名字を変えて一年目。
社会人になって四年目。
同棲するようになって八年目。
付き合って九年と半年。
彼に出会って十年目。

僕らはたくさんの季節を巡ってきた。



松原くんは大手食品商社に就職し、商品企画部の若手エースとしてバリバリ働いている。
そして僕は飲食店で働きながら、夜は専門学校に通っている。
ここ一年はお互い忙しくて、少しすれ違い気味だけれど僕達の夢の為だと奮闘していた。
僕達の夢とは、二人でカフェを開くこと。
これは丁度僕達が高校三年生になった頃、二人で見つけた夢だった。



当時、志望大学はあったもののそれは単に松原くんと同じ大学に行きたいという不純な動機だった。
僕は将来やりたいことはないのだろうか、僕にやれることとは何だろうか。
悩めば悩むほどわからなくなって、食欲不振や寝不足にまで陥り、そんな僕を心配した松原くんが根気よくその悩みを聞き出してくれた。

「それで倒れそうになるまでずっと悩んでたのか……」
「う、う、うん。ご、ごごめんね、し、心配かけ、かけて」
「いや……そういう真面目なとこが陽らしいな。そうだな、お前水族館好きだろ?そっち系はどうだ?」
「そ、そそれはぼ、ぼ僕もかん、考えた、たん、だけど」

水族館の飼育員は裏方の仕事だけではない。
特に地元の水族館は来園者との触れ合いに力を入れており、人前で解説することが多くあるそうだ。
いくら愛があっても僕には到底できそうにない。
そう松原くんに伝えると、暫し考え込んだ後、遠慮がちに提案をした。

「じゃあさ、二人で店、持たないか?」
「お、おみ、店?ぼ、ぼ僕せ、接客は……っ」
「うん、大丈夫。接客は俺がする。で、陽は裏方」
「う、う裏方なら……で、ででもな、何のお、お店を?」
「そうだな……カフェ、とかどうだ?小さいカフェ。俺が接客で、陽がキッチン。そうだ、内装は水族館っぽく水槽でいっぱいにして。……だめか?」

高校を卒業したら一緒に住もうと言われた時も随分驚いたけれど、今回ばかりは軽くパニックになった。

「え、ええと、う、う嬉しい、よ。け、けどま、松原く、くん、き、きちんとし、したき、企業に、つ勤めたい、って」

そう、松原くんは親に捨てられ孤児院で育った。
だからこそ大学に行き、大手企業に就職したいって言っていた。
親がいなくても立派になれるって証明するって。
もし、僕に気を遣ってその目標を捨てるなんてことになったら、と僕はざあっと血の気が引いた。
青くなった僕を見て、松原くんは察したのか、破顔してから僕の頭を撫でた。

「そう、だから俺はまず企業に就職する。いくらカフェ開くっつったって軍資金が必要だろ?それにカフェのノウハウだって勉強しなきゃならないし、色々準備期間がいる。でも最終目標は二人で店を持つ。だったらそれまではどんな仕事でも店の為だって思って取り組めるだろ?」
「な、ななるほど!……か、かカフェか……ふふ、へへへ」
「何だよ、その可愛い笑いは」

ふに、と頬を抓られた。
でも僕は笑いが止まらなかった。
嬉しくて、幸せで、大好きで。
ずっとずっと、笑ってた。



そして、大学卒業後松原くんは宣言通り大手企業に就職した。
食品関連に決めたのは将来を考えてのことらしい。
僕は、夜間の調理師専門学校に通い調理師免許を取って、今はカフェスクールに通っている。
昼間は専門学校が斡旋している飲食店のキッチンで見習いをしている。
忙しい毎日だけれど、心から幸せだと感じる。

そんな二人の時間は日曜日と、夜遅くになってしまう夕食の時だけ。
授業を終え家に帰ると22時過ぎで、残業の多い松原くんも大体その時間帯に帰ってくる。
お互いクタクタになりながら、今日あったことを報告しつつ一緒にご飯を作る。
ささやかだけど、僕はこの時間が一番大好きだ。

「あ、陽。銀行行ってきた?」
「う、うん。は、ははい、こ、これ」

僕は二人でお店の為に貯金している口座の通帳を渡した。

「やっと半分ってところだな。よし、これからもガンガン稼ぐか」
「う、うん!こ、こ今月もお、おお疲れさ、様!」
「陽もお疲れ様」

開店費用の貯金のほとんどは松原くんの収入だ。
その点も僕は気を揉んだけれど、松原くん曰く――

「実は店やらないか、って言ったのは俺が陽とずっと一緒にいたかったからだ。今だって二人の時間少ないだろ?別々の仕事に就いたらずっとそうだ。それが俺は嫌で……だから、悪い。陽が将来について悩んでる時唆した」
「そ、そ唆したって」
「陽が自分の夢を見つける前に俺の夢を押し付けたってこと。俺の収入が多いのも、それは陽に専門学校行ってもらってるからだし」
「で、ででも!さ、最初はま、松原く、くんのゆ、夢だ、だったかもし、しれないけ、ど!い、い今は、ぼ、僕の夢、で、でもああ、あるよ!」
「うん、ありがとう。そうだな、二人の夢、だ」

10年前の僕らはどこか不安定なところがあった。
それぞれの孤独に閉じ込められ、右も左もわからない暗闇に支配されていた。
でも今は違う。
二人で手を繋いで、向かう先もちゃんと見えている。
まだまだ大人としては未熟な僕らだけれど、きっと進んでいける。
10年後も寄り添っていられるように。



END.
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