魔王が治める国、ニヴルヘイムは、人間の国ミズガルズとの間で戦争が勃発していた。
元々、お互い隣国にありながらも国交はなく、ギスギスとしていた。

ある時、国境近くの小さな村で、諍いがあり、その小さな火種で、一気に燃え上がり戦争が起こった。
数は人間側が圧倒的に多いものの、戦闘力は、魔物の方が何倍も勝っており、戦況は一進一退だった。

そこで、人間は、古くより国に幸いをもたらすと、伝承された神の子を呼び寄せる儀式を行い、見事成功した。
問題は神子が2人いたことだったが、「神子を召喚した」ということだけで、兵や国民の士気が高まり、人間側が優勢に立った。

しかし、負けじと諜報員を送り込んでいた魔王側が、隙を突いて神子を奪ったことで、今度は魔王側が優勢となり、立場が入れ替わった。

一ヶ月して、神子は人間側に奪還されたのだが、ここで戦況は動かなかった。
人間側は、防戦一方で、衰弱化していった。
噂によると、人間の王は、神子に現を抜かし、すっかり腑抜けになってしまったというのだ。

ついには、魔王の元へ人間の使者が来訪し、和平を申し込んできた。魔王は申し入れを断り、その勢いのまま、国境付近の町を攻め落とした。

そして、次の出撃に備える城内の執務室に、膨大な書類を裁く魔王と、レギンの姿があった。

「おい」
「何でしょう?」

ぴたり、と書類を書く手を止め、魔王に向き直る。

「そういえば、あれはどうした」
「あれ、と言いますと?」
「あの玩具だ。今夜連れてこい」
「ああ、あの人間ですね。しかしまだ、ご期待に副えるほどにはなっていないかと」
「ちっもう1週間は経っているだろう。構わん、もう返せ」
「…まぁ、いいでしょう。暫くは先発隊のみで戦力を構成しますので」

話を終えると、2人はそそくさと書類に向き合った。




その日はいつもと違った。
水をかけられ、目を覚ますとあの薄暗い部屋ではなく、白亜の壁に囲まれた湯殿だった。

もしや溺れさせるのでは、と恐怖した律をよそに、いつもの男達ではない、侍女らが黙々と律の身体を洗い、肌触りの良い服を着せた。
一人では歩けなくなっているため、侍女2人に担ぎ上げられ、向かった先はあの豪華な天蓋付きの寝台がある部屋だった。寝台に置かれると、侍女達は去っていき、広すぎる部屋に律だけが残された。

(ここは…あの人の部屋だ…)

思い出すだけで、奥歯がカチカチ鳴るくらい震え、胃から異物がせり上がった感覚に気分が悪くなった。
骨と皮しかないようながりがりの手で口元を抑え何とかやり過ごそうとする。

そこに、無情にも扉が開き、律が一番会いたくない人物が入ってきた。

「素直に言うことを聞いていればいいものを。お前、今日こそは鳴いてもらうぞ」

蛇に睨まれた蛙の如く、一歩も動けなくなった律に魔王は不適な笑みを浮かべ寄ってきた。

律を押し倒そうと、魔王が手を伸ばした時、鞭打ちで爛れた傷口に触れられ、律は堪え切れずに嘔吐してしまった。
それだけに留まらず、痛みと恐怖で失禁までして、正気を失った。

魔王は、その様子に呆然としていた。
以前はセックスしてもここまでならなかったというのに、一体何故。

(ちっ…たかが声を聴く程度でこんなに面倒だとはな)

不愉快極まりなかったが、日が経つにつれ、魔王は律の声に焦がれるようになった。

(仕方がない。まずは俺に慣れさせるとこからか)

腕に吐瀉物がかかっているのに気付き、湯を浴び直すかと、寝室を立ち去ろうとしたとき、律に振り返り、暫く考え込んだ後、寝台に歩みを戻した。



散々侍女達に、魔王様御自らがそのようなことを、と腕の中の律を取り上げられそうになるのを交わし、魔王は湯殿にやってきた。

汚物塗れの律の服を脱がせ、自分も裸になると、律を抱え、浴場に入った。
湯船の湯を掬うと、汚物を流し、入念に背中も流そうと反転させた瞬間、魔王は息を呑んだ。

やせ細り青白くなったその背中には、おびただしい程の傷があった。
それはかさぶたが作られていない、真新しい傷で、傷口からはピンク色の肉が見えていた。

「これは…なんだ…」

他にもないかと、調べると、手首は手錠で擦れ、赤く、また青い痣になっていた。
首には、手で絞めつけられた痕がくっきり残っていた。

声にばかり頓着していた魔王は、それらに気付かなかった。
よく見れば、律の身体は骨が浮き出、唇からは血の気が引いていて、まともと言える姿形ではなかった。

魔王はしばし、言い知れぬ衝撃に固まっていた。
そして、沸々と怒りが込み上げたが、玩具としか思っていない人間のことで心を乱すことはないし、自分だって乱暴な扱いをしたではないか、と自問した。

随分、長い間そうしていたせいで、律の身体はすっかり冷めてしまい、とりあえず傷口を避けるようにと湯船に浸かった。

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