「今年はどこへ泊まるんです?」
しんとしてたリビングにお父さんの声がやけに響いた気がした。「…友達の家だよ」少し間を開けてからそう言えば、お父さんが読んでた新聞から顔を上げてこちらを見たけど、私は目を合わせたくなくてわざと雑誌から視線を外さない。
「もう高校生ですよ?そろそろ、あの人のところへ行くのは弁えて下さいね」
「なんの話?」
「私を誰だと思ってるんですか、あなたの父親ですよ?あなたの事は何でもお見通しです」
「…(わたし本当におじちゃんの家になんて行ったことない。お父さん、私の事信じてくれないの)」
「(これは信じるとか信じないという問題ではなく、私はただあなたを心配して、)」
「(何の心配をする必要があるのよ)」
「なになに、なんの話?お母さんも混ぜて!」
午後のお茶を淹れ終えたお母さんが話に入ってこようとするけど、私もお父さんも内容については何も言わなかった。寧ろ、お母さんに聞かれたくなくて中国語で話したのだから当たり前だ。分かりましたね、お母さんとの時間が取れなくていいんですか、娘の方が大事ですから、なんて淡々と相変らず中国語で会話しているとついにお母さんが涙目になりだした。「ハブにしないでよっ、ねぇ!」などと言うお母さんをお父さんが静かに宥めている。
「行かないよ。だって私、」
已経有了男朋友、だもん。口をぽかんと開けたまま、お父さんがお母さんの顔を見るけどお母さんなんて更に状況が分かっていなくてきょとんとしている。
「いっ、いっいつからですか!」
「え、だからなんの話?」
ついにカミングアウトしてしまった。親に知られるというのは予想以上に羞恥が伴い、薄っすらと顔を赤らめる私にお父さんが「今日は外出禁止です!」とまで言い出したので私は友達と既に交わしていたメールのやり取りをお父さんの目の前に差し出してやった。父母二人の目がメールの文を追う。
「ね、今夜は友達の家に泊まるから。何の心配もしなくていいよ」
そう言うとお父さんは漸く納得した様で、渋々というようにゆっくり頷いた。あまり家に留まると今度は彼氏の話をああだこうだ聞かれそうだなと思い足早に荷物を持ち家を出ようとすると、案の定玄関で「あっ!こら!まだ話は終わってませんよ!」と聞こえ慌ててドアを開け外へ出る。全く、冗談じゃない。
「彼氏との経緯を親に話すとかあり得ないから」
それなりに仲良くしてた、中学も同じ学校だった男の子にずっと気になってたと言われたのは、高校生活にもだいぶ馴染んで制服が夏服に変わった頃だった。最初は俺のこと、そこまで好きじゃないかもしれない、でもこれからお互い距離を縮められたらと思っていると言われ、彼には悪いがおじちゃんへの気持ちを断ち切るチャンスかもしれないと迷っていた私はじゃあ試しに付き合ってみようと思い、現在お付き合い中である。丁度半年が経とうしているけれど、彼氏とはキスどころかハグもまだしていない。デートの時に手を繋ぐ、までの進展で周りには遅すぎと言われるけれど、私は彼氏のこの優しさが好きだった。大事にしてくれてる。大事にされてる。そんな感じ。
…うーん、彼の事を考えてたらなんとなく会いたくなってきた。友達と約束した時間まで余裕もあるし、少し会ってから行こうかな、とか、そう思えるってことは一応新しい恋を始められてる、のかな。
「おっ、久しぶりじゃん!」
「げ、おじちゃん」
「げってなんだよ」
本当に、会いたくない時ほど会う法則。心音が速くなるのに落ち着け私と言い聞かせ、平然を装いおじちゃんを見た。
「んーと、半年ぶり?くらい?」
「…そうだね、それくらい」
「なんかもうすっかり女子高生!って感じだよなあ」
「えっへっへ、まぁね」
「スカートみじかすぎないか?てか化粧!濃い!」
「そんな事ないよ!」
そりゃあ、スカートは少し切っちゃったし、以前に比べてアイライン引いたりつけまを盛るという事は増えたけれども。ナチュラルではないかもしれないけども。
「ふつうふつう」
「…まさか高校生になった途端こうも色気づくとは」
「そういう年頃だもん」
「化粧すると一気に老けて見えるぞ」
「うそ」
「ほんと。すっぴんの方が可愛かった」
可愛いという単語にいちいち反応してしまう自分が憎い。可愛いなんて、子供みたいで童顔で可愛いって意味の方に決まってるのに。
「今日はどうする?」
「ぇ、」
「泊まってくんだろ?」
心臓が音を立てて大きく跳ねた。声が出ない。まるでへばりついてしまったみたいで、なんとか絞り出してみたものの少しだけ掠れてしまった。
「…今年は、行かないから」
「へ?」
「彼氏できたの」
「なっ!おじちゃんは許しませんよ!」
「なにそれ、お父さんみたい」
ふっと思わず笑ってしまう私に対して、おじちゃんはんー、そっかー、うーん、などとうんうん唸り出したのでどうしたのと聞いてみる。
「なに落ち込んでんのおじちゃん。おじちゃんこそ彼女呼びなよ、家に」
「…断ったんだよ」
「え?」
「お前が来るだろうと思って断っちゃったのー。ああ、もう」
そっか、ごめんね。そう返事をするのに、随分時間が掛かってしまったような気がした。胸がどきどきいっている。だって初めて、おじちゃんから、
「彼氏の写真とかないの」
「ないよ。あってもおじちゃんやは見せてあげない」
「あーあ、ケチー。じゃあ今日は彼氏のうちにお泊りですか」
「うん、って言ったら?」
「…マジで?ならおじちゃん家来なさい。お前の貞操は俺が守る」
「ふはっ、なにそれ」
やめて、お願いだからそういう期待を持たせるような事、言わないで、
「真面目な話どうなんだよ。思春期の男なんて何するか分かったもんじゃないぞ」
「じゃあおじちゃんなら信用してもいいの?」
「当然。つかなに、信用してくれないわけ?」
「してるよ」
「だろ」
で、どうすんだよ。おじちゃんの目を直視出来なくてさり気なく視線を逸らす。どうしてこう、人が折角心に決めたのに、それを崩すみたくぐいぐいくるの。揺らぎそうになる。
「…今日は、友達のとこに泊めてもらうことに、なってるから」
ぎこちなく、なんとか出した声はやっぱり掠れ気味だ。なんとか理性を繋げて行きたいという思いを断ち切った私をどうか褒めて欲しい。頭によぎったのが彼氏の顔だった辺り、私は今の彼のこと、ちゃんと好きになれてるよねと自分自身に言って確かめる。…でも、
「お、ちゃんと断るなんて、いい彼女じゃん」
「…でしょ?」
おじちゃんと話してると胸がじくじく痛むから、結局振り出しに戻ってしまうのだ。
(いい彼女なんかじゃない)
(だって結局は自分の為に今の彼氏と付き合っているのだから)
20151122