※拓三前提三拓です



 それは放課後、神童がいつものように部活へ行く準備をしていたときだった。

「……は? 彼女役?」
「そうなんだよ! 今面倒な奴に付きまとわれてて、神童に彼女役をやってもらいたいんだ。本当は霧野に頼みたいんだけど、流石に怖くて」

 突然クラスメイトが話しかけてきたと思えば、その内容は「女装をして彼女のふりをしてほしい」というものだった。
 どうやら彼は前々から他校の女子からの熱烈なアプローチを受けていたらしく、それにほとほと困り果てて「彼女がいることにする」というアイディアが生まれたらしい。
 とは言っても、彼女役なんて女子に頼めるわけもない。クラスにいる霧野以外のかろうじて女子に見えなくもない人物、神童に白羽の矢が立ったのだった。

「な、頼む! 服はもう用意してあるんだ、それを着て週末俺と一緒に女に会ってくれ!!」

 ぱん、と手を合わせて必死に頼んでくるクラスメイトを無下に断ることもできず。
 神童は用意された服を手に、重い足取りで部活へと向かったのだ。

 そしてサッカー棟で、見慣れぬ紙袋を手にした神童に声をかけたのは倉間だった。

「神童、それ何だ?」

 それ、と指さされて神童は慌てふためいた。クラスメイトには他の人には黙っていてほしいと言われている。状況の説明もできないのに女子の服を持っている神童は他人からすればただの変態だ。

「な、なんでもない! それよりも倉間、今日の練習は……」
「あーっ、神童が女子の制服持ってるー!」

 至近距離からの大きな声。驚いて見るとそこにいたのは浜野で、紙袋の中身を覗いていた。

「は? 女子の制服?」
「なあなあ、何でこんなの持ってんの? 神童がこれ着んの?」
「ばッ、んなわけな……!」
「お前ら、喋ってないで早く着替えろ」

 にやにやと笑う浜野にどう弁解するか必死に頭を動かしていると天からの助け、車田が声をかけてくれた。
 縋る気持ちでそうだと車田に同調し、浜野を彼自身のロッカーまで引っ張っていく。すぐに紙袋を自分のロッカーにしまいこんでばたんと扉を閉めると、隣に立って一部始終を見ていた三国が声をかけてきた。

「よく分からないが大変そうだな。大方、何か頼まれごとでもしたんだろ?」
「……はい……」

 さすが三国は分かってくれている。神童も肩の力を抜いてユニフォームを着替え始めた。

「今回は何でそんな格好なんかするんだ? 文化祭の時期じゃないが……」

 そう聞かれて神童はようやく、やってしまったと気付いた。クラスメイトの彼女役をやるなんて、(女装以外は)大したことではないと割り切っていたが、一応自分はここにいる三国の恋人なのだ。
 あまり嫉妬もしなければ神童のことに口出しはしない三国だが、他人の恋人ごっこをすることになったと言えばどう思われるのだろう。
 だが器用に嘘をつくことなどできず、神童はぽつりぽつりと言葉を発した。

「実は……」

 事の顛末を話して、三国のほうをちらりと見る。どんな反応をするのかと思えば、案外普通だった。

「そうなのか。がんばれよ」

 そう言って笑った三国に、やはりこの人は恋人が別の恋人のふりをしてもどうとも思わないのかと考え、悲しくなった。


 だが事が動いたのは部活のあと、帰り支度をしているときだった。
 三国が神童に、この後は暇かと尋ねてきたのだ。

「はい、特に用事はありません」
「じゃあ残ってくれ。話したいことがあるんだ」

 何の用事だろう。部活のことであるのは間違いないか。神童は三国に了承の意を伝えると霧野に声をかけ、先に帰ってくれるように頼んだ。
 数人ずつサッカー棟から人が消え、そして最後には神童と三国だけが残る。そうしてようやく、三国が口を開いた。

「神童」
「はい」
「……さっき持っていた服、着てくれないか」
「…………はい?」

 一瞬聞き間違いかと思ったがどうやら違うようで、ますます神童は耳を疑った。さっき持っていた服、なんてあの女子の制服以外にない。
 せめて全員帰るまではとロッカーにしまいこんだままの紙袋を思い浮かべて三国に聞き返した。

「あんなもの、どうして……?」
「いっ、いや別に! どうということはないんだ、ただ」

 途端に三国は頬を染め視線を逸らした。神童が首をかしげるとようやく三国は口を開いた。

「恋人のかわいい姿を、誰よりも先に知らない男に見せるのも癪だろ……」

 それは三国からは滅多に聞けない嫉妬の意味だった。神童は一気に頭に血が昇り、眩暈すら感じた。
 あの三国が、あの三国が、自分に嫉妬してくれたのだ。そう思うと女装なんて取るに足らないことにすら思えてきた。

「きっ、着ます!!」

 そして神童は声高らかにそう言った。



 ロッカー室ではいつ誰が戻ってくるかもしれないということで、トイレで着替えることになった。
 紙袋の中身をごそごそやって制服一式を取り出す。それにしても女子の制服を手に入れられたクラスメイトとは一体何者なのだろう。ご丁寧に上下の下着までついてきている。

 学ランとワイシャツを脱ぎ、触るのも初めてであれば着ける方法も全く分からないブラジャーを手に悩む。綿の、白を基調にして華美な飾りがなく、胸元に小さくピンク色をしたリボンがついたものだ。
 しばらく悩んだが、せっかくだしと意を決して神童はそれに腕を通した。が、やはり背中で付けるホックに苦戦して、一向に付けられそうにない。
 とりあえずブラジャーは置いておくことにして、ホックが外れたままワイシャツを羽織った。背中でぶら下がるブラジャーは週末までにどうにか解決策を見つけなくてはなと思った。

 上を着替え終われば次は下だ。ブラジャーとセットらしいショーツを履くのは流石にためらわれて、スカートだけ履いた。やけに風が入ってくるので、不安で仕方がない。思わず裾を抑えた。

「三国さん、いますか?」
「いるぞ」

 トイレの個室ごしに声をかける。洗面所まで出ていたのか三国の声が少し遠くからした。

「着替え終わったんですけど、一つだけお願いがあるんです」
「何だ?」

 神童は閂を抜いて、前開きのワイシャツを胸元で押さえ、顔を覗かせた。

「ブラジャーのホックを、付けてもらえませんか……」
「ブッ!?」

 三国が白目を剥いた。

「三国さん!? 大丈夫ですか!?」
「だだっ大丈夫じゃ……そんなものまで付けるのか!?」
「ついてきたんで……」

 三国にがくがくと肩を揺さぶられて神童の視界も揺れた。だが揺らすことで乱れる神童のシャツ、そして覗く白い肩ひもにはっとし、三国の手がぴたりと止まった。

「すまん……!」
「いえ」

 一目見ただけでよく分かるくらい、三国は神童の格好にどぎまぎしていた。
 華奢に見えて意外にしっかりとした体躯を持つ神童は、しかし女子の制服を着ると途端に女らしくなった。それでもスカートから鍛えられた足が覗いているのは彼が男であるのだと改めて感じさせる。
 だが知らない人を騙すには十分「女子」で、そんな女子の乱れた服は、三国には目の毒でしかなかった。
 神童のほうをちらちらと見てはすぐに逸らし顔を赤らめる三国に気付くと、神童には何だか悪戯心も湧いてきた。

「三国さん、ホック付けてください」

 三国に背を向けてワイシャツから肩を出す。唾を飲み込む音がよく聞こえた。

「さ……、さわるぞ」

 ひどく緊張した声と、そして震える指が神童の背中に触れた。少しひんやりした感触にうっすらと鳥肌が立つ。
 三国の指がぶら下がっていたブラジャーにかかり、両の手でそれぞれを掴むと、ぐっと引っ張った。
 神童の白い背中と白いブラジャーが三国の心臓を早鐘のように打たせる。同じ男なのに、情けないくらい緊張してしまって大量の唾液が分泌された。

「苦しく、ないか?」
「大丈夫です」

 ホックの一番緩いところで金具を通す。その瞬間神童の髪が揺れて項が露わになり、その光景に三国の腹の内も爆発した。

「わっ!?」

 かぷりと神童の項に歯を立てる。驚いた神童が身を捩ろうとしたが腹に腕を回してそれを許さず、三国は神童の項、そして背中へと唇を這わせた。
 普段は神童にやられてばかりの三国だが、女子のような格好をした神童には流石に三国の男の部分も目覚めざるを得なかったのだ。
 夢中で背中に舌を這わされると、神童もたまらずに息を吐いた。

「はっ……ダメ、です!」

 必死に身を捩り抵抗しようとするのだが三国の腕力には遠く及ばない。この時神童は三国の男に触れ、そして思わず胸を高鳴らせてしまった。
 服を着て心まで女子になってしまったとでも言うのか。今なら、このまま三国に抱かれてもいいと思った。
 三国をからかうつもりが逆に弄ばれてしまっている。今日だけならそれもありか。

「っ神童……」

 耳元で低く名前を呼ばれてゾクリとした。腹に回された手に手を添えて神童は頷いた。

「あんまり無茶しないでくださいね」
「ど、努力する」

 その返事だけは情けなくて、なんだか不安になった。




「んっ、ん……っ」

 くちくちと厭らしい音がトイレに響く。個室の狭い空間で、便器に座った三国の上に神童が向かい合うようにして跨っている。
 スカートを捲り上げた神童の足の間には、見た目に似合わず勃起した男のものがある。それに指を絡めているのは三国で、水音もそこから聞こえてきていた。

「ちゃんとスカート持ってろよ。汚したら大変だ」
「っふ、あ、分かってますっ……」

 行為に及ぶ前に脱ぐようなつまらない真似はしなかった。神童はいまだ女子制服を着たまま、だがワイシャツはボタンをしめず、そのせいでちらちらとブラジャーが顔をのぞかせる。
 平らな胸には本来ブラジャーが支えるべき乳房はなかったが、アイテムとは恐ろしいもので、三国を煽るに十分であった。

「あ、あっ」

 三国の指が神童のそれを容赦なく擦る。そしてまた三国の熱っぽい視線が神童の体を這いまわる。
 男を見せた三国は意外にも滞ることなく神童を追い詰めていた。いっそ普段の神童よりも手慣れている感じがする。
 だが表情は裏腹に余裕がなさそうで、それがまた神童の胸を切なく高鳴らせた。

「三国さんっ、もうイきそ……!」

 眉根を寄せる三国を見るとたまらなくて、急激に訪れた射精の感覚にひゅっと喉を鳴らす。そんな神童に三国ははたと手を止めて、神童を支えるために腰に置いていた手を下へと滑らせた。

「神童、いれてもいいか?」

 正直、その予想はしていた。挿入されるのも悪くは無いかもしれないと思った。
 だが改めて確認されると思わず尻ごみしてしまう。少しの沈黙のあと、神童は腰を浮かせた。

「いいです、けど、……後ろからにしませんか?」
「後ろから? 何で……」
「きっとその方が、俺が男なんだって三国さんが我に帰らずに済むから」

 向かい合ったままでは難しくても、神童が後ろを向いてしまえば足の間についている余計なものも見えず、後ろをスカートで隠してしまえば女子としているも同然になるだろう。
 三国を思ってそう提案したのだが、すぐに浮かせた腰を引き寄せられて拒否された。

「今更すぎるだろ。それとも神童が俺の顔を見たくないって言うのか」
「ちっ、違います! そういう意味じゃ」
「じゃあ決まりだ」

 するりと、三国の手が神童の尻を撫でた。下着はとっくの昔に脱がされている。
 指がなだらかなそこを滑って足の間に入り込み、神童が自分でも触れたことのないそこに三国の指が触れた。

「な……、慣れてないから、笑うなよ」
「優しくしてくださいね……」

 とは言え、いつも神童にされている三国は、されているからこそ力の加減を分かっていた。
 指を唾液でたっぷり濡らし、十分に入口を揉みほぐしたあとで少しずつ指先を挿入していく。こうするときついとか、こうすると痛いとか、全て身をもって経験した三国だからこそ丁寧にできるのだった。
 想像していたよりも痛みがなくて、むしろ神童はじわじわと腹の底に溜まる熱に細く息を吐いた。

「痛いか?」
「いえっ……全然……」

 しばらくそれを続けているとむしろ慣らされるだけでは足りなくなってきてしまう。三国の指は神童のそこを解すことに専念していたが、それよりももっと、刺激が欲しかった。
 三国の首に片腕を回して、手持無沙汰に、頬の横にきた三国の耳をぺろりと舐めた。

「っ! 神童、大人しくしてろ!」
「だって、もう十分です」
「まだだ! 後で痛い目見るのはお前なんだぞ」

 痛い目を見せていたのか。過去の自身にその経験があるような口ぶりの三国に神童は少しショックを受けた。
 三国の指が数本入るようになってようやく解すことから解放された。神童も待ちきれなく、密着した三国のズボンから勃起した性器を取り出して撫でた。

「何だか、変な感じですね」
「いつもと逆だからな」

 神童が腰を浮かせて、三国のそれの上に跨る。三国の先走りと神童の後穴から漏れた唾液がくちりと音を立てた。
 緩やかな愛撫に焦れていた神童は三国の了承も得ず、ずぷりと腰をおろした。そこまできてようやく、三国の執拗なまでの愛撫は必要なものだったのだと理解した。

「ッうあ、大き……ッ!」
「くっ……」

 ありえないほどの圧迫感が神童を襲う。三国のものは確かに神童よりも大きいが、三国はこんな感覚を毎回味わっていたのだろうか。
 舌を出して必死に酸素を取り込み、それでもぎちぎちと腰を落としていく。切れるような感覚はなく、ただものすごい力で押し広げられていた。

「は、あ、あっ……ひぃいっ……」
「神童、大丈夫か……」

 もう制服なんか気にしてられずに両手で三国の首に腕を回す。苦しみから逃れたくて、でも抜くなんてことはしたくなくて、深く三国と重なりたかった。
 三国も三国で、神童の狭い体内が蠢く感覚に脳の中心が蕩けそうだった。まるで自分のことを好きだと言っているような体内の収縮に眩暈がした。
 挿入後すぐに動かれる苦痛を知っている三国が、ひたすら神童の背中を撫でて落ち着くのを待つ。その優しさに触れることで神童も少しずつ落ち着きを取り戻し、力を抜くことができた。

「いけそうか?」
「はい……」

 こくりと頷いて、神童は腰を軽く上げた。そして沈ませ、また奥へと三国を受け入れる。控え目に抜き差しを繰り返し、それに合わせて三国もやはり控え目ながらに腰を動かす。
 ただそれだけの行為、神童には快感はなかったが、やがて明らかに違う感覚が襲ってきた。
 体内の一点。神童自身もよく三国の体に触れるのでよく分かる。前立腺の位置だ。
 そこに三国の性器が当たるとたまらなく気持ちが良い。
 気付いてしまえばあとは実行するのみで、神童は三国に腕を回したまま自分の思うようにそこへと性器を擦りつけた。

「あ、あっ、んんっ、きもち……っ」
「動きすぎだ!」

 三国の制止も耳に入らない。ひたすらに気持ちが良くて、三国の腹と自分の腹で擦れる性器が射精を感じて震える。
 生まれて初めて感じた前立腺への刺激に夢中のまま、神童は勢い良く精液を零した。

「はあぁ……」

 頭の奥がじんと痺れる。ただ性器を刺激して射精したときとは桁が違う。涎でも垂れてしまいそうな刺激に神童は耐えられなかった。
 三国もまた、神童の強い締め付けに体内で射精した。どくりと体内で吐き出されたものを感じてまた神童の胸が甘く疼く。
 だが挿入したままではいけないと、せめて抜いてやらねばと動こうとするのだが、大きな快感の波はそう容易く引いてはくれず、動くことが叶わなかった。

「無理しなくていい」

 三国が神童の頭をぽんと叩いた。女役の快感の大きさ、刺激の強さも三国はよく分かっていた。
 ぐずぐずに蕩けてしまった神童を膝の上に乗せたまま二人で荒い息を吐き出した。






「ど、どうしよう」
「洗って使うしかないだろ……」

 気を付けていたのに、結局べっとりと精液で汚れてしまった女子制服を手に神童は顔を青ざめさせた。
 幸い、まだこれを使う週末まで日数はある。洗濯して乾かせばなんとかなるだろうか。

「……俺としては、そのまま捨てて断って欲しいんだが」
「? 何か言いましたか、三国さん?」
「いや、何でも」

 決して本人には伝えない本音をぽつりと零した三国は、複雑な胸の内を知られぬように人の良い笑みを作った。


*****

2012.03.16
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