僕の目の前に置かれた、もうお馴染みのココア。 ふぅふぅと息を吹きかけて、一口飲む。 松原くんはコーヒーのブラックを飲んでいる。 さすがだなぁ、飲む物も仕草も大人っぽくて、つくづく僕とは、正反対だ。 松原くんとこうして、松原くんの部屋でまったり過ごすようになったのはつい最近のこと。 僕の一世一代の告白を、何と受け入れてくれたのだ。 それだけではなく、今までのことを謝ってくれて、僕のことを好きとまで…。 それからは、学校でも話しかけてくれるし―最初は、クラスメイトの視線が痛かった―、松原くんのバイトがない日は二人で松原くんの家に帰ったりする。 この前の休日は、映画を観たり、ご飯を食べたり、いわゆるデートをした。 松原くんは本当に優しくて、とろくて優柔不断な僕に文句も言わないで合わせてくれる。 僕は今、とっても幸せだ。 一生分の幸せを味わっているんじゃないかと思うくらい。 でも、そんな僕にも不安があった。 こんなに良くしてもらって、不安に思うなんて贅沢な話かもしれない。 けれど、もしかしたら松原くんは罪悪感で僕と一緒にいるんじゃないのかなと思う。僕が松原くんの知り合いに攫われたことを、まだ気にしているみたいだし。 それに、こういう関係になってから、僕達は一度もセックスをしていない。 だから、僕は今日大勝負に出ることにした。 その、僕から誘ってみても、ダメだったら、嫌だけど、悲しいけれど、松原くんを解放しなくちゃいけない。 「ま、松原、くん」 「ん?どうした?」 最近の松原くんはにこにことまではいかないけど、ふんわり笑いながら応えてくれる。 ただでさえ美形なのに、そんな表情をされたらどきどきしてしまう。 暫くぽーっと見惚れてしまい、はっとして正気に戻った。 「あ、あの、ね」 「うん」 恥ずかしい。 こういう時って何て言えばいいんだろう? 僕の馬鹿!考えておけばよかった。 松原くんとしてた時はどうしてたんだっけ? 確か、松原くんがキスしていつの間にか服が脱げてて、松原くんが…。 ダメだ、こんなんじゃ。 だって松原くんにしてもらいっぱなしで僕は何にもしてなかった。 これじゃあ松原くんも嫌になるはず。 そう考えている内に、視界が霞み、ぽたぽたと涙が零れた。 「陽?どうした?具合でも悪いのか?」 松原くんは、僕の隣にくると背中を擦ってくれた。 「違っ違う…っ僕、全然ダメでっひくっ」 「ダメ?何が?」 「何にもできなっ…嫌だよぉ…ま、松原、くっ嫌いにっなんない、でっ」 「嫌いになんかならない。だから、何でそう思ったのか、言ってみろ」 優しく諭され、僕は不安に思っていたことを泣きながら全部話した。 松原くんは、聞き取り難い僕の言葉をじっと聞いてくれた。 「…なるほど」 そう呟いた松原くんは、片手で顔を覆った。 呆れたのかな。きっと、そうだ、僕が我儘なんて言ったから。 「ご、ごめ、なさっも、もう、い、言わないっセ、セック、スし、したい、なんて…っ」 「いや、それは、あー、もう!」 突然ぎゅっと抱き締められた。 「悪い、俺が完全に悪い」 「そっそんな、こ、ことな、ない!」 「いいから、聞いて」 そう言われてしまうと、僕は口を閉じるしかなかった。 「まず、俺はお前が好きだ。罪悪感があってとか同情してとかじゃない、平野陽が好きなんだ。だから優しくするし、一緒にもいる、そこはわかったか?」 こくり、と頷いたけれど、心の中ではその言葉に僕は感動していた。 「んで、そのお前に手ぇ出さないのはだな、反省してんだよ。最初は無理矢理だったし、お前のことを大切にしたかったって言うか」 そんな、そんな風に僕のことを。 仮に、今、松原くんと離れなくてはいけなくなっても僕はこの思い出だけで生きていける気がする。 「ぼ、僕はだ、大丈夫だ、よ。だ、から、」 「抱い、て」 両肩を持ってべりっと剥がされた。 やっぱりダメなんだろうか、大切にしてもらうのは嬉しいけれど、僕に対して我慢してほしくない。 そう伝えようと、松原くんを見たら。 「…陽」 「ま、ま、まつ、ば、らくん?」 松原くんはいつもかっこいい。 かっこいいんだけれど、今、目の前にいる松原くんは目が血走ってて、ぎらぎらしていて、何だか息も荒く、どこか危険だ。 とにかく僕の本能が警告をあげていた。 「陽っ!」 「あっあっま、つばらくっんぁ、ああ!」 僕の不安は解消された。 それと同時に、僕は知った。 松原くんには触れてはいけない、地雷があるんだと。 その日は一日中離してもらえず、翌日動けなくなった僕を見てまた反省したらしく、禁欲を続けた松原くん。 そして痺れを切らした僕がまたまた地雷を踏んで同じ事を繰り返すのは、もう少し先の話。 END. |