Really is slightly different.



 日本は、漫画の国です。

 特に若者は、漫画に夢中です。

 理想の恋人が、漫画の登場人物という人も少なくありません。

 あこがれのシチュエーションは、「壁ドン」、です。

 漫画と現実は、少し違います。

 HEY!!!

 SAMURAI,FUJIYAMA,CUPN●●DLE

 この国の二次元とカップ●●ドルは、熱いです!





と、最近友人との話題になったあるCMを思い出した。
この商品のCMにはいくつか種類があるのだが、このバージョンが群を抜いて印象強い。
女子であれば大抵そうなのではないだろうか。

このCMでは最近流行の「壁ドン」という、女の子が男の子に壁に詰め寄られ、さらに勢いよく手をつかれるシチュエーションをとりあげ、理想を漫画の1コマ、アニメの1シーンで表し、それと比べ髪の薄くなったおじさんがとあるハプニングで女性に電車で壁ドンをしてしまうというがっかりな現実を実写で表していることが最大の特徴である。
理想と現実のギャップに面白さを見いだした人が作ったCMなのだろう。
夢いっぱいの少女漫画と、夢物語のようにはいかない人生という現実のギャップからくる羞恥心は、こちらとしては見て見ぬ振りをしていたのに、もうそれではいられない。
話題に出た際には笑って流すしかないのだ。

「おたく」とは今や日本の文化のようなものだと言われ、なにかしらの分野に熱中・没頭している人のことをさす。
しかし、どんなに何かに真剣に取り組んでいても、ただ、「おたく」と言われることには低抗がある人がほとんどではないだろうか。
なぜならそれは、その単語が尊敬されて使われることはあまりなく、どちらかと言えば少しバカにした時に用いられることがほとんどだからだ。
「AKBおたく」や「数学おたく」のような名詞が頭に着けばまだしも、「おたく」だけで使われる際は大抵、「漫画おたく」「アニメおたく」なのだ。
しかもそれを一般人が使う時は、暗黙に、さらにその前に「きもい」とつけて使用している。

―――私も、だ。

だからこそ、とある少年漫画のキャラクターにときめいてしまった自分がゆるせない。
少女漫画ならまだしも、少年漫画のキャラクターに。

とある雑誌で連載しているらしいバスケ漫画。
ついこの間友達の家に泊まりに行った時、友人が風呂に入っている間、弟が集めている漫画でも読んで暇をつぶしていてくれ、といわれたのが全ての始まりだった。
全然しらない少年漫画が何種類も置いてあったが、どれもスポーツ漫画らしかった。
たいして読む気がなかった私は一番とりやすい位置にあった適当なナンバーを手に取り、パラパラとめくった。
印象は良くなかった。
線が多くて読みづらい。
少女漫画はもっと、なんていうか、画面が白っぽい。
ガッとか、バッとか、いちいち太字で勢いよくかかれている文字も読むのが疲れるし、なにより勢いのあるシーンの背景が大量の線で埋め尽くされているのが気になってしょうがない。
私には向いていないといらいらしながら捲っていると、突然関西弁のキャラクターがでてきた。
標準語の私でもわかるへたくそな関西弁。
うさんくさくて、すかしていて、狐のようなつりあがった目のキャラクター。
現実にいるはずのない設定は漫画では当たり前なのだけれど、それには笑ってしまった。
だって、そんなやつ現実にいたら絶対に気持ち悪いもの!
漫画の中なんて理想まみれだと思っていたのに、決して引き立て役などではないのにこんなおかしな設定ばかりつめこまれたキャラクターがいるだなんて驚きだった。
実際にいたら彼女はおろか、友達なんてできないだろう。
だが、なぜだか顔に違和感を感じない。
目を開けているのか閉じているのかもわからない目なのに、絵でかかれるとそれが自然に見えてしまうから妙ものだ。
そのまま結局、友人が風呂をあがるまで読み進め、おもしろかったよと適度な感想を述べながら本棚に返し、続いて私がお風呂に入った。
特徴的な顔、しゃべり方、すかしていて、かつ、なにか隠していそうな掴めない性格。
一体どんな声で話し、どのような笑い方をするのだろう。
どのくらいの身長なのだろうか。
体格は結構よかったな。
バスケをしているんだ、きっと手は大きい。
頭の中は二次元の彼でいっぱいだった。
そして私は帰宅後、彼の名前を検索した。
追加でなにか情報を入れようかとスペースを入れると、自動でいくつかの項目が表示された。
その中に、「キャラクターの名前」「スペース」「夢」というものがあり、興味本位でそれを選択した。
選択してしまったのだ。
私の「普通の生活」にピリオドが打たれた。
が、途中で我に返った。
いけない。
このままでは戻れなくなる。
私は蓋をするように、何も無かったことにするために、履歴を全て消してからブラウザを閉じた。
ピリオドをギュッとなぞり、むりやりコンマへと姿を変えさせた。



数日後、長期休みがあけ、通学初日。
電車に乗っているときだ。
ふとあの漫画のことを思い出した。
そういえばあのキャラクターは一体なんという名前だっただろうか。
手に持っていた音楽プレイヤーをスカートのポケットにつっこみ、入れ違いにスマートフォンをとりだす。
あー、えっと…。
どうしたものか。
キャラクターの名前どころか漫画の名前も思い出せない。
せめて掲載されている雑誌の名前だけでもと検索するが、どうやら少年漫画の乗っている雑誌だけでも数種類あるらしい。
これはもうあきらめるしかないな。
はぁ、とため息をついた瞬間。

ギュイィィッっと、電車が急にブレーキをかけた。
突然の減速に対応しきれなかった乗客達はいっきに進行方向へと傾いた。
10秒、いや、5秒くらいだろうか。
完全に勢いが死に、あたりを見渡すと、何人かは転倒し、座っている私でさえ隣の人に重心をかけてしまっていた。
一番端っこに座っていたから、とっさに手すりを掴んだこともあり、隣の人に完全に乗っかってしまうことはなかったのだけど、その隣の人はさらに隣の人を布団のようにして倒れ込み、その上に立っていたであろう人がおおいかぶさっていた。
だれも悲鳴をあげなかったのは、そんな余裕がないほど突然のできごとだった証拠である。
いったいどうしたというのだろう。
鹿でも飛び出してきたのだろうか。
いや、ここはそこまで田舎じゃない。
体制を立て直すと同時に、ささっと髪に手櫛を通す。
女子たるもの、髪がぼさぼさだなんてきまってないことは許されない。
もちろん許さないのは私自身だ。

「おねぇさん、気にせんと大丈夫やで?全然髪乱れてへんしな」

その声は頭の上から降って来た。
顔をあげると、眼鏡をかけた黒髪の青年の顔が妙に近距離にあった。
同い年くらいだろうか。
きゅっとつりあがった細い目はなにやら既視感があった。
なんだか、現実味のない顔だ。
少し長めの前髪はうっとうしくて、少し気持ち悪かった。
しゃべりかたもおかしいし、できればかかわりたくない。

「はぁ、どうも。あのぅ、近いんですけど…」

いけない。
どうも私は思っていることが態度に出てしまうらしい。
今のは少々ぶっきらぼうすぎただろうか。

「はは、おもしろい人やなぁ。表情変わりすぎやで」

そんなことはなかったらしい。
失礼なやつだ。
普通初対面の相手にこんな言い方をするものだろうか。
また顔に出てしまったのだろう、いやそうな顔をした私を見て、彼は困ったように眉を下げた。
うさんくさい表情だ。

「そんなこと言われてもなぁ、ほれ」

顎でさされた先、彼の背後を見れば乗ったときよりもずっと多くの人がぎゅっと詰まっていた。
どうやらさっきの急ブレーキで後ろにいた人が前の方にずれこんでしまったらしい。
転んでいる人も立ち上がれずに往生している。
偶然にも、今日は座れてよかったなぁだなんて、あくまで他人事として処理した。

「あぁ、じゃあ」

これも仕方ないわけなんですね、と、私の頭の横の、少し上につかれた右腕を指差す。
絵に描かれたような苦笑いを浮かべた青年は、無言でyesを表現した。
左手をつかれていたら、彼の肩にかかっている重たそうなスクールバックが私の顔をぶんなぐっていたことだろう。
そんなことがあれば、事故と言えどゆるさないところだった。

「はは、“ぶん殴り”返されることにならなくてよかったわ」

「…。」

どうやら口に出てしまっていたらしい。
ばつが悪く、心の中で舌うちをした。

がくん、と電車が動き出す。
彼の顔はもう一段階私に近づいた。
衝撃で下を向いた彼の眼鏡が私のふとももの上に落ちる。
まったく本当に、“漫画と現実は、少し違います”よ。
理想とされる壁ドンはちっとも嬉しいものではない。
知り合いでもなんでもない、ましてやイケメンでもない異性の顔が近づくということは、嬉しいハプニングとはほど遠く、ただの不愉快な事件だ。
先ほどしそこなったようなため息を再試行する。
目的を失ったため息はついてもたいして意味をもたなかった。
両手が使えないのだろう、さらに目も使えなくなってしまったのだろう。
目の前の青年は首まで動かしながら眼鏡を探した。
まぁ少し困ればいいさ。
放っておこう。
そういえばスマホをいじっていたことを思い出し、少し斜めをむいて電源ボタンを押し、ロックを解除する。
と、開いていたホームページの下になにやら見たことのあるイラストが映し出されている。
親指でするりと画面をスライドさせると、イラストの全容が姿をあらわした。
――アニメ化決定。
偶然だが、つまり、そういうことだ。
私の覚えている少年漫画なんてたかがしれている。
あの時私が思いをはせたキャラクターのえがかれていた漫画がどうやらアニメ化するらしい。
そこで漫画の題名を知った私はとっさにGoogleで検索をする。
スペースをいれて項目を追加しておこう。
特徴は、関西弁で、狐目で、それから、それから。
ぞっ、と寒気のような、興奮のような、肌の粟立つ感覚が背中を駆け上がった。
検索を待たせる、水色の線が左から右へと画面を切り裂いた。
私の中のもやもやが切り開かれ、解剖され、知りたかったそれを手に入れた。
久々に恋人に会ったらこんな気持ちになるのだろう。
一度検索をかけたこともすっかり忘れていたというのに、彼の顔を見た瞬間に全てを思い出した。
たかが二次元、思ってはいけないのに、ただただ嬉しさがこみあげた。
向こうには意思なんてないのに、また会えた、だなんて。

「あーなんや、すんまへん」

はっと我に返る。
そういえばここは電車の中だった。
頭の上から降ってきた声に顔を上げると、そこには。
そこには、黒髪で、狐目で、それから少しおかしな関西弁の青年が困った顔をして立っていた。
そこからはもうなにも考えられなかった。
彼がなにか言っていたが、聞こえなかった。
押さえ込んでいた蓋がいきおいよくどこかへ吹っ飛んでしまったのだ。
溢れ出た感情は液体になって私の頬を伝った。

「なんでここにいるのよ」

彼にとっても、周りの人にとっても、もちろん私にとっても意味の分からない光景だった。
男子高生に壁に手をつかれているくせに、さっきまで平然とした顔をしていた女子高生がいきなり泣き始めたのだ。
もしかしたら周りには彼が私を泣かしたと思われているのだろうか。
それでいい。
その通りだ。
私は彼に泣かされた。
見ず知らずの、なんの面識もない彼は突然私の片思いの相手に瓜二つの顔をして私の前にあらわれたのだ。






ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ。
3分たちましたよ!
そう大きな声で私を呼ぶのはスマホに搭載されているタイマーである。
返事をするのもだるいから、代わりに別の名を呼んだ。

「今吉」

するとその名の持ち主はやれやれと、私と自分の間に置いてあるスマホを黙らせた。

「名前…タイマーくらい自分で止めぇや」

「めんどうくさくてつい」

「ついじゃあらへんわ。まったく、お前はなんでバスケ部でもないのにこんなとこにおるん?」

背もたれにしているフェンスが、わずかな体重の移動にぎちぎちと音を立てた。
バスケットゴールはひとつ。
ちいさなこのスペースは、きっと誰かがバスケットゴールだけじゃあぶないとフェンスで周りを覆ったのだろう。
今日は休日で、朝から晴れていて、デートでもしようかとめずしく彼をさそったのにことわられたものだから、むきになってこんなところまで着いてきてしまったのだ。
まぁ、付き合ってはいないのだが。
しかもさらに、昼になると彼はおもむろに惣菜パンをとりだして一人で食べ始めたものだから、昼ご飯を持って来なかった私は近くのコンビニでカップラーメンを買ってきた。
あえて食べるのに時間がかかるものを選んだのは、少しでも長い時間相手にしてほしいという乙女の願いから来るわがままのあらわれだ。
しかしその結果が、このカップラーメンとはなんとも女らしくない。
健気な女子に対してなんて気のきかない台詞を吐くものだろう。
いらいらしてタイマーを止めた手をつねってやった。

「あぁ!もういったいわ!なんやねんもぅ」

「かわいい女の子にねぎらいの一言もいえないばかの躾」

「別にわしおまえについてこいなんていわんかったやん」

「ほんとに、“さとい”くせにこういうとこはだめなんだから」

がっかりよ、とため息をつく。
すると突然今吉が笑い始めた。
正確に言えば、笑いをこらえ始めた。
ぷぷぷと擬音がでそうな反応にまたイライラする。

「なによ」

「いやぁ、なんとなく」

また泣かれるのかと思って。
そう言われて一気に顔に血が集まった。

「あの時はおどろいたわ、お前いきなり泣き出すんやもんなぁ」

下を向き、膝の間に頭を埋め、はぁ、っと、肺にたまった熱気を吐き出す。

「なんで泣いたか聞かないの?」

「どうせ聞いてもこたえへんのやろ」

したら聞く意味なんてないやん。
妙にあきらめのいい。
さて、彼はどこまでさとっているのだろう。
聞いても私がこたえないところまで。
聞いたら私が困るところまで。
下手したら、私が気を悪くするところまで。
さてはてその先までだろうか。

ダンッ。

砂埃を舞わせ、バスケットボールが地を叩いた。
いつのまにか彼は立ち上がり、片手でボールを扱っている。

「ほら、早く食べぇや。のびてまうで」

この野郎。
私が食べ終わるまでも待たず、バスケットボールの相手をしている。
結局彼にとって、今はバスケが恋人なのだ。
なんだか悔しくて、私は大きく息を吸った。
そして、彼のボールを投げるタイミングに合わせて叫ぶ。
ふっと軽やかに投げられたボールは弧を描き、ゴールの輪を叩き、そして予期せぬ方向へ飛んで行く。
何度か地面にバウンドし、最後には転がったボールを、今吉は目で追わなかった。
バスケ部スタメン、しかも主将がなさけないとも思っていない。
もともと細い目をいっぱいに開き、え、とこっちを振り返っている。

「なんて?」

「ばーか」

「そんなこと言ってへんやろ!」

ふざければふざけ返してくれる。
優しい彼のそんなところは私の理想通りだった。
少しの沈黙を経て、私は言ってやった。

「玉砕覚悟でもう一回言うなんていやよ」

「いわな進展も出来へんやろ」

「女の子にあんな恥ずかしいこと2回も言えっていうの?」

「女の子っていうほど女の子やないやん。自分の昼飯見てからしゃべり」

「あんたも自惚れてないで鏡でも見てみたらどうなの?調子乗ったこといっていいのはイケメンだっつーの」

「ほんまに口の減らん女やな」

「なんとでもどうぞ」

カップラーメンの口を閉じる為に用いていた割り箸を割る。
蓋をあけると、麺がいつもより多くみえた。
のびてしまっている。
一口食べたが、柔くてとても最後まで食べきれなさそうだった。
あきらめてそれらを地面におく。

「名前」

「ん?」

「もう一回言ってや」

「まだそんなこといってんの!?」

「ははは、まぁ、もう少し待ちぃや」

ボールを拾い、今度こそ今吉はゴールを決める。

「わしが折れるのはまだ早いやろ」

「自分が先に折れるのはいやってわけね」

「あたりまえやん。先に落ちた方が負ける気がしてるんはお互い様やで」

座る私の前に膝をつき、背後のフェンスを両手で握る。

「な?もう一回言ってや」

これも壁ドンと言えるのだろうか。
どうでもいいことを考えたあと、私は彼の胸ぐらを掴む。
そしてぐっと引き寄せる。

「あんたこそ私に何か言うことあるんじゃないの?」

驚いたようにもう一度目を見開いた後、彼はまたくつくつと笑う。

「じゃあ少し、順番を入れ替えておこうかのぉ」

ちゅ、とリップ音が鳴った。

「まぁ今後ともよろしゅう」



 日本は、漫画の国です。

 特に若者は、漫画に夢中です。

 理想の恋人が、漫画の登場人物という人も少なくありません。

 あこがれのシチュエーションは、「壁ドン」、です。

 漫画と現実は、少し違います。

 HEY!!!

 SAMURAI,FUJIYAMA,CUPN●●DLE

 この国の二次元とカップ●●ドルは、熱いです!



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