曖昧ナイト



「ありがとうございます、シルバー様」
「とんでもございません、**様」

 完璧に整備された堅苦しい箱庭は、色とりどりの花で飾った牢獄である。そう考えるようになったのはいつからだったか。

「……昔は、ここも大切な遊び場だったのですがね、」
「……そのようですね」

 ガゼボの屋根などお構いなしに、雲の間から肌を突き刺すようなきつい西日から私を可愛らしい日傘と共に守ってくれているのは、茨の谷の時期王、マレウス・ドラコニア様の護衛のシルバー。ベンチに座るわたしと日の間に姿勢正しく立っており、見上げなければその顔を見ることができない。
 だからわたしはうつむきながら、口を小さく開けた。

「今は二人だけだし……久しぶりに、昔みたいに、話したいなー、……なんて……、」
「……申し訳ありません、**様」
「す、すみません……困らせたいわけではなくて、」

 シルバー、彼は私たちがお互いに幼い頃、よく遊んでいたいわば幼なじみだ。それから、

「マレウス様の本妻候補の貴女様と自分とでは、身分が違います」
「…すみません、」

 私の、終わらない初恋の相手だ。

「……雲行きが怪しくなってきました。そろそろ屋敷に戻られますか?」
「はい、そうします」

 白銀の髪の毛に、淡い藍色の宝石のような瞳。幼い時から綺麗だと思っていたけれど、成長してからますます素敵になった。でもそれだけじゃなくて、優しくて、かっこよくて、私を守ってくれて。動物に愛される、芯を持った彼が大好きだった。
 シルバーとずっと一緒にいよう、結婚しよう、そんな事を考えていたほど、幼い私は純粋で、無知だった。

(背、伸びたなぁ)

 ベンチから腰を上げれば、ちょうど目線の高さにきっちり閉められたネクタイが見える。
 マレウス様ほどではないけれど、背が高くてすらっと引き締まった体。昔は私の方が高かったのに、やはり男性だからか、すっかり追い抜かされている。
 かっこいいな、その言葉しか出てこないほどシルバーは完成されているように思えて仕方がないのだ。

(好きだなぁ……)

 私の身分がもう少し低ければ、マレウス様の正妻候補にならなかったのに。そうすれば、シルバーと対等でいられたかもしれないのに。

「足元にお気をつけください」
「はい、ありがとうございます」

 でも、こうしてシルバーといられるのも、わたしが正妻候補だから、そんなわたしの護衛のためにシルバーはそばにいてくれる。そうでなければ、他の候補の方の護衛に行ってしまう。
 なんて矛盾していて残忍なんだ。

 ほんの小さな段差を跨ぐのに、シルバーが手を差し伸べてくれた。本当は普通に渡れるけれど、わざとその手に甘えた。硬い手袋越しじゃ手のひらの温度を感じられないのに、触れている事実が心をほっと穏やかにする。
 ほんの少しだけ、わざとにならない程度に手に力を入れて握った。そしたらシルバーも少しだけ握り返してくれた、というのはわたしの都合の良い解釈で、単にわたしを支えるためのものだろう。

「雨、降りそうですね」
「占星士のジュプト殿曰く、本日は夕刻より雨が降るとのことでした」
「そう……」

 カサ、と言っている側から膝下の薔薇の葉が揺れた。斜め上に視線を向ければ細かな雨が落ちてきている。「あめ、」と呟くとやさしく肩を引き寄せられた。

「濡れてしまいます、あまり傘からはみ出ないようにしてください」

 硬い制服が背中にぶつかる。思わず呼吸が詰まる。こんな距離、昔なら普通だったのに、成長してしまった今では心拍数が上がりに上がってしまって。

「………………」
「………………」

 お互い何も言わない静かな時が過ぎる。体がどんどん熱くなって、これ以上近くにいたら好きの気持ちが伝わってしまうんじゃないかと怖くなった。

 だめだ、離れないと。体も、心も、全部全部離れないと。

「シルバー」
「……はい、**様」
「ありがとう」

 雨の中、傘からわざと抜け出して。少し目を見開いたシルバーに、くるりと向き合っては心の底から笑顔を見せた。

『すき』

 声に出さずに唇で。誰にもバレないように、俯きながら。


△▽


『変な気を抱いてはいかんぞ』

 ことあるごとに、そう忠告した。何度も目の前で言われたこやつは、わしの言葉を聞いているのかいないのか、どこか視線が合わないまま何も反応しない。

『お主とあやつは違うのじゃ。身分だけじゃない。何もかも。』

 微笑ましいと見れたのは幼子のときだけ。成長すればするほど、恋慕というのは形と意味を変えてくる。

『お主らのようなやつらを何人も見てきたが、みな最後は心病んでしまった。なぜかはわかるじゃろ』
『………………』

 それ以上は聞きたくないと視線が訴えていた。でも老師として、言ってらやらねばならないことがある。理解しているだろうが、納得ができていない若造たちはわしの言葉に目を逸らす。

『妖精と人間とじゃ、生きる時間が違うのだ。わかっておるじゃろ』

 種族全てが幸せになれと願っておきながら、こやつらにそうさせないように進言しているわしは、一体何がしたいのか。悠久の時を生きるのも楽じゃないものじゃな、とまぶたを落とした。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -