願するように言った。
「お願いします! 昼、照れてあんまり見れなかったし!」
「そんな何回も見るもんじゃないだろ……」
「見たいんです! いつもとちょっと違う三国さんがすごく新鮮だったので、もっと!」
必死にそう言う神童に折れたのか、三国はため息をついた。一瞬だけだぞ、と言ってから眼鏡のケースを開け、昼間も見たそれを取り出す。
キーパーをしている男の大きな手が眼鏡の細い蔓を掴んで広げ、両手で耳にかけ、最後に鼻のブリッジを中指で押し上げる。一連の動作が慣れていることから、三国が最近眼鏡をかけ始めたばかりではないのだということが窺えた。
薄いレンズ越しの黒い瞳が神童を照れくさそうに見る。昼間見たときも思ったが、輪郭の形によく合っていて華美ではなく、三国に似合う眼鏡だった。
普段から憧れの意味でかっこいいと強く思っていたが眼鏡をかけるとまた新たな魅力がプラスされる。きっとこれは惚れた目で見ているせいではないはずだ。
神童がぼうっと見ていると三国が焦れたのか、眼鏡を外そうとした。
「もういいだろ。帰るぞ」
「あと少しだけ……!」
「っ……!」
神童が三国に近づき、とん、と唇にキスをした。鼻に眼鏡が当たるわけではないが、やはり何かがあるという違和感はある。
薄ら目を開けて三国のほうを見上げると透明な硝子の向こうで瞳が閉じられている。その表情を見た瞬間、神童はここで終われないなと自嘲気味に思った。
「三国さん、この後時間ありますか」
「この後……?」
「良かったら俺の家に来てください。さすがにここでする気はありません」
「……するってお前、」
意図を察した三国が顔を赤らめ視線を逸らす。だが神童に強請られて結局、どうせ最初からこうなることは分かっていたのだと、家とは違う方向に足を向けるのだった。
「っは……ふ……」
部屋に入って鍵を閉めた瞬間、眼鏡を掛けてほしいと強請った。渋々掛けてくれた三国に我慢ができず、すぐさまキスをする。
立ったままでは少々つらいので、三国をベッドに引っ張って行っての行為だった。
「神童っ……」
服に手をかけると制止するような、しかし弱々しい三国の声が上がった。それにキスで応えて神童は手を進める。
ワイシャツのボタンを外し、ズボンのファスナーを下げ。そうしていきながらも視線はやはり三国の顔を向いてしまい、何度も目が合っては逸らされた。
「そんなに見るな、馬鹿」
「だって」
三国の眉間には恥ずかしさから皺が刻まれている。その表情すらも愛しい。神童は着実に愛撫を進め、三国の性感を引き出すとともに自らも興奮していった。
そして途中で神童はひとつのことを思いつく。
「……お願いがあります」
「何だ……?」
「俺の、舐めてくれませんか」
そう言われた三国は膝を擦り合わせた神童のそこをちらと見た。まだ制服を脱いでいない神童の下腹部が不自然に膨らんでいる。
一方的に愛撫されるのは確かに性に合わないし、神童のものを愛撫するのに抵抗はない。
三国は神童の頼みを疑うことなく了承し、体を起こした。
「っあ」
下肢の衣服を剥ぎ取ると完全に勃起した神童の性器が晒される。三国がそれを手に取り軽く扱き、顔を近づけたとき、神童は想像以上の興奮に背筋を震わせた。
眼鏡を掛けたその顔で性器を舐められれば視覚的にもたまらないだろう。そう思ってのおねだりだったが、これはまずい。明らかに予想していたものを超えている。
眼鏡の奥では瞳が伏せられていて、眼鏡の出す知的な雰囲気がより一層「いけないこと」をしている気分にさせている。
そんな神童のことなど露ほども知らない三国は、勃起している神童のそれに舌を這わせ、舐め、咥えた。
「三国さん……んッ、あ、は……っ」
神童の感じる箇所をひたすらに責めたかと思えば焦らすように余所の場所を舌で突かれ堪らない。
快感から目を瞑ってしまいそうになっても今日だけはこの図を一瞬たりとも逃さず見ていたいと、神童は必死に三国の表情を観察した。
それに気付いたのか三国が神童を見上げる。少しずり落ちた眼鏡と上目遣いのコンボは、いけない。
「ッわ、出る……っ!」
「んっ!」
突然こみ上げたものに我慢することができず、思わず神童はそのまま射精してしまった。勿論それは三国の口、そして顔にかかる。
愛撫で色づいた赤い唇、そして頬、さらには眼鏡まで、三国の顔が精液で濡れた。
硝子のおかげで目にかからなかっただけ良かったのかもしれない。だが眼鏡のせいでここまで興奮したというのに、そのアイテムに自分の精液がついた姿というのは、もう、もう。
「神童、鼻息が荒い」
「すっすみません、でもあのっ」
「眼鏡が汚れたから今日は終わり、帰るぞ」
「待って下さい三国さん!!」
汚れた眼鏡をティッシュで拭いて体を起こす三国を神童は必死に引き止めるのだった。
*****
2012.04.06
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