「また、これかよ」
「ご、ごめんなさい!すぐ別の物を」
「はあ……もういい、いらねぇ」

四條は素っ気なく言い放つと食卓を離れ寝室に篭もった。
かちゃんと閉まる扉の音はまるで四條が忍を拒絶しているようだった。

伯父夫妻の元にいた忍を四條が迎えにきてから二週間。
当然実家に戻ろうと思っていた忍に一緒に住まないかと言ってきたのは四條だった。
忍はその提案に驚きながらも頬を赤くしながら頷いた。
傍にいさせてくれるというのは言葉だけではなかったのだと甚く感動した。
四條に迷惑をかけ、その償いとして多奈川との仲を修復しようと躍起になっていたが、あの方法は間違いなのだと気付いた。
だからその償いのやり直しをさせてくれるのだ、と忍は天にも昇る気持ちになった。
今度こそは間違えたりはしない。
そうしてうまくいけば穏やかな関係が築けるかもしれない。
友人は無理だとしても近い存在になれるのではないか。
忍は淡い期待を胸に、四條との同居生活を始めた。
しかし蓋を開けてみればそれは儚い夢だったと知る。

元々四條の持ち家に忍が転がり込む形であるため家事全般は引き受けると申し出た。
家賃も何もお金は出さなくていいと言われたがそこまで甘えることはできないと最終的に食費を忍が負担することで納まった。
家族は友人と同居したいと言うと素直に喜んだ。
一時期はいつ死んでもおかしくない程荒んでいたことを思えばこそだった。
だから両親は当分生活費の仕送りをすると申し出たが忍はそれを断った。
せっかく通わせてもらっていた大学を辞めてしまったのに、これ以上面倒をかけられないと考えたからだ。
それにせめて食い扶持くらい自力で稼がなければ、四條に呆れられるとも思った。

暮らしてみてわかったことは四條がやはり完璧な人間だということだ。
切れ長の目や形の良い綺麗な唇、すっきりした輪郭にかかる緩いアッシュベージュのパーマ、程よく筋肉がついた体つきやスマートな男を思わせる仕草。
どれ一つとってもそれらは忍を魅了した。
反対に忍は地味さに更に磨きをかけていた。
真っ黒に戻した髪は前髪が伸び、そこに分厚い黒縁の眼鏡をかけているものだから根暗な印象が拭えない。
事実、性格も明るいとは言えないのでバイト先の書店ではあまり同僚から話しかけられない。

こうして正反対の四條と忍、二人の新しい生活は始まったのだが、一週間もしない内にぎくしゃくするようになってしまった。
きっかけは四條の一言だ。

「なあ、何で料理作らねぇの?」
「え?えっと……これ好きじゃなかった……?」
「そうじゃなくて。いつもスーパーの惣菜だろ。たまには作れよ」
「あ……う、ん……でも僕下手くそだから……その」
「ふーん、でも簡単なやつならできるだろ?別に小難しいの作れって言ってるわけじゃねぇし」
「そう、だね……あの、もう少し練習してから、でも、いい?」

四條は少し考え込むとわかった、と頷いた。
けれど忍にしてみればそれは地獄の幕開けだった。

次の日ちょうどバイトが休みだったため、四條が大学へ行ってから忍は早速台所に立っていた。
一人暮らしをしていた頃、そして引き篭もっていた四條によく届けていた煮物を作ることにした。
久しぶりではあるものの難なくそれは出来上がった。
出汁が染み込んだ芋を口に放り込む。

「まずい……やっぱり駄目だ」

忍はため息を吐くと、鍋の中の煮物をゴミ箱に捨てた。
それからもう一度食材を取り出し、次の料理に取り掛かった。
しかし結局何品か作ってみたもののその全てが失敗に終わり、気付けば四條が帰宅する頃合になっていた。
慌てて後片付けし、失敗作をゴミ袋に入れてマンションのゴミ置き場に放り込み、完全にそれらを処理する。
失敗した料理を四條に気取られるわけにはいかない。
完璧な男に少しでも失望されるようなことは避けたいのだ。
ストッカーの蓋をしっかり閉めた後、そのままいつものスーパーへと向かった。

テーブルに並ぶ様々な皿を見て四條は眉をぴくりと動かす。
急に冷めた空気を感じ取った忍はびくびくしながら目の前の男を窺う。
今日は洋風の惣菜を選んでみたけれど駄目だったのだろうか。
何か嫌いな物でもあったのだろうか。
だがスーパーの惣菜とは言え、所謂高級スーパーと呼ばれる店の物なので下手な手料理より格別に美味しいはず。
考えれば考えるほど、四條が不機嫌になる理由がわからなくなる。
思えば長年四條を好きでいたけれどその好みの一つも知らない、と忍は酷く落ち込んだ。
徐に箸でポテトサラダを摘み苦々しく咀嚼する四條にやはり嫌いな食べ物だったのだと己の失態に青褪めた。

皿を洗いながら忍は内心反省していた。
家事を引き受けておきながら、料理が出来ないなんて迷惑な話だ。
増してや同居相手の好物すら把握できていないなんて。
四條と仲良くなれればいいなと暢気に構えていたけれどとんでもない。
任された役割もまともにできず、四條の期待にも応えられない不釣合いな自分が同等などと思い上がってはいけないのだ。
まずは四條と並んで歩いても恥ずかしくないくらいの人間になろう。
忍は固く誓った。

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