市は、屋敷近くの泉に来ていた。
泉では、先日産んだ我が子がぐるぐる泳ぎ回っている。

元来水神は、蛟というあやかしの一種で、水中を好んで生活していた。
既に神格化した水神は、ともかく産まれたばかりの子はあやかしに近しく、本能的に水を求める。

今朝、子供に水中を泳ぎたいと強請られた市は、この泉に足を運んだ。

「市!市!」

「はい、ここにおりますよ」

そこに不機嫌さを隠しもしないで現れた、水の神に市は穏やかに応える。
市を見つけるや否や、抱き潰す勢いで腕の中にしまう。

「俺を置いて勝手に行くな」

「申し訳ありません、まだ寝ていらしたようなので…」

「起こせ!」

「は、はい」

出産後、以前の比ではないくらい甘い生活を送っていた。
産後の市を考慮して、激しい行為はないが必ずどこかしら触れ合っているくらい一日中くっついていた。

部屋や屋敷から出ることも許されたが、少しでも離れれば血眼になって探しにやってくる。
きっと、人間界に降りたことが未だ心の影になっているのだろう、と市は申し訳なく思った。

ぱしゃっと水面に、生後より一回り大きくなった蛇の子が顔を出す。

―おとおさまぁ!おとおさまも、およご!

「…いや、俺は市とやらねばならないことがあるから、お前はここで遊んでろ」

―はぁい!

「え?で、でも…この子だけじゃ」

「腐っても俺の子だ。早々何も起こらん、行くぞ」

とは、言え子供が心配な市は、後ろ髪を引かれる思いで、水神に寝室まで連れ戻された。
性急に寝台に押し倒され、そこで初めて水神が久しぶりに本気で怒っていることに気付いた。
そして、今から何をする気なのかも正しく読み取った。

「水神、様?まだお昼です、しっ」

やんわり止めるが、聞く耳を持たないとばかりに、着物を肌蹴させ、露わになった肌に吸い付く。

「ま、待ってくださいっあの子が帰ってっ」

「見せつければいい」

「何を…!おやめくださいっやめて!」

子供に醜態を晒すことを想像した市は、それだけは嫌だと暴れだす。

「お前は、どっちなんだ?」

それまで淡々としていた水神が、ぐっと眉間を寄せ悲痛な表情を浮かべていた。

「え?」

「お前は…俺よりも、子供が、いいんだな…」

その様は、何かを諦めたようで、市は堪らず腕を伸ばし、抱きついた。

「選べません。そんなの選べないです。貴方が大事だから、そんな貴方の子も大事なのです」

でも、と続けた。

「最近は、あの子が可愛くて、可愛くて。水神様よりも優先していたかもしれないです」

申し訳ありません、とその耳元に囁いた。
水神は確かに、市の子供でもあるのだから仕方がない、と思った。
それでもやはり自分と市は…。
そこまで考えて、はた、と気付いた。

(そう言えば、俺と市は、何なんだ?)

―自分達は全くの無関係ではないか?

それは雷に打たれたような衝撃だった。
もう一度、市を寝台に押しつけこう言った。

「市!」

「は、はい!」

「俺の伴侶になれ!」

「は、え?えええ!?」

突拍子のない申し出に、市は大きく目を剥いた。

「嫌、なのか?」

「い、いいえ!えっと、あの…っ」

暫く混乱していた、市だったが、おずおずと水神を見上げにっこり笑った。

「僕で、よろしければ、不束者ですがよろしくお願い致しま、んっ」

激しく唇を食むように奪われ、それに気をとられている内に水神の手は愛撫を始めた。

「やっん…お、待ちくださっ」

「何故だ?俺達は夫婦だろう」

子を産む前の市なら、抵抗は示さなかっただろう。
しかし、何時子供が帰ってくるかわからない状態で、情に溺れるほど単純ではなかった。

自分が随分、この神に勝手な真似をしているのかは自覚している。
本当は、自身を好きなように扱ってくれて構わないし、それを望んでいたりもする。
しかし母として、そして今は妻として、けじめをつけなくては、と心を鬼にした。

「夜まで、あの子が眠るまで、お待ちください…旦那様」

「だ、んなさま…」

「あ、いけませんでしたか?えっと、なら水神様、と」

「駄目だ!」

あまりの険相に、びくりと体が跳ねる。

「もう一回呼べ!」

「え?えっと、水神、様」

「違う!旦那様って呼べ!」

「は、はい。旦那様」

今度はまじまじと市を見つめ黙り込んでしまった。
どう反応していいかわからず、様子を見守っていたらにやり、と凶悪な顔つきで、

「今夜が楽しみだな」

と、犯行予告めいた言葉を零した。
もしや墓穴を掘ったのでは、と顔色を蒼く染めた。




「あっ旦那様っあ、あぁ!」

「そんなに声を出すと、あいつに聞こえる、ぞ…っ」

「やっ駄目っ駄目ですっ」

寝台の上では、水神の屹立した自身が市の蕾を貫いていた。
久しぶりの情交であり、尚且つ心を通わせて初めての繋がりは今までの快楽と比べ物にならなかった。
二人は限界を知らないとばかりに、何度も交わった。
そして何より、

「旦那、様っあ、旦那様っ!」

「市、もっと呼べ!お前の夫は誰だ?」

「あぁっ旦那様ぁ!あっあっ」

水神が市の「旦那様」と言う呼び方をいたく気に入ってしまい、空が白み始めても求め続けた。

END.

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