双子と言っても二卵性だとそっくりということはない。

僕、千尋(ちひろ)と妹の千晴(ちはる)は性別が違うのだから当たり前なのかもしれないけれど。
それでも時々、シンクロしていると思うことがある。
そう言うと友人は「時々じゃないだろ」と笑うのだ。
確かに僕も千晴も大人しい方でクラスの端っこにいる地味な人間だ。
顔も目元が同じ点を除いては違っていたけれど、どちらも印象に残らない薄い作りだった。
同じ名字で名前が似ていても、未だ学校では僕達を双子だと知らない人がいる。
身長は大して変わらず、好きな食べ物や本なども同じ傾向にある。
けれどやはりそこは男女の兄妹であって、性の違いから好みがズレることも多々あった。

だからまさか、妹と同じ人を好きになるとは思わなかったんだ。



「とても優しい人なの」

少し頬を赤めながら母はそう言った。
それは僕達がまだ中学三年生に上がる少し前。
女手一つで僕と千晴を育ててくれた母が紹介したい人がいると打ち明けた。
その人こそが、後に僕達の義父となる、高槻悠一(たかつきゆういち)さんだった。

一流企業に勤めている所謂エリートで、その肩書きに劣らず悠一さん自身も完璧な人間であった。
すらりと背丈が高く、艶のある黒髪を軽く流し、落ち着いた大人の雰囲気を所作に醸し出していた。
母とは一回りも年下でまだ二十六歳と若く、お世辞にも美人とは言えない平凡な母がどうやってこんな凄い人を捕まえたのだろうと驚いた。

「お母さんじゃなくて、俺が一所懸命口説いたんだ」

悠一さんは照れ笑いしながらも嬉しそうにそう言った。
母の働き先で一目惚れした悠一さんが、何度もアタックしたという話は間違っていなかったらしく、夫婦となってからも悠一さんは母にすごく甘かった。
見ているこっちが恥ずかしくなるくらいスキンシップも多かったし、可愛いや綺麗なんて言葉も惜しみなく紡いでいた。
母に夢中だからといって僕達をぞんざいに扱うわけではなく、本当の父親のように僕と千晴を可愛がってくれた。

悠一さんと母が結婚し僕達の父になってからは絵に描いたような幸せな家族だったと思う。
以前までの母は仕事を掛け持ちし朝から晩まで働き詰めだったし、僕達も進学できる高校は限られていた。
だけど、悠一さんが一家の大黒柱になってからは生活に随分余裕が出来た。
母に専業主婦で良いと言ってくれたし、僕達にも私学への進学を薦めてくれた。
結局そこまで甘えられないと母は数時間のパートに出ることになり、僕達も私学ではないけれど本来行きたかった高校を選ぶことができた。

家族三人で狭かったアパートからピカピカの一軒家にも引っ越した。
初めて自分だけの部屋を持てた時、すごく感動した。
千晴も母もとても喜んでいた。
真白な壁に屋根はアプリコットととても可愛らしい家は母の夢だったらしい。
庭には季節の花々を植えて春にはここでお茶を飲みましょうよ、と母は少女のように笑っていた。
そんな母に釣られて僕達もよく笑顔になっていた。



「泣くな鬱陶しい!」

咄嗟に庇った僕は、その背に衝撃が走った。
一寸息が詰まり、それから猛烈な痛みが襲う。
腕の中の千晴は蹴られた僕を見て更に泣きじゃくった。

「千晴……落ち着いて。ここから出してあげるから康太さんのところに行くんだ。いい?」

悠一さんに聞こえないようにそう言うと、千晴は真っ赤な目をしながら頷いた。
痛みを堪えて千晴を立たせると、急いでリビングから押し出しドアを閉めた。
と、同時にもう一撃背中に食らい体勢を崩す。
うっと思わず唸り声が出た。
そっと振り返り見上げると、まるで獣のような目をした悠一さんが僕をじっと見ていた。
振りかぶる拳にぎゅっと強く瞼を閉じた。
遠くの方で玄関が閉まる音が聞こえた。



幸せだった僕達家族は、母の死によって呆気なく崩壊した。
僕と千晴は高校二年生で、季節は秋に移ろうとしている最中の出来事だった。
朝、パートに出る時に脇見運転の車に轢かれたとのことだった。

それまでは確かに毎日充実していたのに母がいなくなった途端、今までの人生全てが早送りになった気分だ。
千晴との留守番が心細くて二人で泣いたことも、初めて悠一さんを紹介された日も、家族四人で入学祝をしたことも。
母が事故に遭ったという知らせを受け、病院で冷たくなった母を見てからは何もかもが走馬灯のようにそれまでの日々が一瞬に感じた。
その日から今日に至るまではほとんど曖昧で、気付けば悠一さんは僕達に暴力を振るうまでになっていた。

ただ、最初はそうではなかった。母の葬式を終え、残された僕達三人は呆然としていた。
一番に気力を取り戻したのは悠一さんだった。

「俺が……お母さんの分までお前達をしっかり育てる」

やつれた笑顔でそう言った。
母は身寄りがなかった。
万が一のことを考えて悠一さんは、僕と千晴を養子縁組していたのだ。
そして僕達は施設に入ることもなく、このまま悠一さんと暮らすことになった。

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